24 元聖女と馬車移動
治癒師にとって、戦場で最も大事な薬は魔力回復薬だ。
もちろん、怪我を治す治療薬や状態異常を解除する回復薬も大事ではある。
けれどそれらは自前の魔法でなんとかなる。
一番怖いのは魔力切れを起こすことだ。
そうなれば、治癒師などただのお荷物でしかない。
というわけで、明日の出発までにできる限りの魔力回復薬を作る必要がある。
幸い、自宅の庭ではマナスパイスの葉っぱが繁っている。
「サリア様、申し訳ないのですけれど、少々匂いがするかもしれません」
「少々で済まねぇことは知ってるから気にすんな」
もう何度もこの家で薬作りをしているので、彼女も慣れたようだ。
私はマナスパイスの葉っぱを刻む手を止めて、サリアをまっすぐ見る。
「それで、サリア様……」
「あ? なんだ?」
「できれば、明日の戦争に、サリア様にもついてきてほしいのです」
少々瀕死になったところで、私には自動で【大治癒】がかかるので、死ぬことはないだろう。
しかし、戦場では何が起こるか分からない。
私は治癒と回復しか能のない女で、積極的に自分を守る術がない。
だから、サリアが私を守ってくれるなら、それほど心強いことはないのだ。
「言われなくとも、そのつもりだぜ」
「本当ですか!?」
「ああ。騎士団と教会からの依頼で動くんなら、当然だろうが。探索者としてパーティを組んでるからな」
彼女は少しだけ気恥ずかしそうに言った。
きっと内心では私のことを心配しているに違いない。
そう思うと、嬉しくなった。
友達のいなかった私の、初めての友達……いや、これはもう親友と言っても過言ではないのではないか?
「ありがとうございます、サリア様。大好きですわ!」
「あ、ちょ、おい。抱き着くな! せめて包丁を置いてから……つーか、薬草臭ぇ!」
サリアは私を無理やり剥がして、ぷんぷんしながら自分の部屋に消えていった。
◆
翌朝。
魔力回復薬の詰まった小瓶がたくさんできあがった。
これくらいあれば、十分だろう。
その代わり、現在の魔力はだいぶ減っているけれど。
まぁ、休んでいれば回復するので、戦争が始まるまでには元通りになると思う。
「おはよう、フィアナ……って、すげぇ作ったな」
起きてきたサリアが、テーブルに並べられた小瓶を見て呟いた。
「顔色が悪ぃぞ? 魔力切れじゃねぇのか? こんだけあるんだ。一本飲んだ方がいいんじゃねぇのか?」
「ご心配、ありがとうございます。けれど、寝ていれば治りますので」
その一本が戦場を左右することになるかもしれないのだ。
今、消費するわけにはいかない。
朝食を摂った私たちは、それぞれの戦闘服に着替える。
私はいつもの白地に赤いラインとフリルのついたバトルドレスだ。
姿見で確認して、私は一つ頷いた。
うん、かわいい。
サリアもいつもの装備だ。相変わらず布面積が小さい。
外套を羽織ってなかったら、それだけで騎士に職務質問されそうだ。
「おい、なんか失礼なこと考えてんだろ」
「いえ、まさか」
そんなことを話していると、玄関扉からノック音が聞こえた。
騎士団からの使いの者だ。
サリアはさっと外套のフードを深く被った。
「フィアナ様、お迎えに上がりました!」
騎士は朝から元気だ。
大通りに、戦場に行くための馬車を準備しているらしい。
この家は路地裏にあるため、馬車は入ってこれないのだ。
「参りましょう」
騎士に大量の魔力回復薬を運んでもらい、馬車に向かう。
私が乗る馬車には既にイレーネが乗り込んでいた。
「おはようございます、イレーネ様」
「おはようございます」
「今からそんなに緊張していると、持ちませんわ。もっとリラックスなさってください」
彼女は見るからにガチガチだ。
彼女にとって、初めて赴く戦場だ。その気持ちは分かる。
「まぁ、本番まではまだ時間があります。どっしり構えておきましょう」
「そ、そう仰いましても……あ、そちらの方は昨日の」
イレーネの視線がサリアに向いた。
そういえば、昨日はちゃんと挨拶をしていなかった。
やがて、馬車が進みだすと、サリアはフードを取った。
「よう、聖女サマ。今日はよろしく頼むぜ」
「は、はい。よろしくお願いいたします」
「そんな緊張すんなって。疲れるだろ?」
教会ではほとんどと言っていいほど見ない粗野な態度に、イレーネは目を白黒させている。
この二人、大丈夫かな?
相性が良くなさそうだけれど……
そんなことより、今の私は眠気が凄い。
徹夜明けの気怠さに、馬車の揺れがなんとも心地よい。
私はすぐに眠りに落ちる――はずだった。
サリアとイレーネの会話が聞こえてくる。
薄目を開けて、様子を見てみる。
「あの……これから戦場に向かうというのに、そのような破廉恥な格好は……」
イレーネの困惑した声だ。
まぁ、言いたいことは分かる。私も最初は変態的な格好だと思ったものだ。
今でも思っているけれど。
サリアは外套の前をはだけているので、きれいな鎖骨も引き締まったお腹もすらりとした太ももも全て丸見えだ。
「これがあたしの戦闘服なんだよ。動きやすいし、蒸れないし、最高だぜ?」
サリアは足を組み、つまらなそうに窓の外を眺めている。
「そういう問題ではありません! 騎士様がたの士気に関わります。目のやり場に困るでしょうし、何より不謹慎です!」
「へぇ……あんたもこういう服を着てみたらどうだ? そうすりゃ、あのお堅い男もあんたに惚れるんじゃねぇの?」
「な……!?」
イレーネが絶句し、顔を真っ赤にした。
「わ、わたくしはダリオス様のことを、そのような目で見てなど……!」
「あれぇ? あたし、団長なんて一言も言ってないけど?」
「っ……!」
サリアがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
イレーネは口をパクパクさせ、視線を泳がせた。
「い、今のは言葉のあやで……騎士団長として尊敬しているだけで……」
「ま、いいんじゃねぇの? 好きなら好きって言えばいいだろ。つーか、緊張しすぎなんだよ。肩に力が入りすぎて、ガッチガチじゃねぇか?」
「……っ、貴女が悠長に構えすぎなのです! 魔族との戦いですよ? 命のやり取りなのですよ?」
「そうか? フィアナを見てみろよ、爆睡してやがるぜ」
二人の視線が私に刺さる。
「フィアナ様のことはいいのです。この方は特殊ですから。それより、話を逸らさないでください!」
特殊……言葉選びが少し引っかかるが、許してあげよう。
イレーネの声が少しずつ大きくなっていく。
「わたくしが言いたいのは、貴女のその破廉恥な格好が、戦場の空気を乱すということです! もっと慎みを持って――」
「まあまあ、落ち着けって。団長さんはあたしみたいな胡散臭い女にゃ興味ねぇって。あんたみたいなお嬢様の方が好みだと思うぜ? 飯に行ったりしてねぇの?」
「それが忙しくてまだ……じゃなくて! ダリオス様は関係ありません!」
聞いていて面白いとは思うけれど、これでは私が安眠できない。
なので、一言注意させてもらう。
「……仲良しなのは分かりましたけれど」
私は低い声で呟き、ゆっくりと目を開けた。
二人がビクリとして私を見る。
「お願いですから、寝させてください。これでも徹夜明けですわ。馬車の中で眠るのを想定して徹夜したのです」
「あ……」
「サリア様はイレーネ様をからかうのは程々にしてください。イレーネ様も大声はやめてください。いいですね?」
私がジト目で睨むと、二人はばつが悪そうに縮こまった。
「悪ぃ……」
「申し訳ございません……」
ようやく静寂が戻ってきた。
今度こそゆっくり眠れるというものだ。
もっとも、言い争いをしている内に、イレーネの緊張がほぐれたようなので、きっとサリアの作戦だったのだろう。
本当、面倒見がいいというか。
もう少し、やり方は考えてもらいたいけれど。
そんなことを考えている内に、いつの間にか、意識は沈んでいった。




