3 聖女と薬草園
本日3回目の投稿です。
聖女を辞めることが決まってから、酒が実においしい。
心が軽くなった反動で、これまでよりちょっと飲酒量が増えてしまうのは仕方のないことだ。
二日酔いは回復魔法で癒やすので問題ない。
さて、今日はイレーネを連れて薬草園に来ている。
教会の中庭で薬草を育てているのだ。私の足元には神官からもらった薬草の苗がいくつか置いてある。
「フィアナ様」
「はい、何でしょうか?」
イレーネが訝しげな顔で私を見ている。昨日の魔力切れの影響か、顔色が少し悪い。
「この格好は一体、何でしょうか?」
今日の私は聖衣を着ていない。あのような重くて動きにくい服で、薬草の世話などできるものか。
なので、白を基調とした聖衣とは対照的な、濃紺の修道服を着ている。これなら汚れも目立たない。
イレーネにも作業をしてもらうので、彼女も修道服を着ている。
納得していないようではあるけれど。
「土を触りますからね。聖衣でやったら、汚れでみっともない姿になりますわ」
「なぜ聖女が土を触ることになるのですか?」
彼女はどうもこの仕事の重要性を分かっていないようだ。
「聖女ともあろう御方が土いじりなど……神職のすることではありません」
「別に神に仕えているわけではありませんので」
ここでは私が異端なのは認める。
いや、リーフェルも枢機卿のくせに神を信じているようには見えないので、私だけではないか。
「まだ、そのようなことを……」
「いいではありませんか。どうせ、あと数日もすれば、教会からいなくなる身ですわ」
「……聖女でなくなっても、教会にいられると思いますが」
私は首を横に振った。
ここに残れば、前聖女だからと仕事を振られるに決まっている。そんなのはまっぴらご免である。
話を元に戻そう。
「聖女が土いじりはおかしい、でしたか? そのようなことはありませんわ」
私はゆっくりと首を横に振った。
「もしも魔法が使えなくなったらどうしますか?」
イレーネは少し考えてから、答える。
「治療薬や回復薬でしょうか」
「その通りですわ。実際、イレーネ様は昨日の治療院で、魔力が枯渇していましたね」
「え、ええ……お恥ずかしながら」
そんな時に役立つのが、薬というわけだ。
昨日のイレーネであれば、魔力回復薬があれば、もっと楽に作業ができただろう。
そもそも枯渇しないようにする方が重要だけれど、そうも言っていられない状況もある。
それに、別に恥ずかしがることではない。
初めてで、あそこまで魔法を使って、定時まで持ったことは素晴らしいことだ。魔力量が多いのだろう。
ともあれ、イレーネは薬の重要性が分かったようだ。
「薬の原料となるのが薬草です」
「修道女や神官に任せてはいけないのですか?」
もっともな質問である。
だが、聖女――聖女候補でもいいけれど、魔法がここでは重要になるのだ。
「まぁ、見ていてください」
私はそう言って愛用のハンドスコップを取り出す。
以前、別の町に出向いた時に、そこの鍛冶職人に作ってもらった特注品だ。
錆びたり変形することなく、私の手にあうように作られた一品。
私の相棒である。
「この辺りが私が使わせてもらっていた畑ですわ。今後はイレーネ様の区画になりますね。まずは神官にいただいた薬草の苗を植えます」
しゃがんで、ハンドスコップで穴を掘り、そこに苗を斜めにならないように丁寧に置く。
そしてそっと土を根にかぶせていく。
「植えつけはこれだけですわ。次は他の薬草にお水をあげましょう」
隣に生えている薬草に目をやる。
うん、順調に育っている様子で、私も嬉しい。
雑草を抜いてから、ジョウロで水やりをする。この水やりにコツがある。
大したことではないけれど、水に治癒魔法や回復魔法をかけるのだ。育てたい薬草によって魔法を使い分ける。
「……水がほんのり光ってるのですが?」
「治癒魔法をかけているのです」
ちなみに今水をあげているのはヒールハーブ――治療薬の素材だ。
イレーネが首を傾げる。
「なぜそのような手間のかかることをするのでしょうか」
「こうすることでヒールハーブの効果が上がるのですわ。それに見てください。この艶々でプリプリの葉っぱ。立派に育っているでしょう?」
思わずテンションが上がってしまう。
手間暇をかけることで、薬草たちは応えてくれるのだ。
私は薬草の世話をしているときが一番心が安らぐ。
人間の相手をしなくていいのもあるけれど、どうすればもっと薬草がうまく育つか試行錯誤するのは楽しい。
「直接、ヒールハーブに治癒魔法をかけてはいけないのですか?」
いい質問だ。
私もそう思ってやってみたことがある。
「それだとヒールハーブについた傷が治るだけなのですよね。病気になったヒールハーブを回復魔法で癒やすことはありますけれど」
「なるほど」
「ではやってみてください」
イレーネにジョウロを渡す。彼女は治癒魔法を水にかけようとするが、うまくできないようだ。
「あの、どうすれば……?」
「生物が対象ではないので、最初は難しいですわ。こう、水に押し込む感じで」
感覚的なものなので、非常に説明しにくい。
私は「押し込む」イメージでするけれど、人によっては「馴染ませる」かもしれないし、「重ねる」かもしれない。
私もできるようになるまでは苦労した。
イレーネなりの感覚を掴んでもらうしかない。
「あ、治癒魔法を込め過ぎると、根腐れするので気をつけてください」
人間だって食べ過ぎると病気になる。薬草も同じだ。
「まぁ、慣れてもらうしかないですね」
「そんな……」
「大丈夫ですわ。イレーネ様にもきっとできます」
私はにっこりと笑った。
もっとも、実は聖女の仕事に「薬草を育てる」というものはなかった。
私が作った薬の効果が高かったので、仕事としてさせられるようになったのだ。
それに私が育てると、通常よりも早く立派に育つ。
あれ?
私、自分で自分の仕事を増やしてた?
いや、あと数日で聖女を辞めるので考えるのはよそう。
マナスパイス――魔力回復薬の素材――の葉を一枚むしる。
「イレーネ様、どうぞ」
「なんですか?」
「食べてみてください。まだ魔力が回復しきれていないのでしょう? 少し顔色が悪いですわ」
薬草系はそのまま食べても効果がある。味の保証はしないけれど。
葉っぱを受け取ったイレーネは、しばらく葉っぱを見つめ、眉を寄せて私に視線を戻した。
「お腹を壊したりするものではないので、安心して食べてください。こう、むしゃむしゃと」
「……はい」
イレーネが両目をつぶって、おそるおそるマナスパイスの葉っぱを齧った。
一口が小さいな。
「……青臭さの中に、ピリッとした刺激があります」
それはそうだ。何の加工もしていない葉っぱだし、スパイスなのだ。
「あ、でも魔力が回復しました」
そう言ってもらえるなら、頑張って育てた甲斐がある。これからはイレーネの仕事だけれど。
でも、個人的に趣味として続けるのも悪くないかもしれない。
「どうせなら、他の薬草も食べてみますか?」
「いえ、結構です」
そんなに即答しなくてもいいだろうに。
「それは残念ですわ。ですが、薬の重要性は分かっていただけたのではないでしょうか?」
「そう、ですね。わたくしの見識が狭かったようです」
自分の非を認められるのはいいことだ。
少々真面目過ぎるきらいがあるのは気になるけれど。
「イレーネ様、薬草は育てて終わりではありませんわ」
そう、目的は薬草を育てることではなく、薬を作ることだ。薬草栽培はあくまでその過程に過ぎない。
私はそれぞれの薬草から数枚の葉っぱをむしる。
「次は今日の本番ですわ」
「本番……」
「はい。調剤室に行きましょう」
私はイレーネを引き連れ、薬草園に隣接する調剤室に向かう。
イレーネの足取りはどこか重そうだった。
次回投稿は本日19時半頃の予定です。




