21 元聖女と爆破事件
増え続ける重傷者を一人ずつ確実に癒やしていく。
イレーネも意を決したのか、祈りの言葉を唱えずに頑張っているようだ。
目を背けたくなるグロテスクな怪我から目を逸らすことなく、治療に当たっている。
その調子で頑張れば、いずれ私のようにてきぱきとこなせるようになるだろう。
彼女は努力家だ。
今回のこともきっと乗り越えることができるはずだ。
もちろん、ほかの神官や聖女候補も惨状に顔を引きつらせながら、治癒魔法を使っている。
そこかしこで淡い光が発するので、怪我人さえいなければ、幻想的な光景だったかもしれない。
余計なことを考えることができる程度には、私にも余裕ができた。
重傷者も無限にいるわけではないし、民間治療院の鎮火とともに、運び出される患者も徐々に減ってきた。
「最後の一人です」
騎士が運び出したのは、恰幅のいい中年男性だった。
名前は失念したけれど、見覚えのある人物だ。たしか、『帝都中央総合治療院』の院長だった。
彼も被害に遭っていたのか。
ともあれ、全員が運び出されたのなら話は早い。
「イレーネ様、【範囲治癒】は使えますか?」
「も、もちろんです」
「それでは使ってください」
これ以上怪我人が増えないのであれば、未治療の全員をぱっと癒やした方が早い。
問題があるとすると、イレーネがこの期に及んで「一人ひとりに真心を」などとふざけたことを言い出す可能性だ。
まぁ、その場合は私がさくっとやって終わらせる。
「分かりました」
しかし、彼女は私の指示に従った。
先日の教会の一件で私が彼女に言ったことは、ちゃんと伝わっていたらしい。
彼女の成長に少しだけ、ほんの少しだけだけれど、安堵するとともに嬉しく思った。
ゆっくりだけれど、丁寧に【範囲治癒】を発動し、院長を含む残りの重傷者は癒やされた。
イレーネは魔力切れを起こしかけているのか、顔色が悪い。
こんなことなら、家から魔力回復薬を持って来ていればよかった。
ちなみに私にはまだ余裕がある。場数が違うというか、ただ慣れているだけだ。
これ以上、私がここにいても面倒なことになりそうだ。主に騎士団方面から。
「イレーネ様。私は消えますので、後はよろしくお願いいたします」
「え? もう行かれるのですか?」
「はい。面倒事は嫌ですわ」
私はにっこりと笑ってから、その場を去る。
功績を立てたいわけではないし、今回は奉仕活動みたいなものだ。
それよりも気になることがある。
ダリオスは今回の爆発事故の原因について、治療院での燃えやすいものに引火したのだろうと言っていた。
けれど、爆発を起こすようなものが果たして治療院にあるだろうか。
乾燥させた薬草はよく燃えるだろうけれど、爆発には至らない。
なにやら、きな臭い気がする。
私にそれを調べる手立てはないけれど、私には頼れる友人がいる。
◆
というわけで、自宅に戻った私はサリアに事情を話す。
治療院の騒動で思いのほか時間が経過しており、もう夕方だ。
「治療院で爆発は起こりえないと思うのです」
「そうかもしれねぇが、調査なんて騎士団に任せときゃいいだろ」
事故や事件の調査も騎士団の仕事なので、サリアの言い分はもっともだ。
今もきっと爆発の原因をダリオスが調べているだろう。けれど、彼は最初から事故と決めているような印象を受けた。
そういう先入観があれば、目が曇るかもしれない。
「つーか、なんでフィアナがそこまで気にするんだ? あんたにゃ、関係ねぇことだろうに」
「……一応、私の就職先候補でもあったわけなので、無関係ってわけでは」
「見に行っただけだろ? じゃあ、無関係だろ」
それを言われてしまっては、何も言い返せない。
今後、あの治療院で働きたいと思っているわけでもないし、患者としてお世話になっているわけでもない。
なので、これは単純に私の気持ちの問題だ。
「気になって仕方がないのです」
「あたしに言ってどうするんだよ……」
「調査をお願いできませんか?」
サリアは思いっきり溜め息をついた。
「はぁぁぁぁぁぁ……嫌に決まってんだろうが。何が悲しくて、騎士団がいるところに行けなきゃなんねぇ」
「サリア様なら、騎士団の目を盗んで調査するくらいお手の物かと思いまして。それに、暗殺者の目線で見ると、違ったものが見えるかもしれません」
「はっ、言ってくれんじゃねぇか」
サリアが私を睨む。射殺さんばかりの視線を受け、それでも私はまっすぐに見返した。
「これは私の我儘ですけれど、私には力がありません。だから、どうか力を貸してはいただけませんか?」
私は頭を下げた。
やはり自分が関わった場所で、怪しい爆発事故が起こったことはどうしても気がかりだ。
人の手による犯罪であれば、次の爆発もあるかもしれない。
未然に防げるなら、それに越したことはない。
長い沈黙の後で、ようやくサリアが口を開いた。
「ったく……あんたのお人好しがうつっちまったかな」
私はハッとして顔を上げた。
「ということは……」
「ちょっと待ってろ。あんたがいたら足手纏いだ」
彼女は既に仕事着に着替えていた。あの布面積の狭い衣装だ。
もちろん、茶化すようなことは言わない。
「頼んでおいて、なんですけれど、気をつけてくださいね」
「誰に言ってる。あんたはあたしの帰りを寝て待ってな」
そういうと、家を出て、夕暮れの町に消えていった。
なんと頼もしい。
サリアはお人好しがうつったなんて言ったけれど、彼女は元々お人好しだと思う。
でなければ、命の恩人だからという理由で、私を自宅に引っ越しさせたりしない。
きっと私が調査をお願いすることも予想していたのかもしれない。
だから、仕事着を着ていた。
さすがに考えすぎかな。
けれど、これだけは確実だ。
私はいい友人を持った。
◆
魔力回復薬を飲んで、ゆっくり休んでいると、肩を揺さぶられた。
「おい、起きろ。本当に寝る奴があるかよ……」
瞼を持ち上げると、呆れ顔のサリアが私を覗き込んでいた。
窓の外は既に夜の帳が下りている。
本当に眠ってしまうつもりはなかったのだけれど、お昼に魔法を使い過ぎたのかもしれない。
リビングのテーブルでそのまま寝落ちしていた。
「ん……すみません。あ、お帰りなさい。何か分かりましたか?」
私は頭を振って眠気を覚ましてから、彼女に尋ねた。
「まあな」
「お茶でも淹れましょう。お話を聞かせてください」
薬の開発用に買っておいた加熱用魔導具が活躍する。
温かいお茶を淹れたカップをサリアの前に差し出すと、「サンキュ」と言って口をつけた。
私の分も注ぎ、椅子に座る。
「結論から言うぜ。フィアナの予想通り、ありゃ事故じゃねぇ。事件だ」
「やっぱり……」
でも、誰が何の目的で……?
「爆発から時間が経ってたから、はっきりしたことは分からねぇが、火薬の臭いはしなかった。おそらく、魔法による爆発だろうな」
「爆発魔法なんて存在しませんわ」
魔法は火、水、風、土の基本属性に、光、氷、音、金の発展属性だけのはず。
私が使う治癒魔法や、空間転移など例外はいくつかあるけれど、爆発なんてものはない。
「んなもん、組み合わせでどうにでもなる。水の中に超高温に熱した金属でも入れればドカンってな。うまく風で空気を送れば、治療院を火達磨にするくらいできると思うぜ?」
さすがは暗殺者。人を殺すための知識は私よりも断然上だ。
友達で良かった。
しかし、そんな緻密な魔法操作……数人でするには失敗したり見つかったりするリスクが大きくなる。
となると、一人で……?
まさか……
「魔族……ですか?」
人族よりも魔法の扱いに長けた種族。アウレリア帝国の戦争相手である魔国の住人。
戦争とは無関係な魔族の探索者もいるし、帝都でも珍しくはないけれど。
探索者に紛れて、魔王軍の関係者が帝都に入り込んだのか。
「あたしもそう思うぜ。で、だ」
サリアが身を乗り出した。話はまだ終わりではないらしい。
「潜伏先の見当はついてる」
「え?」
「裏ルートの知人に聞いて回ったんだよ。連中の情報網はヤバいからな。で、どうする?」
そんなのは決まっている。
「生きたまま捕らえましょう。もっとも、私が死なせませんけれど」
「おお、怖。あんたが仲間で良かったぜ」
さすがサリアだ。
そこまでのことをしてくれるとは思っていなかった。
「ありがとうございます、サリア様。無事にことが終わったら、私の特製薬を差し上げますわ」
「あー、それは遠慮しとくわ……」
感謝のしるしとして提案したのだけれど、しかしサリアに拒否されたのだった。




