17 元聖女と新薬
初依頼を達成してから数日が経った。
すぐに実験に取り掛からなかったのは、単純にまだ薬草たちの葉っぱが十分に育っていなかったからだ。
でも、それも今日までだ。
私の治癒魔法混じりの水をたっぷり吸った薬草は十分に育った。
何枚かずつ葉っぱを採り、作業場と化した私室に持っていく。
オルセンからもらったウイスキーは既に小瓶に分けている。実験なので、少量ずつ試してみる。一度に全部を使い切ると実験ができなくなる。
念のためにウイスキーの味見をしたけれど、うん、美味しかった。
決して酒を飲みたいという邪な理由ではなく、味がどう変わるかを確かめるためだ。
サリアには疑いの視線を向けられたけれど。
そのサリアは体力作りのため、ジョギングに行っているので、心置きなく薬作りができる。
まずはいつも通り、葉っぱを細かく刻んでいく。マイ包丁も購入済みだ。
ヒールハーブから刻み、後で薬作りに使う分を残して、ウイスキーに漬けこむ。どれくらい入れたらいいかは分からないので、最初は適当だ。
包丁を洗ってから、キュアグラスでも同じようにする。
もう一度包丁を洗い、マナスパイスでも繰り返す。
包丁を洗うのは、薬草たちの成分が喧嘩をするのを防ぐためだ。互いの効能を打ち消し合うので、同時に抽出したり、混ぜたりしても二つ以上の効果を持つ薬にならない。
これを解決できれば、万能薬もできるかもしれない。
薬草のウイスキー漬けに関してできることは現状これだけだ。後は待つしかない。
なので残った薬草の葉っぱたちでそれぞれの薬を作る。
だいぶ久しぶりの薬作りなので、おさらいも兼ねて普通の治療薬、回復薬、魔力回復薬を作った。
味見をしたけれど、以前と遜色ない出来栄えだ。
長く続けて培われたものは、そうそう忘れないということの証左だ。
今日の本番はここからだ。
先日取った夢見草の毒花を使ってみない手はない。
サリアは絶対に口にするなと言っていた。
暗殺者の彼女がそう言うくらいなので、本当に危険なものなのだろう。
しかし、『魔薬調合大全』に載っていたということは、薬草でもあるということだ。
読み返してみたところ、いくつかの素材を一緒に使うことで、その毒性を弱めることができると書いてあった。
他の素材を探しに老婆がやっている薬屋に行ったけれど、在庫を切らしていた。
しかし、私には魔法という手段がある。
強力な鎮静作用ということは、状態異常ということだ。ならば回復薬にいい感じに混ぜれば、よく眠れて疲労も取れる薬ができるはずだ。
依存性があるらしいので、要注意だけれど。連用はお勧めできない。
私の魔法でそこも中和できればいいのだけれど、それは試作品ができてからの課題だろう。
というわけで、まずは夢見草の毒花――花粉がどれほどの効果なのか確かめたい。
ペロッと舐めてみた。
あ、まずい……もう、意識が――
その瞬間、ふわっと私の体が淡く光り、意識が清明に戻った。
私の体は、怪我や状態異常に対し、自動で治癒魔法や回復魔法がかかるようになっている。
たぶん、無意識下で自分を守るためのものなのだろう。他の治癒師からは聞かない話なので、聖女としての激務が私の体を進化させたのかもしれない。
まぁ、こういう危険な実験に自分の体を使えるので、便利ではある。
他の人には勧められない方法だ。
それにしても、思ったよりも強力だ。
暗殺に使われるのも頷ける。
今日の目的はこの毒花粉の効果を薄めていくことだ。
これも薬草と同じように煮出してみようと思う。どれだけ煮出したらいいのか、分からないけれど、実験とはそういうものだ。
毒花粉と煮出す水の割合、煮出す時間、その後の濃度調整……いろいろと試行錯誤するから面白い。
治癒魔法入りの水を作ったときのことを思い出す。
あの頃もいろいろやって、よく薬草を根腐れさせてしまったものだ。
全ての組み合わせを一度に試すことはできないので、今日やってみる割合や時間をメモに残しておく。
実験の記録は重要だ。後から見直して、改良点が見つかることもある。
御託はこれくらいにして作業に取り掛かる。
と思ったのだけれど、毒花粉の重さってどうやって量ればいいんだ?
今度、天秤を買ってこないといけない。天秤のことを失念していたとは、我ながら情けない。
では今日の実験をやめるか、というと、そんなことはない。
本実験のための予備実験ということにする。
今日は花一つ分の毒花粉を、教会で貰った製薬釜に三分目の水で煮出すことにしよう。
本当に目分量だけれど、これが本実験をする際の基準になるので、ちゃんとやる。
お湯を混ぜながら、ぐつぐつと毒花粉を煮る。毒花粉の量が少ないので、お湯を沸騰させているだけにしか見えない。
少なくとも、回復魔法が発動しないので、毒成分が湯気と一緒に空中に撒かれていることはなさそうだ。
水が半分ほどになったところで、加熱を止めて冷ます。
十分冷えたところで、濾して毒花粉を取り除く。毒成分が残っているかもしれないこいつをどうやって処理したらいいのか……後でサリアに任せることにしよう。
こうして出来上がった、おそらくは毒液を数本の小瓶に分けてから、水で原液、五倍、十倍、二十倍と薄めてみた。
ここも正確に測るのが現状不可能なので、目分量だ。
では実飲しよう。
原液を飲んでみる。味はほんのり甘く、悪くない。
体が淡く光った。毒成分が強いようだ。水に溶ける毒成分ということが分かった。
続いて五倍のもの。
体が淡く光った。まだ駄目か。
さらに十倍を試す。
体が淡く光った。なかなか強力な毒のようだ。
最後に二十倍。これで駄目なら、もっと薄めるだけだ。
体が……光らない。安全策をとって四十倍くらいに薄めるのがいいかもしれない。
いいデータが取れた。
だがこれで終わりではない。
次に、回復魔法を押し込んだ水で煮出して、同じように希釈しなければならない。
結果として、回復魔法をかけ過ぎると、完全に毒成分を中和してしまうことが分かった。
回復魔法は添える程度で、十倍希釈にするのが丁度良さそうだ。
厳密な数値は天秤を買ってからになるけれど、大まかな数値を出すことができ、私は大変満足である。
やはり、実験は楽しい。
せっかく作ったので、程よい濃度にしたものをいくつかの小瓶に分けておく。睡眠薬とでも名付けておこう。
これ以上は私の集中力も持たないので、片付けることにする。
鍋を洗っていると、サリアがジョギングから帰ってきた。
ずいぶんと長い間走っていたけれど、よく体力が持つものだ。
「調子に乗って走りすぎたぜ。あー、喉が渇いた。なぁ、フィアナ。これ飲んでもいいか?」
「え……あ、いや、待って――」
「なんだこれ、甘くて美味いんだが……あ? なんか、眠気が……」
……遅かった。
あとでまとめて片付けようと思って、キッチンのテーブルにまとめていた、睡眠薬をサリアが飲んでしまった。
洗っていた鍋を流しに置いたまま、倒れそうになるサリアを何とか支える。
肩を貸して、彼女の部屋のベッドまで連れていき、横にした。
「すまん……フィアナ……」
いや、謝るのは私の方だ。
実にタイミングが悪かった。
すぐに寝入ったサリアに心の中で謝った私は、とりあえず、彼女の呼吸と脈が正常か確かめた。
ふむ……大丈夫そうだ。
経過は見ないといけないけれど、今のところ、問題ない……と思う。
もちろん何かあれば、回復魔法を使う。
それにしても、ぐっすりと眠っているようだ。寝顔が可愛らしい。
その後、定期的に彼女の様子を見て、異常がないかの確認を行った。
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結局、サリアは夜までしっかりと眠り、ぱっちりと目を覚ました。
私が事情を説明したところ、しこたま怒られ、私が作った夕食には手をつけてもらえなかった。




