7 元聖女と探索者ギルド
本日1回目の投稿です。
午前休憩の鐘の音で目が覚めた。
こんなに寝たのはいつぶりだろうか。
……こんなに寝てしまって大丈夫なのだろうか。
そんな不安が頭をよぎったけれど、私は自由の身になったのだった。
というか、前に休んだのっていつだったかな?
考えるとぞっとするので、顔を洗って余計な思念をどこかに追いやる。
昨夜、《憩いの灯火》でオルセンに助言をもらったので、早速就職活動をしようと思っている。
日がな一日ぼーっとしてもいいのだけれど、それはそれでなんだか落ち着かない。
とりあえず、探索者ギルドに行ってみようと考えている。
登録だけして、活動しなくても問題ない。
聖女だった関係で、ギルドマスターとも顔見知りだし、最初に行くにはちょうどいいだろう。
準備――と言っても着替えるくらいだけれど――をしてから、安宿を出る。
お腹が空いたので、香りに誘われて立ち寄った露店で串焼き肉を買った。
香辛料がピリッと効いたお肉は、私にとって初めての味で、美味しかった。
これからはこういうものも、好きな時に食べられると思うと感無量だ。
食べ歩きをするのもいいかもしれない。帝都で暮らして長いのに、帝都のことをほとんど知らないのだ。
そんなことを考えながら、大通りの整備された石畳を歩いていく。
探索者ギルドに近づくと、装備を身につけた人が増えてくる。
鎧を着こんだ人や胸当てだけの人、剣や弓を持っている人ばかりだ。
数人で楽しそうに話しているのは、パーティを組んでいる人たちだろうか。
そういえば、以前、勇者パーティに誘われたことがあった。
もちろん断った。
騎士団の行軍に参加する時は、私は後方で待機して、負傷者の治癒に当たっていた。
それでさえ嫌で仕方なかったのに、勇者パーティは最前線で戦うことになる。そんな自殺みたいなことはとてもできなかった。
それに魔王と戦うなんて、命がいくらあっても足りないだろう。
その代わりに、教会での多忙な日々を過ごすことになった。
いや、パーティに参加したとして、暇な時は教会を手伝わされたかもしれない。リーフェルなら私をそのように運用しただろう。
下手をしたらさらなる地獄だったかもしれない。
そう考えると、断った私、グッジョブである。
そんな益体もないことを考えているうちに、探索者ギルドに辿り着いた。
盾を背景に、剣と杖が交差した紋章が目印だ。
重たい扉を押し開けて中に入ると、独特の熱気が漂っていた。
騎士団の熱気とも異なる、もっと野性味のあるものだ。
中にはそれなりの数の探索者がいた。朝のもう少し早い時間だったら、もっといるのかもしれない。
奥の方に目をやると、併設されている酒場で既に飲んだくれている探索者の姿がある。
いいな……
おっと、危ない。
酒精の香りに導かれそうになるのを、なんとか思いとどまる。
今日の私は探索者ギルドに登録に来たのだ。酒にうつつを抜かしている場合ではない。
後ろ髪を引かれる思いで、受付カウンターに向かう。
そこには見知った顔があった。何度か顔を合わせたことがあるフローラだ。
向こうも私に気がついて首を傾げた。
「フィアナ様……? 何をしているんですか?」
まだ、私が聖女を辞めたことは広まっていないのかもしれない。
しかし、周囲の探索者が「フィアナ」という名前に反応してざわついた。
「フィアナって、あの聖女の?」
「なんだってギルドに?」
そんな声が聞こえてくる。
これでも、聖女をしていたので、私の顔を知っている者も多い。
「……ちょっとここじゃあれなので、来てください」
フローラに奥に応接室に通された。私としても、そのほうが煩わしくなくていい。
椅子に座ると、フローラがお茶を淹れてくれた。
彼女は私の対面に腰掛けると、改めて私に尋ねる。
「それで、フィアナ様が探索者ギルドまで何のご用でしょうか?」
「私が聖女を辞したことは、ご存知でしょう? というか、断罪の場に貴女もいたではありませんか」
私はあの場にフローラがいたことを見ている。
「私としては、フローラ様が受付にいる方が不思議ですけれど。貴女はギルドマス――」
「ごほん! そのことは秘密にしておいてください……聖女様を辞められたことは知っていますが、ギルドに来るとは思わないではないですか」
どうやら、彼女は身分を隠して働いているらしい。
偉い立場になっても現場の苦労を知っておきたいとか、そんな理由かな? どこかの枢機卿に爪の垢を煎じて飲ませたい。
「本日より無職となりましたので、次の職を探しておかないと、いずれお金も尽きますから」
「それはそうでしょうけど、フィアナ様ならどこでも働けるでしょうに」
「その『様』はやめてください。私はもう聖女ではないのですから」
「分かりました。では、フィアナさんで」
それにしても「どこでも働ける」ね。オルセンにも言われた言葉だ。
実際の私は治癒魔法と回復魔法しか取り柄がないのは、自分でよく分かっている。
むろん、その二つに関して誰にも負ける気はないけれど。
「探索者として活動するかどうかはまだ分かりませんわ。けれど、登録だけでもしておこうかと思いまして」
「分かりました。それではこちらの登録用紙に記入してください」
フローラが紙を差し出した。
名前や年齢、得意なことなどを書いていく。
「フィアナさんは治癒師ですよね?」
「そうですわ。何か問題がありますか?」
フローラは少し考えてから、口を開いた。
「……攻撃は得意ではないんですよね?」
「はい。まぁ、基本的に治癒も回復も癒やしの魔法ですから」
「となると討伐系の依頼はソロの治癒師には難しいですね」
それはそうだろう。なんせ戦えないのだから、魔物と戦うなど言語道断である。
記入した登録用紙を渡すと、フローラは目を通しながら話を続けた。
「採取系の依頼も結構難しいと思いますよ。採取する場所にはたいてい、魔物が棲んでいますので。フィアナさんの逃げ足が速いというのであれば、事情は少し変わりますが」
「うーん……足は遅いと思いますわ」
運動なんてしたことはない。魔物に出くわせば、即アウトだ。
「つまりパーティを組む必要があるということですね?」
「はい。ですが、フィアナさんもご存知でしょうが、探索者には粗野な男性が多いです。特にパーティメンバーを募集しているような人はそうですね」
女性の探索者もそれなりにいるけれど、体力が多い男性の方が多いことも確かだ。
それに彼らは品行方正というわけではない。
私のようなか弱い乙女に手を出そうとする、野蛮な連中もいることだろう。
女性だけのパーティもあるだろうが、既に出来上がっている彼女たちの中に入っていくのは困難だ。主に精神的な意味で。
「治癒師を欲しているパーティは多いですが、ちゃんと選ばないといけません。私がいくつか候補を挙げてもかまいませんけど」
フローラはそう言ってくれた。
しかし、今日はそこまでのことは考えていない。
「いいえ、それには及びませんわ。今日の目的は登録とどんな雰囲気なのかの確認です」
「それがいいでしょうね。焦って変なパーティに入っても良くないですし、気が合う人の方がいいですからね。さて、少しお待ちください。ギルドカードを発行してきます」
フローラが一旦離席した。
一人残された私は考える。
自分でいうのもなんだけれど、私の性格は若干擦れてしまっている。
そんな私とうまくやっていける人がいれば、探索者としてやっていくのも悪くない気がする。
私は後方支援しかできないので、前衛の人でないといけない。
いや、まだ探索者で確定したわけではない。
民間の治療院の見学にも行ってみたい。
「お待たせしました。こちらがギルドカードになります。教会発行の天煌カードと機能はほとんど同じです。依頼の受注や、依頼料のやり取りはギルドカードを使いますので、間違えないように気をつけてください」
「はい」
受け取ったギルドカードをしまって、立ち上がる。
「フローラ様、今日はありがとうございました。今後の就職の参考になりましたわ」
「フィアナさんが探索者になることを待っていますよ」
フローラの笑顔に見送られて、私はギルドを後にした。
次回投稿は本日18時頃の予定です。




