4 聖女と薬作り
本日4回目の投稿です。
調剤室の中では多くの神官や修道女が作業をしている。
大きな鍋でぐつぐつと薬草を煮ているので、室内の湿度はかなり高く、蒸し暑い。
部屋自体はきれいに掃除されていて、清潔感が漂っている。
湿気以外に、薬草の青臭さと土の匂いも充満しているけれど。
私は嫌いではない。むしろ、少し落ち着くまである。
高齢の神官に挨拶をしてから、片手で持てるサイズの製薬釜を借りる。
私専用の釜というわけではないのだけれど、いつも同じものを貸してくれる。私の手に馴染んでしまった一品だ。
「フィアナ様、薬もご自身で作るのですか?」
「もちろんですわ。薬草を育てて、はい終わり、ではありませんよ」
ここからが本番だ。聖女の腕の見せ所である。
もう辞めるけれど。
「お言葉ですが、既製品を購入してはいけないのでしょうか?」
まったく、イレーネは薬草栽培で何を学んだのだろうか。
薬草を育てるのにも、魔法を使うという普通ではしないことをしたのだ。
実際に薬作りをする際に、同じように手間暇をかけるのは当然だ。
それに、別の理由もある。
「既製品でも悪くはありませんけれど、自分で作れると便利ですわ。治癒や回復の効果を調整できますし、変なものが混じらないので安心安全です。市販のものには何が入っているか分からないものもありますので」
粗悪品が出回ることもあるのだ。
そんなものを使って、むしろ怪我や病気が悪化したなんてなったら、問題だ。
患者も困るし、仕事が増える私も困る。
それだけではない。
「既製品を買うには予算が必要です」
「それはそうですけれど」
「薬草の苗の方が安いのですわ。種ならもっと安いかもしれません。それから、イレーネ様はご存知ないのですか? 天煌教会の収入源のこと」
イレーネがきょとんとする。その様子では知らないみたいだ。
「治療薬などの薬類を売ったお金ですわ」
「え……? 教会で売るのですか? 神に仕えるのに、そのような俗なことを?」
天を仰ぎたくなった。
教会は大きな組織だ。維持するには金がかかるのは当然だ。
この子はそんなことも知らないのか。
いや、教会のきれいなところだけを見てきたのかもしれない。
「患者さんを治療するのにもお金を取っているのです。私たちが直接金銭のやり取りをするわけではありません。私たちからは見えないところで、神官や修道女が治療の対価を受け取っているのですわ」
「そんな……」
ひどく衝撃を受けた顔をするイレーネ。
「いいですか、イレーネ様。何かを手に入れるには対価が必要なのです」
「それは分かっています。ですが、迷える人々を救うために」
「はぁ……」
思わず溜め息を漏らしてしまった。
ちゃんと教えておかないといけない。
「あのですね、お金がなければ何もできないのです。老朽化する教会の設備の維持や様々な道具の交換など、数え上げればきりがありません。リーフェル様がお金のやりくりをしている――とは思えませんけれど、誰かがやっているのです」
私たちが今着ている修道服も当然ただではないし、普段着ている聖衣は無駄に上等な生地を使っているので、もっと高い。
「私たちにも給金があります。使う暇などありませんけれど。官舎にいれば、食事だって出てきます。全部どこからともなくやってくるのではないのです」
「……そう、なのですね」
「分かっていただけて何よりですわ。ちなみに教会の主な収入源は貴族様からの寄付、私たちが行っている治療院での治療行為、そして薬の売り上げです」
ちなみに「聖女印の薬」は効果が高い上に、数に限りがあるので、かなりお高めに設定されている。
リーフェルの指示だ。
「他にも理由があります。定期的に大量購入されるので、余所から買うよりも教会で大量生産した方が早いのです」
「定期的に……ですか」
「はい。騎士団の方々が、大規模な訓練を行ったり、魔王軍との前線に向かったりする時ですね。ちょうど、明日、最後の引き継ぎで騎士団の訓練に参加しますので、大量購入する理由も分かるでしょう」
それは明日のお楽しみだ。
イレーネが変なことを言うので、前置きが長くなってしまったけれど、これからの本題は薬作りである。
「では薬作りを始めますわ」
私は借りた製薬釜に水を汲み、加熱用魔導具で熱する。
「沸騰するまでに、薬草を煎じやすいように細かく刻みます。イレーネ様も手伝ってください」
「わ、分かりました」
きれいに拭いた作業台の上で、包丁を使ってヒールハーブの葉っぱを刻んでいく。
何度もやってきた作業なので、私の包丁捌きはなかなかのものだ。みじん切り専門だけれど。
ハンドスコップに続き、私専用の特注の包丁を購入してもいいかもしれない。
隣を見ると、イレーネがたどたどしい手つきで包丁を扱っている。
見ていてハラハラする。
「指を切らないように気をつけてくださいね」
「痛……」
「もう、言わんこっちゃないですわ。見せてください」
指先を切って少し血が出ている。【小治癒】で治してあげた。
「あ、ありがとうございます」
「次からはご自分で癒やしてくださいね」
そろそろ水が煮えてきたので、そこに刻んだヒールハーブを投入する。
葉っぱ同士がくっついてだまにならないように、ゆっくりとかき混ぜながら加熱を続ける。
私はこの作業が好きだ。
薬草の手入れと同じで、人間の相手をしなくていいので、気が休まるのだ。
聖女引退後は薬屋になるのもいいかもしれない。他にやってみたいことができるかもしれないので、決め打ちはしないでおくけれど。
「ここでコツがありますわ」
「コツ?」
「はい。薬草の水やりの時と同じです。水に治癒魔法を押し込んでいきます」
薬効成分が抽出されて、薄く緑色に染まってきたお湯に治癒魔法をかける。ほんのりとお湯が光るのを見ながら、光りすぎないように調整する。
「魔法をかけすぎると効果はそれ以上変わらないのに、苦味が出たりして味が悪くなります。あと、速すぎても駄目です。ギリギリを攻めるのが楽しいのですわ。じっくりと抽出しながら、治癒魔法をゆっくりとかけていきます」
「そんな繊細な作業、できる気がしませんが……」
続きをイレーネに任せ、私は魔力回復薬の作成に移る。製薬釜をもう一つ借りた。
やることは同じである。マナスパイスの葉っぱを刻んで、煮出す。
異なるのは、ここでは純粋な魔力を押し込むということだ。
「イレーネ様、うまい具合に水だけに治癒魔法をかけないと、せっかく刻んだ葉っぱがくっついていってますわ」
イレーネの治癒魔法はヒールハーブの葉っぱにかかって、再生しようとしているのだ。刻んだ葉っぱが元の形に戻ろうとしている。
「そんなことを言われましても……難しいのです」
「ふふ、慣れですよ。何度もやっている内に嫌でも慣れてきます」
「が、頑張ります……」
それでもなんとか、水に治癒魔法をかけることには成功したようだ。
なかなかいいセンスをしている。さすがは聖女候補筆頭……いや、次期聖女だ。
「できました!」
ちょっと嬉しそうだ。
私が味見をしてみる。
「少し苦味が勝ちますね。治癒魔法のかけ過ぎかもしれません。ですが、初めてにしては上出来だと思いますよ。私の方も完成したので、どうぞ」
完成した魔力回復薬をグラスに移し、イレーネに渡す。
葉っぱの時と違って、イレーネはすぐにグラスに口をつけた。
「……これ、すごいです。魔力がどんどん回復して……市販のものも飲んだことはありますが、全然効果が違うのですね」
「だいぶ顔色が良くなりましたね。イレーネ様もこれで薬作りの重要性がご理解いただけたと思います」
「はい。ですが、わたくしにこれが務まるでしょうか……」
イレーネの顔に陰が差す。
私だって、最初からうまくできていたわけではない。
「イレーネ様なら、きっと務まりますわ」
努力家っぽいし、彼女なら問題なく私の後を継げると信じたい。
ただ、頑張りすぎないようにだけは気をつけてもらいたいものだ。
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