18 元聖女と神官
夢見草の毒花粉の実験の翌日には、サリアは私を許してくれた。
友達を怒らせるのは良くないことを痛感した。
でも、あれはサリアの不注意も良くないと思うのだけれど……
大人な私は口には出さない。
ちなみに、長距離走った疲労は完全に消え去り、ぐっすり眠ったせいで夜中はずっと起きていたらしい。
目立った副作用もなく経過したので一安心だ。
私の分の夢見草の花は全て没収されたので、しばらくは睡眠薬の開発はできない。
代わりに二つ以上の効果を持つ薬をどうやったら作れるかを考えている。
異なる成分が喧嘩しないように、混ぜることができる別の素材がないか、『魔薬調合大全』を読んだりするけれど、これというものが見つからない。
ひょっとしたら、いくつかの素材を組み合わせることで、いいものができるかもしれないけれど、まだ思いつかない。
変なものを作らないのであれば、実験していいとサリアから許可をもらったので、治療薬や回復薬、魔力回復薬の改良実験をする日々だ。
今日も水やりついでに、薬草の葉っぱを採取に行こうとしたのだが、サリアに止められた。
「今日は悪いことはしていませんわ」
「悪いって自覚はあるんだな。でも、そうじゃねぇよ」
抗議したら、サリアに苦笑された。
「外を見てみろ。変な奴が立ってるだろ?」
そう言われ、窓から外をちらっと見てみると、見覚えのある服装の人がいた。
どう見ても天煌教会の神官服だ。
私もよく外出している。サリアと一緒に依頼を受けたり買い物に行ったりするし、一人で買い食いをしに行くこともある。
いつもいつも実験ばかりしているわけではない。
聖女時代にできなかったことをしているだけだ。
ただ、外出から帰る時に、教会の手の者に尾行されたのだろう。迂闊だった。
相手をするのは絶対に面倒なので、
「あれはただの変な人ですわ。無視しましょう」
とサリアには言っておいた。
「なんだそれ? あたしの知り合いじゃねぇから、フィアナの知り合いだろ?」
「……前の職場の方ですわ」
「それ、教会じゃねぇか。無視していいのかよ」
いいかどうかは分からない。
分かるのは、今の私が教会関係者ではないということだけだ。
「嫌な予感がするので、しばらく私は外出を控えます。すみませんが、食材の買い出しなどをお願いできませんか?」
「それは別に構わねぇけどさ」
サリア一人なら、窓からこっそり外出するのは造作もないことだ。
私は足手纏いにしかならない。
こうして私が姿を現さなければ、いずれあの神官も姿を消すだろう。
◆
そう思っていた時期が私にもあった。
最初に神官がやってきてから数日が経った。
だというのに、彼は連日やってきた。
雨の日は傘を差し、風が強い日は外套を押さえていた。
というかなんで、玄関をノックしてこないのか。偶然を装って、私に話しかけるつもりなのか?
存在がバレている以上、意味のない待ち伏せだけれど。
こうなったら根競べなのだけれど、そうそうに私が折れてしまった。
実験どころか、薬草の世話もできないのではストレスが溜まる一方である。
『魔薬調合大全』を読んで知識を増やすのはいいけれど、そうなると実験をしたくなるのだ。
「サリア様、すみません。あの神官に対応しようと思いますわ……」
「ま、それが一番手っ取り早いだろうな。話だけでも聞いてやれよ」
「……はい」
本当に気が進まないけれど、玄関を開け、神官を呼ぶ。
彼はぱっと顔を明るくして、私の方に来た。
「やはりここにいらっしゃいましたか、先代聖女様」
「何のご用でしょうか? 私はもう教会とは関係ないのですけれど」
ちょっと言葉に棘が混じったかもしれない。
「先代聖女様にご助力願いたいのです」
ほら来た、面倒くさい話。
ドアを閉めようとも思ったけれど、友達であるサリアが「話だけでも聞いてやれ」と言ったので、聞いてやろうではないか。
「どうされたのですか? もしかして、イレーネ様がパンクしているとか?」
「そ、その通りです。現聖女様だけでなく、教会の職員全員が疲弊している状況でして」
その「全員」の中にリーフェルは入っていないのだろうな、と思う。
「だいたいの予想はつきますわ。良くも悪くもイレーネ様は真面目な方ですから、それはとても丁寧なお仕事をされているのでしょう」
「……はい。特に治療院では、一人ひとりに時間をかけるため、患者さんはどんどん増えていく一方でして……」
「その日のうちに診られなかった方はどうするのですか?」
神官は言い淀んだけれど、ちゃんと答えた。
「翌日に来ていただいております。そのため、治療院がもういっぱいいっぱいなのです」
「そうですか。それは大変ですわね」
「はい。ですので、先代聖女様にご助力いただきたく……」
ここで断るのは簡単だけれど、溢れている患者の存在を知って、私は無視できるだろうか。
おそらく、心の片隅に残ってしまうだろう。
とはいえ、今の私は教会外部の人間だ。そこで妙案を閃いた。
「分かりました。いいでしょう」
「ほ、本当ですか?」
顔を輝かせた神官には悪いけれど、条件がある。
「今の私は探索者ですわ。当然、依頼料が発生することはご存知ですよね? 高いですよ?」
ただで手伝えば、今後の同じことを期待される。
患者のことを考えると、少々心苦しいけれど、これは線引きだ。
「す、枢機卿閣下に指示を仰いでまいります!」
神官は一礼すると、足早に教会に向かって走っていった。
「いいのか?」
後ろで話を聞いていたサリアが尋ねる。
「ええ、まあ。いつかこうなるとは思っていましたけれど……イレーネ様は何をしているのやら」
きっと、女神様とやらへのお祈りをしているのだろう。
「はぁ……」
◆
しばらくして、再びの来訪者があった。
「やっほー、フィアナちゃん。久しぶりね」
なんとさぼることで有名な枢機卿ことリーフェルが自ら私に交渉に来た。
「こんなところで何をされているのですか? リーフェル様は教会を守るお立場でしょう? 患者さんで溢れかえっている治療院を放っておいてよろしいのですか?」
「耳が痛いことを言うわね~。でもほら、若者の成長を見守るのも仕事だと思わない?」
呆れ果てて物も言えない。
いや、言うけれど。
「見守るだけでいいのなら、上司なんて必要ありませんわ。それでは、お帰りください。無駄話に付き合う暇はありませんので」
教会のトップが何もしようとしないのに、なぜ外部の私がしないといけないのか。
患者には悪いけれど、恨むなら教会を恨んでほしい。
扉を閉めようとしたのだが、リーフェルが焦ったように止めた。
「ちょ、ちょっと待って、フィアナちゃん」
「まだ何か?」
「私は治癒魔法を使えないし、正直、お手上げ状態なのよ」
リーフェルはそうかもしれない。けれど、神官の一部や聖女候補たちは治癒魔法を使える。
彼らに割り振ればいいだけだ。
……それをしてもどうしようもないところまで来ているということか。
「お金を払えば、手伝ってくれるんでしょ?」
「……ひと月分の聖女の給与。それで手を打ちましょう」
結構な額になることは分かっている。
それを使う暇がなかったから、私のお金は貯まっていたのだ。
「いいわ。このまま教会の信用を落とすよりはマシだもの」
久しぶりのリーフェルの真剣な顔が見られた。
さっきは調子のいいことを言っていたけれど、問題視はしていたのだろう。
普段から真面目にしていればいいのに。
本当に、フローラの爪の垢を煎じて飲ませたい。
「振り込まれなかったら困るので、探索者ギルドを通して依頼という形にしてください」
「分かったわ。諸々の手続きは神官に任せるわ。それじゃあ、よろしくね~」
リーフェルは片手をひらひらと振って去った。
それを見送った私は、思わず溜め息を漏らした。
「はぁ……」
「教会に戻るのは嫌だったんだろ?」
サリアが心配そうに声をかけてきた。
「もちろん、嫌ですわ。けれど、困っている患者さんがいるのは事実です……それに、貧乏になった私の臨時収入と思えば、悪くありません。ついでに真面目すぎる後輩に現実を教えてあげるのも、先輩の務めですわ」
「……あんたも十分、真面目だろ」
サリアの言葉は聞こえないふりをして、私は戦闘服であるバトルドレスに着替えた。
それだけで、少しだけやる気が出た。




