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「聖女失格」と断罪されたので、喜んで引退します ~好条件なら「副業」でやってあげますよ?~  作者: 彼岸茸


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5 聖女と模擬戦

本日1回目の投稿です。

 いよいよ、聖女として最後の仕事の日だ。

 私としては嬉しい限りで、スキップで騎士団の訓練場に行きたい気分だ。


 けれど、イレーネにとってはこれまでで一番過酷な日になるだろう。

 イレーネが「やっぱり聖女にはなるのを辞めます」とか言わなければいいけれど。


 私が訓練場に到着すると、イレーネは先に簡易テントに来ていた。相変わらずやる気は十分である。


「おはようございます、フィアナ様」

「おはようございます。顔色はいいですわね。魔力は十分回復しましたか?」


 今日は何度も治癒魔法を使うことになる。魔力が枯渇する恐れもあるのだ。


「はい。フィアナ様の魔力回復薬(マナポーション)のおかげで、大丈夫です」

「それは重畳ですわ」


 訓練場には怒号や掛け声、剣戟が響いている。昨日の調剤室の熱気とはまた違った熱気に満ちている。


 男臭いとも言う。

 いや、女性もいるけれど。


「聖女様がた、本日はご足労いただき感謝する」


 鎧の金属音とともに現れたのは、背が高く威圧感のある男――騎士団長ダリオスだ。

 筋骨隆々のダリオスは私たちに頭を下げた。


「今日はよろしく頼む、聖女様」

「ダリオス様、私は本日づけで聖女は引退する身ですわ。その称号はイレーネ様のものです」

「それでは今後はフィアナ様、と。それにしてもフィアナ様が聖女を辞めるとは青天の霹靂だった」


 あの断罪の時、ダリオスもあの場に列席していたことを思い出した。

 いかめしい顔のまま、無言だったのだけれど、驚いていたのか。


「フィアナ様は聖女を辞めた後は何をするつもりだ? よければ、我が騎士団の専任治癒師の席を用意するが?」


 命を賭ける仕事だし、給料は良さそうである。

 だがお断りだ。


「しばらくのんびりしようと思っておりますので、ご遠慮させていただきますわ」


 何が悲しくて、戦争の前線に行かなければならないのだ。

 これまでは公務だから同行していたけれど、わざわざ危険なところに行く必要はない。

 私はか弱い乙女なのだ。


「それは残念だ。気が向いたら、いつでも声をかけてくれ」


 ダリオスは豪快に笑うと、イレーネの方を向いた。


「新しい聖女様、本日はよろしく頼む」

「は、はい……」


 うん? なんだかイレーネの頬が赤いような……いや、気のせいだろう。


 ダリオスと模擬戦の打ち合わせをしていると、午前休憩の鐘が鳴り響いた。

 騎士たちもそれぞれの訓練をやめ、休憩する。

 これが終われば、模擬戦が開始となる。


 そして休憩時間が終わった直後、ダリオスが声を張り上げた。


「整列! 全員聞け!」


 びりびりと空気が震える。


「今日は聖女様が二人もおいでだ! 死んでも癒やしてくれるぞ! 死ぬ気でやれ!」

「「「はっ!」」」


 騎士たちが二軍に分かれる。

 これから本番さながらの模擬戦が始まる。相手を全員戦線離脱させるか、敵将役を撃破すれば勝利となる。

 時間までに決着がつかなければ、引き分けだ。


 ダリオスが私たちの方に向き直る。


「それでは俺はいったんここを離れる。負傷者のことは頼んだ」


 彼は一礼して、離れた場所に移動した。全体を俯瞰するためだ。

 その背中をイレーネがぽーっとした表情で見送った。

 やっぱり、そういうことなのか?


「イレーネ様」

「は、はい」

「もしかして、ダリオス様に一目惚れしましたか?」

「え……は? ちょ、何を……?」


 なんというか、とても分かりやすい。


「わ、わたくしは神に仕える身……誰かを、その、好きになるなんて許されません……」


 言葉尻に力がまったくない。


「別にいいではないですか。誰かを好きになる気持ちを否定するものではありませんわ。教義でも恋愛は否定されていませんし」

「た、確かに……」


 はっとした表情のイレーネ。可愛いところもあるじゃないか。

 ダリオスは武一筋で生きてきた人なので、頑張ったらいいと思う。


「ところでフィアナ様。ダリオス様が『死んでも癒やしてくれる』と仰っていましたが……」

「無理ですわ。さすがに死んだ人を蘇らせる魔法は存在しません」

「ですよね」


 イレーネが胸を撫で下ろす。

 私ならそれができると思ったのだろうか。過大評価が過ぎる。


「まぁ、アンデッド化したら、ある意味生き返ったと言えるかもしれませんけれど。あ、その場合は生まれ変わったって言うのでしょうか」

「縁起でもないことを仰らないでください!」


 冗談はさておき、二軍に分かれた騎士団は、それぞれ作戦会議を終えたようだ。

 それぞれの軍が整列した。


 いよいよ始まる。

 少し高い場所に移動したダリオスが再び声を張り上げる。


「始め!」

「「「おう!」」」


 開始直後は、私たちの出番はない。

 だが、それも束の間、最初の負傷者がやってきた。


 当たり所が悪かったのか、足が変な方向に曲がっている騎士が衛生兵に運ばれてきた。

 実に痛そうだ。


「イレーネ様、お先にどうぞ」

「どうぞ、と言われましても……」


 イレーネの腰が引けている。このような激しい戦闘行為を目の当たりにするのは初めてだろうから、理解できる。

 だが、治癒師としてここにいる以上、やらなければならない務めがある。

 最初が肝心だ。


「イレーネ様、治癒魔法が使えないのであれば、私がしますよ?」

「な……わたくしがいたします!」


 真面目で自尊心高めな彼女ならそう言うだろうと思った。

 彼女は負傷した騎士の前に跪き、指を胸の前で組んだ。

 まさか……


「天にまします慈愛の女神よ。迷える子羊の痛みを癒やし、健やかなる身体を与え給え。我、清らかなる祈りを捧げん――」


 やっぱり……ここでもその祈りが出るのか。


「フィアナ様! 次の負傷者です!」


 衛生兵の怒鳴り声が聞こえた。

 イレーネの観察をしている場合ではない。私も仕事をしなければならない。


 最初の一人を皮切りに負傷者の数はどんどん増える。

 私がやることは簡潔だ。


 さっと見て、どこを怪我しているのかを見極める。負傷の度合いに合わせ【小治癒(ヒール)】、【中治癒(ハイヒール)】を使い分けるだけだ。

 部位欠損を癒せる【大治癒(フルヒール)】まで使うことは、模擬戦レベルではありえない。


 多少、出血や痛みが残ってもまずは戦線に復帰させることが重要なので、流れ作業のように次々と治癒魔法を使っていく。

 死ななければ問題ない。


 横目に見ると、イレーネは一人ずつ丁寧に、完璧に怪我を癒やしている。それが大事な時もあるけれど、今はその時ではない。


 イレーネが一人治癒する間に、私は何人もの騎士を癒やし、戦線復帰させる。

 私にはまだ余裕があるけれど、イレーネは魔力消費が激しいのか、肩で息をしている。


 こうして慌ただしい時間が過ぎ、やがてお昼の鐘が鳴り響いた。


「そこまで!」


 ダリオスの大声が飛んだ。

 満身創痍のはずの騎士たちはすぐにダリオスの前に整列した。

 ダリオスが総評をしているのを後目に、私はイレーネに話しかけた。


「イレーネ様、祈りの言葉はやめたほうがいいですわ」


 魔力を大量に消費して、顔色を悪くしたイレーネは反論する。


「……女神様への祈りです。わたくしは女神様のお力の一端をお借りしているだけなのですから……必要なことです」


 彼女はそう言い切った。


 まぁ、これからの聖女は私ではなく、イレーネだ。彼女は彼女の思う聖女を目指せばいいと思う。

 ならば、私からはこれ以上何も言うまい。


「フィアナ様、最後にいつものを頼む」


 ダリオスが私に声をかけた。

 模擬戦の締めくくりはだいたい私だ。かけるのは言葉ではなく、治癒魔法だけれど。


「皆さま、お疲れ様でした。どうかご無理はなされないよう」


 そして、【範囲治癒(エリアヒール)】を隊列全体にかける。

 荒い息を肩でしていた騎士たちの呼吸が整っていく。体の傷や痛みもこれで全て治ったはずだ。

 もはや騎士たちの、何を言っているのかよく分からない感謝の言葉を受け、とりあえず微笑んでおいた。


「……こんな広範囲に……」


 最後に私は、驚いたような表情をしているイレーネに告げる。


「明日からは全てイレーネ様がやらなければなりません。どうか無理のないように頑張ってください。じきに慣れますから」


 これですべての引き継ぎは完了した。

 書類やらなんやら細々とした仕事はあるけれど、それはわざわざ教えることではないだろう。


 イレーネは呆然としていたけれど、訓練場を去る私の足取りは極めて軽かった。


 これで自由だ!

次回投稿は本日18時頃の予定です。

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