13 元聖女と引っ越し
「おい、起きろ。いつまで寝てるつもりだ」
翌朝、私は体を揺さぶられた。
「……むにゃ……あと少し……」
まだ午前休憩の鐘も鳴っていないのに、ベッドから出るなんてどうかしている。
「いいから、起きろって」
ひときわ強く揺さぶられたので、仕方なく体を起こす。
「……おはようございます、サリア様」
ふわぁ、と伸びをしながら朝の挨拶をする。
ちなみに、宿の女将は追加料金を払うだけで、サリアを部屋に入れることを許可してくれた。
優しさ、というよりは現金な感じだ。
ここは私が借りた部屋なので、ベッドは私が使ったのだけれど、サリアを横にできる場所がなかった。
なので、適当に床に転がしておいた。それもあって、彼女は早く目が覚めたのだろう。血を失っているのに、元気なものだ。
「ああ、おはよう……って、そうじゃなくてだな。なんであたしを助けた?」
「なんでって……貴女が治せと言ったからですわ。それに人が目の前で死ぬのって嫌じゃないですか」
「それ、暗殺者の前で言う?」
そういえば、サリアは暗殺者だった。人をこっそり殺す――つまり目の前で人が死ぬ――のが仕事だ。
「まぁ、私は嫌なのです。それに気絶した女性を一人放置するほど、悪魔ではありませんわ」
「……助かったのは事実だが、あんたはそれでいいのか?」
聖女は人を助けることを生業とするけれど、暗殺者はその真逆だ。
サリアはそのことを言っているのだろう。
「構いませんわ。世の中、いろいろな職業がありますから。仕事に貴賤はありません。貴賤があるとすれば、その人の在り方でしょう」
私の周囲には仕事に対し、真面目な人が多かった。騎士団長のダリオスや《憩いの灯火》のオルセン、特に新聖女のイレーネは生真面目といってもいい。
仕事をしないリーフェルは間違いなく『賤』のほうだ。
「なんか変な奴だな、あんた」
「失敬なことを仰らないでください」
「ああ、すまん。悪気があるわけじゃねぇんだ」
サリアが苦笑してから、続ける。
「フィアナには二つも借りができた。ちゃんと返さなきゃ、あたしのプライドに関わる。誰か、殺してほしい奴がいたら、無料で殺ってやるぜ?」
「そうですね……人殺しは私の趣味ではありませんので、遠慮させてもらいます。死んでほしいほど恨んでいる人もいませんし」
他に何か彼女にしてほしいことはあるだろうか。
私が困っていることと言えば、安宿が狭いことだ。私一人が暮らすのには申し分はないけれど、薬草を育てるとなると話は別だ。
「広くて、周囲に異臭がしても大丈夫な場所はありませんか?」
「異臭って……何をするつもりだよ……」
サリアが呆れたように尋ねる。
「薬作りをしようと思っています」
ヒールハーブやキュアグラス、マナスパイスを煮詰める段階で、青臭さと苦さが混じったような匂いが発生するのだ。
私は嫌いではないけれど、慣れない人にはとても臭いらしい。
「……あると言えば、ある」
「素敵ですわ! どこですか?」
「あたしの隠れ家の一つだよ。隠れ家っつーか、探索者としての拠点だけどな」
あれ? と私は首を傾げた。
「暗殺者ではないのですか?」
私の問いに、サリアは肩を竦めた。
「本業はな。でも、そんなしょっちゅう殺しの依頼があったら、物騒すぎんだろ。だから、普段は探索者をしてるんだよ」
暗殺稼業も楽ではないということか。
「ちなみにお一人で?」
「まあな」
私は考える。
私が探索者として活動するのを諦めたのは、前衛となる仲間がいないからだ。
本業は薬作りをするつもりだ。
けれど、その素材を自分で採集することができれば、素材の購入費を浮かせられ、依頼の報酬を稼ぐことができる。
私とサリアの出会いはつまり、そういうことなのだろう。
出会うべくして出会ったのだ。
「ここに優秀な治癒師がいますよ? 私とパーティを組みませんか?」
「え? やだよ」
即答である。
「なんでですか? いいじゃないですか!」
「ずっとソロでやってきたし、別に仲間なんていなくても――」
「そんなことを言っていると、また瀕死の怪我を負いますわ」
「ぐ……」
これまでは大した怪我をすることなくやってこれたのだろう。しかし、その前提は昨日、崩れたはずだ。
二度目の大怪我があってもおかしくない。
「私がいると、その場で癒やして差し上げることができます」
「た、確かに……」
私に戦闘能力はないので、完全なお荷物になる可能性もあるけれど、そんなことを言う必要はない。
「もちろん、状態異常になっても治すことができます。食中毒で一晩苦しむなんてこともありません」
「……分かった、分かったよ。あんたと組めばいいんだろ」
「ありがとうございます。それでは早速、サリア様の拠点に引っ越しましょう」
私は意気揚々と荷物をまとめ始める。こういう時、私物が少ないのは役に立つ。
「あたしの家に行くのは決定なんだな……つーか、昨日、自分を襲ってきた相手の家によく行けるな」
「私の勘が、サリア様は悪い人ではないと言っていますわ」
「やっぱ、変な奴だ……」
失礼なことを言うサリアを無視して、外着に着替え、寝間着も鞄に突っ込んだ。
教会の官舎を出た時と違い、製薬釜があるので、鞄はパンパンになった。
三つの鉢植えは、そのうち二つをサリアが運んでくれた。やっぱり、いい人だ。
◆
サリアの拠点は下町の一角にあった。
小さな戸建てで、なんと、狭いながらも庭付きである。これなら、薬草たちをのびのびと育てることができる。
なんとなく探索者の拠点って汚いイメージがあったのだけれど、家の中は意外にもきれいにしてあった。
「そこの部屋が空いてるから、適当に使ってくれ」
どこに作業台を置いて、どこに加熱用魔導具を置いて、などを考えるとわくわくする。
作業台も魔導具も買わないといけない。
それよりも、薬草を育てるのが先決だ。
薬草が育つまで、少し日にちがかかるので、その間に必要な道具を揃えればいいだろう。
まずは荷ほどきをして、それから庭へ向かった。
サリアは庭も好きにしてくれていいとのことだったので、鉢植えの土ごと、日当たりのいい場所に植え替えた。
せっかくなので、残っている種も蒔いた。全部を蒔けるほどの広さはないけれど、今はこれで十分だ。
植え替えと種蒔きが終わり、ジョウロで水やりをする。地植えだし、きっと大丈夫と信じて、それぞれに適した魔法を水に込める。
ヒールハーブには治癒魔法を、キュアグラスには回復魔法を、マナスパイスには純粋な魔力を。
大きく育ってくれたら嬉しい。
そんなことをしていると、ちょうどお昼の鐘が鳴ったので、家の中に戻る。
ダガーの手入れをしていたサリアに声をかける。
「家に住まわせてもらうのですし、何かお昼でも作りましょう」
「あん? フィアナ、料理できるのか?」
「それなりにはできますわ。聖女時代、教会の厨房で夜食を作ったりしていましたし」
お腹が空いて頭が回らなくなる前に、夜食を作っていたことを思い出す。
普段の食事を作ってくれる修道女は既に寝静まっていたので、自分で作っていた。
野菜を切るのも、薬草を切るのもそう変わらない。
というわけで、余っていた野菜と干し肉で簡単なスープを作った。具材を切って、煮て、味を整えただけのシンプルなスープだ。
「美味そうじゃん」
サリアはそう言って、私が作ったスープを飲み干した。
聖女時代ではありえなかった、のんびりとした空気感。
悪くない……むしろ、良いと思う。
これから、薬草を育てて薬の開発をしつつ、時々探索者として素材を集めたり、依頼をこなしたりする。
拠点ができたのだから、オルセンに頼んでウイスキーを分けてもらう必要もある。
スローライフ……と言うには、少々忙しくなりそうな気がする。
けれど、それは教会の多忙さとは違い、充実した毎日になりそうだ。




