15 元聖女と初依頼
探索者ギルドで依頼を受ける前に、一度私の家――厳密にはサリアの家だけれど――に戻った。
思ったよりも早く私のバトルドレスが決まったので、今日中に依頼を受けることにした。
「仕事で使う毒を切らしててな。いざって時になかったら困るから、取りに行きたいんだ」
サリアがそう言うので、同じ方面での依頼があれば、受けることにするのだ。
ついでにフローラに仲間ができた報告だ。
自宅に戻った理由は、サリアが着替えるためだ。
仕事用の服でないと、動きに支障が出るらしい。
そんな彼女の格好は、腹や背中が大きく露出した、レザー調の黒い衣装だ。すらりとした腕や、しなやかな脚も惜しげもなく晒している。
かろうじて黒い外套を羽織っているけれど、なんというか……
「変態ですか?」
「違ぇよ!」
「……何が違うのですか? そのような露出きょ……淫魔みたいな格好をしておいて」
「それ、言い直せてないからな」
いや、冗談ではなく、どう見ても官能的に見えてしまう。
「これには理由があるんだよ」
「元聖女として、サリア様の懺悔をお聞きしましょう」
「そういう時だけ聖女面するのやめろ。この格好のほうが動きやすいんだよ。それに肌で空気を感じられるからな」
聞けば、彼女は風魔法を使うらしい。その関係で、空気の流れを読むのは得意だが、そのために露出が多いのだとか。
他の風魔法を使う魔法師がそうなのかというとそうではないので、やはりサリアは変態なのだ。
「だから、違ぇっての」
「私の心を読むの、やめてください」
「顔を見りゃ、何を考えてるかくらい分かるんだよ……ハァ」
彼女をいじるのはこれくらいにしておこう。
大事な友人を失いたくはない。
「分かりました。けれど、これだけは言わせてください」
「……なんだよ」
「速さ特化だと思いますけれど、その格好は防御力が低すぎますわ。サリア様が大怪我をしては大変です」
サリアが驚いたような顔をした。
「フィアナがまともなことを言ってるんだが」
「私のことをなんだと思っているのですか」
「腹黒聖女」
「酷い!」
などとくだらない話をしながら、探索者ギルドに向かう。
◆
探索者ギルドに着いたのは、お昼の鐘が鳴る前だった。
朝早くに行動を開始すると、有意義な時間を過ごすことができる。
サリアの家に引っ越してから、私は早起きをするようになっていた。聖女時代の早起きは苦行だったけれど、今は苦ではない。
昼前ということもあり、ギルドにいる探索者はそれほど多くない。
サリアが依頼が貼られる掲示板の前で、「うーん」と唸っている。
いい感じの依頼がないらしい。
まだ貼られていない依頼もあるらしいので、受付で直接聞いてみることにする。
「おい、フィアナ。そっちじゃねぇぞ」
「すみません。足が勝手に酒場に向かっていました」
改めて受付に向かうと、フローラが対応してくれた。
「フィアナさん、それにサリアさん。お二人でどうしたのですか?」
彼女の疑問はもっともだ。フリルのついた可愛いバトルドレスの女と、八割くらい裸の女が一緒にいるのだ。
「サリア様とパーティを組むことになったのですわ」
「そうなんだ。ま、いろいろあってな」
拉致されたり、治療してあげたりといった複雑な関係だ。
「そうなんですね。フィアナさん、良かったですね。サリアさんはBランクですので、無理をしなければ、安全に探索者として働けますよ」
「サリア様、お強かったのですね」
「まあな。でも、ソロでSランクの勇者もいるから、あたしなんて大したことねぇよ」
ちなみに、探索者初心者の私はEランクだ。
「どんな依頼をお探しですか?」
「『オルデンの森』に用事があるんだが、そっち方面の依頼って何かないか?」
サリアが単刀直入に訊いた。
『オルデンの森』はその名の通り、帝都オルデンのすぐ傍にある森だ。いろいろな動植物に加え、魔物も棲んでいる。
森と帝都は平野と城壁によって隔てられているので、魔物が帝都に侵入してくることはない。
「森の方ですか……少々お待ちくださいね……あ、これなんかどうですか?」
フローラが一枚の依頼書を取り出した。
「『ゴブリンの集団の討伐』です。最近、森で暮らすゴブリンが活発化しているので、間引きしてほしいという依頼ですね」
「あー、ゴブリンね。あいつら放っておくとどんどん増えるからな。リハビリには丁度いい」
サリアは瀕死の怪我を負っていたので、ここしばらくは休養に時間を注いでいた。
久しぶりの実戦というわけだ。
「これはDランクの依頼になりますが、サリアさんがいるなら大丈夫でしょう」
という太鼓判をフローラから貰ったので、受けることにした。
「お二人ともお気をつけて」
「あいよ」
「行ってきますわ」
フローラに別れを告げ、目指すは『オルデンの森』だ。
◆
目的地はそんなに遠くなく、到着した時、まだ陽は高かった。
木が繁り、うっそうとした森に足を踏み入れる。
ひんやりとした風が木々の葉を揺らす。
「どの辺りにいますかね」
「ま、依頼に上がってくるくらいだし、適当に歩いていたら見つけられるだろ。あたし的にはそっちはおまけだしな。探してるのは『夢見草』って花だ」
夢見草……『魔薬調合大全』で見た名だ。
眠るように死んでしまう成分を含む毒花だったと記憶している。
「どこに咲いているかは覚えてるから、まずはそこに向かう。途中でゴブリンを見つけたら殺ろう」
「分かりました」
そうして進むことしばらく。
私は違和感を覚えた。
「サリアさんの足音が不自然なほど聞こえないのですけれど、暗殺者特有の歩き方なのですか?」
だとしても落ち葉を踏んで足音が鳴らないのはおかしい。
「ああ、これな。あたし、風だけじゃなくて音魔法も使えるから、【操音】の応用で足音を消してるんだよ」
「便利ですね」
「だろ? フィアナだから教えたんだぜ。誰にも言うなよ……おっと、止まれ」
不意にサリアが立ち止まり、私にも止まるよう合図を出した。
「ゴブリンだ」
木の陰に身を潜め、サリアが指さした方を覗き見る。
「一、二……全部で十二体いますわ」
「だな。それくらいなら何の問題もない」
「私に戦う力はありませんわ。お一人で大丈夫ですか?」
一人で十二体もの相手はさすがに分が悪いのではないだろうか。
しかし、サリアは首を横に振った。
「見てな」
次の瞬間、ゴブリンの多くが急にふらふらしたかと思うと、ばたばたと倒れた。
その様子は毒物の影響にも見えたけれど、サリアはずっと私の横にいた。毒を撒く隙なんてなかった。
「人には聞こえない音を大音量で聞かせてやったんだ。それだけで耳がイカれちまうんだよ」
音魔法でそんな怖いことができるとは思わなかった。
おそらく、誰でもできることではないのだろう。暗殺者として活動するサリアだからこそ、身につけられた魔法の応用なのだと思う。
聞こえないのに大音量とは少し変な感じがするけれど。
「個体差があるから、効かねぇ奴もいるし、ランクの高い魔物はほとんど効果がないけどな」
それで平気なゴブリンが三体ほどいるのか。
けれど、数が減ったのは確かだ。
「じゃあ、片付けてくるよ。フィアナはここで待機しててくれ」
そう言うと、彼女はものすごい速さで音もなく、立ったまま周囲をきょろきょろしているゴブリンに襲い掛かった。
腰のダガーを抜いた瞬間には、ゴブリンの喉元に突き立てていた。
続けて、仲間を心配する素振りを見せていたゴブリンの首を落とした。
サリアの襲撃に気づいた、残りの一体が彼女に掴みかかる。
けれど、その直後、ゴブリンの体が不自然に後ろに飛んだ。風魔法か音魔法による衝撃だろうか。
サリアは宙に浮いているゴブリンに向けてダガーを投擲し、見事額に突き刺さった。
即座にダガーを回収すると、めまいと吐き気で倒れているゴブリンを一体ずつ確実に始末していった。
返り血すら浴びずに十二体のゴブリンを一瞬で始末したサリアは笑っていた。
その姿に私は、ゾッとするとともに、「美しいな」と思ったのだった。




