16 元聖女と祝杯
サリアがダガーを腰の鞘に戻し、私を振り向いた。
戦闘狂のような雰囲気は霧散しており、いつもの彼女だ。
「終わったぜ。耳を切り取るのを手伝ってくれ」
依頼を達成した証拠の回収だ。これをしないと、報酬を受け取ることができない。
「サリア様」
「なんだ? あたしの戦い方を見て怖くなったか?」
試すような視線を向けてくるサリアだけれど、私はそんなことを聞きたいのではない。
「耳って二つありますよね。これ、数を誤魔化すことができるのではないですか?」
「知らねぇよ!」
「耳なら生きたまま削ぎ落しても死なないでしょうし……首を持って帰る、とかの方が分かりやすいと思いませんか? あ、でも持ち運びに不便なので駄目ですね」
素朴な疑問だ。
なのに、サリアは信じられないものを見る目で私を見る。
「さらっと怖ぇこと、言うんじゃねぇよ。ちょっと鳥肌が立ったじゃねぇか」
変なことは言っていないと思うのだけれど。
今まで誰も気にならなかったのかな? それか、気にしなかっただけかもしれない。
「つーか、なんでそんな平気な顔してんだよ。初めてのゴブリン退治だろ? 普通、人型の魔物相手だと、躊躇っちまう新人が多いってのに」
「戦場では人間の死体を見たことくらいありますわ。今さらゴブリンの死体でどうこうということはありません」
「……あんたも修羅場をくぐってきてるんだな」
修羅場というほどのものではない。死体を見るのと、自分で殺すとはまた違うだろうし。
「それよりも依頼は達成しましたので、次はサリア様の目的ですわ」
気を取り直して、夢見草を探しに行く。
場所はサリアが知っているので、群生地はすぐに見つかった。
「フィアナ、絶対に花を食べるなよ。普通に死ぬからな」
「食べませんわ。まぁ、毒程度で私が死ぬとは思えませんけれど」
あらためて夢見草について思い出してみる。
極めて強力な鎮静作用があり、眠るようにして心臓を止めてしまう恐ろしい毒花だ。花粉に毒があるらしく、甘い匂いで誘い出した動物や魔物を殺して、養分にしてしまう。
ある意味、魔物よりも恐ろしい植物だ。
サリアは皮の手袋を取り出して、夢見草の花を摘んでは袋の中に入れていく。
口と鼻は布で覆っている。
万が一にでも手で触れたり、吸い込んだりしないためだ。
「私も少し貰ってもいいですか?」
ちょっと試したいことがある。強力な鎮静作用があるということは、かなり薄めて毒性を弱めたら、安全な眠り薬として使えるのではないだろうか。
日々のストレスで眠れない人の一助となれば、それほど嬉しいことはない。
「別に構わねぇが、変なことに使うなよ」
「何を仰いますか。毒と薬は紙一重なのですわ。どちらも使いようです」
「そりゃ、そうかもしれねぇけどさ」
納得いっていないようだ。
「ちなみに治癒魔法で人を殺すこともできますよ」
「えぇ……したことあんの?」
ドン引きしないでほしい。
「さすがに人間で試したことはありませんけれど、理論上はいけます」
「あんた、聖女じゃなくて魔女だろ」
「こんな可憐な魔女がどこにいますか?」
別に魔女は外見ではないけれど。
私の言葉を無視したサリアはどんどん夢見草の毒花を集める。
「これくらいありゃ、しばらくは持つかな」
「あとで、少し分けてくださいね。それにしても可愛らしい桃色の花ですわ。これ、お庭に植えてはいかがですか?」
見てよし、毒として使ってよし、薬にもなるかもしれない。
いいことづくめだ。
「駄目に決まってんだろ。騎士に捕まるぞ」
デメリットが大きすぎるのでやめておこう。
毒花で一杯になった袋をサリアが担いで帰路につく。
少し日が傾いている。探索者ギルドに着く頃には夕方になっているだろう。
◆
ギルドの受付には、報告に戻ってきた探索者の列ができていた。
順番が来るのを待つことしばらく。
「フローラ様、ゴブリンの耳ですわ。どうぞ、ご確認ください」
「……はい、確かに。それでは報酬はギルドカードの方に振り込んでおきます。お二人で均等でよろしいですか?」
「いえ、今回私は何もしていませんので」
実際、私は『オルデンの森』に行って帰ってきただけだ。依頼は全てサリアが一人でやった。
それで報酬を貰おうなど烏滸がましいというものだ。
しかし、当のサリアが待ったをかけた。
「こういうのは均等にしておいた方が後腐れがねぇんだよ。それに、フィアナが待機していたから、あたしは無茶ができたんだ」
むぅ……その言い方は狡い。反論できなくなるではないか。
「ふふふ、仲がよろしくていいですね。それでは均等に振り込んでおきますね」
私が何も言わないでいると、フローラがそう言った。
「なら、せめて報告書は私が書きますわ」
「それは助かるぜ。あたし、苦手なんだよ」
報告書に依頼対象の発見場所や、地形、対象の数、どうやって倒したかなどを書き込んでいく。サリアの戦闘については、彼女の本業にも影響が出るので、適当にぼかしておく。
こうした報告書の積み重ねが今後の依頼のランク分けにも反映されて、探索者がより安全に活動できるように活かされるらしい。
報告書を書くことは聖女時代の経験から、簡単なものだ。
フローラに渡すと驚かれた。
「こんな完璧な報告書、本当に久しぶりです。やっぱり、ギルドで働きませんか?」
断ろうと思ったのだけれど、
「駄目だぜ。フィアナはあたしの相棒だからな」
サリアがそう言ってくれた。なんだか嬉しい。
「それに、何をするか分からねぇから余所には出せねぇよ……」
前言撤回である。
「前にも申しましたけれど、大きな組織に属するのはちょっと……」
改めて、私から断っておく。
「残念です。気が変わったらいつでも言ってくださいね」
フローラも社交辞令で言っているだけだ。きっと。
依頼達成の報酬を受け取った。
お金はバトルドレスの購入費でほとんどなくなったので、素直にありがたい。
ただ、それ以上に、聖女としてなんとなく貰っていた給与と違い、自分で依頼を受けて自分で稼いだと思えるお金だ。
なんというか、感無量である。
聖女としての初めての給与よりも、額は少ないけれど、こっちの方が断然嬉しい。
「サリア様、祝杯を上げましょう!」
「いいね、不良聖女サマ」
「もう聖女ではありませんわ」
「……不良も否定しろよ」
◆
探索者ギルドには併設された酒場がある。
当然、そこにも興味があるけれど、今日は《憩いの灯火》に来た。
初めての依頼達成報酬の話をオルセンにしたいのと、他に大事な話があるからだ。
《憩いの灯火》に入った瞬間、サリアが視線を巡らせた。暗殺者としての職業病みたいなものかもしれない。
「へぇ、洒落た店じゃん」
「聖女時代からの私の行きつけのバーですわ。オルセン様、今日はお友達を連れてきました」
私はいつものカウンターチェアに座り、私の隣にサリアが腰を下ろした。
「キンキンに冷えたエールをお願いしますわ」
「あたしも、それで」
すぐに出されたジョッキを互いに軽くぶつけて祝杯を上げた。
そして、私は一気に飲み干した。労働の後のエールは最高だ。
「そんな飲み方で大丈夫か?」
「大丈夫ですわ。回復魔法のおかげで、二日酔い知らずなのです」
「そりゃ便利なことで」
私と違い、サリアはゆっくりと味わうように飲んでいる。
それもまたエールの楽しみ方だ。
今日の反省会というわけではないけれど、二人でしばらく振り返りをした後、私はオルセンを呼んだ。
「どうしましたか?」
「そろそろあの件を始めようと思いまして」
「ほう……あの件ですな?」
そう。
薬草のウイスキー漬けの件だ。
サリアが家に住まわせてくれるので、場所の確保はできた。
薬草も順調に育っている。
ならばあとは実行に移すのみだ。
「忘れない内にお渡ししておきましょう」
そう言うと、オルセンは店の奥から、ウイスキーの入った小樽を抱えてきた。ドン、とカウンターに置く。
試しに持ち上げてみると、ずっしりくる。けれど、私でも持ち運べないほどではない。
実験用としては、これくらいの量で丁度いいかもしれない。
「フィアナさん。お代は結構ですので、仕上がったら持ってきてください」
「ありがとうございます。その時は必ずやお持ちいたしますわ」
私とオルセンが互いに笑い合う横で、サリアが「何してんだよ、こいつら」という顔で、エールを呷っていた。




