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「聖女失格」と断罪されたので、喜んで引退します ~好条件なら「副業」でやってあげますよ?~  作者: 彼岸茸


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10/24

10 元聖女と製薬釜

本日2回目の投稿です。

 一度、安宿に戻り、薬作りに必要な物を書き出していた時、何かが引っかかった。

 重要なことを忘れているような気がするのだが、何だっただろうか。


 最近、使った記憶がある。

 イレーネに断罪されてからの日々のことを振り返ってみる。


「あ……私のスコップ」


 教会の官舎を出る時に、あのハンドスコップを荷物に入れなかったような……

 慌てて、私物をすべてベッドの上に並べてみたけれど、どう見ても相棒が見当たらない。


 私としたことがなんたる不覚。


 というわけで、戻らないと決めた教会に、たった数日で戻ることになった。

 重たい足取りで向かった教会で、顔馴染みの神官や修道女に挨拶をしてから、私が使っていた部屋に向かう。


 既に私は部外者なのだけれど、こんなザルな警備でいいのだろうか。

 私が信用されているということでもあるのだろうけれど。


 とはいえ、不審者扱いされるのも嫌なので、一応この教会の最高責任者である枢機卿のリーフェルに話を通しておくことにした。


「あら、フィアナちゃん。もう戻ってくる気になったの?」


 彼女の執務室を訪れて、一言目にそれである。

 相変わらずロッキングチェアに揺られていた。


「そんなわけありませんわ。忘れ物を取りに来たのです。ついでにご挨拶にと」

「そうなの? まだあなたの部屋はそのままにしてあるから、勝手に入っていいわよ~」


 ゆるゆるのセキュリティである。

 別に悪さをするつもりはないけれど。


 リーフェルの許可を得たので、私が使っていた部屋を隅々まで調べさせてもらったけれど、相棒のスコップは見つからなかった。

 どこに忘れてきたのだろうか。

 あるとすれば、最後に使った薬草園だ。


 薬草園に向かう途中、聖女用の執務室の扉が開いているのが見えた。

 なんとなく気になって覗いてみると、イレーネが頑張っている。


 書類が山になっているけれど、大丈夫だろうか。

 目の下に隈ができているので、心配だ。連日忙しいのだろう。

 この二日間ですっかり健康体になった私とは真逆だ。


 うわぁ、と思いながら見ていると、彼女も私に気づいた。


「フィアナ様? 教会を去ったのでは? まさか……わたくしの無様な姿を見に来たのですか?」


 わざわざそんなことをするほど、私も暇ではない。


「忘れ物を取りに来たのです。ここを通ったのはたまたまですわ」

「……そう、ですか」


 イレーネにしてはピリピリしている気がする。

 ……いや、私を断罪したくらいだし、元々ピリピリしていたかもしれない。


「ね? 仕事量が多いでしょう?」

「え、ええ。思った以上です」

「他の人に仕事を振るのがいいと思いますわ。聖女でなければ駄目なものもありますけれど、そうでないものも多いですから。書類仕事をリーフェル様に戻すのも手ですわ」


 部外者の私には手伝うことなどできないし、部外者でなくても手伝いたくはないけれど。

 しかし、イレーネはフルフルと首を横に振った。


「そのようなことできるはずがありません。新しい聖女としての誇りにかけて、一人でやり遂げてみせます」


 どう見ても睡眠時間を削って、仕事をしているようにしか見えない。


「どうかご自愛くださいね」

「よ、余計なお世話です。これは女神様がお与えになった試練なのです!」


 そういう解釈をしているのか。

 女神様とやらも過酷な試練をお与えになることで。

 口には出さず、心の内にしまっておく。真面目なイレーネなので、私が何を言っても聞き入れてもらえないだろう。


 彼女には彼女の仕事があるように、私には私のすべきことがある。

 その場を後にして、さっさと薬草園に向かった。


 おそらくここのどこかにあるはずだ。

 薬草園を回って、ハンドスコップを探す。

 ふと私が手入れしていた一角を見てみたが、イレーネはちゃんと薬草栽培も頑張っているようだ。


 努力家なのはいいことなのだけれど、ちょっと頑張り過ぎな気がする。


 ちなみにハンドスコップは見つからなかった。


 決して安いものではなかったし、愛着もあったので、意気消沈である。

 項垂れる私に、神官が声をかけてきた。調剤室でいつも製薬釜を貸してくれた高齢の神官だ。


「先代聖女様じゃないですか。ひょっとして忘れ物を取りに?」


 私はパッと顔を上げた。


「そうなのです。愛用のスコップを忘れてしまいまして、どこにあるのか分からないのです……」

「それでしたら、きちんと保管しておりますよ。どうぞ、こちらに来てください」


 連れていかれたのは、調剤室の横にある管理室だ。


「確かこの辺に保管していたはず……ありました。どうぞ」


 神官は私にハンドスコップを渡してくれた。

 ああ、この持ち手のフィット感……まさしく、私の愛用のスコップだ。


「先代聖女様が去ってから、薬草園の片隅で見つけましたが、どこにおられるか分かりませんでした。持っていくにもどこに行けばいいのか分からず、やむを得ずここで保管しておりました」


 神官はにっこりと笑って、続けた。


「あれほど丁寧に、熱心に薬草の世話をしていましたので、お返しできて本当に良かったです」


 彼の言葉を聞いて、心が少し温かくなった。

 仕事に追われる毎日だったけれど、ちゃんと私のことを見てくれている人もいたということだ。

 治癒魔法や騎士団の模擬戦への参加など、表向きの聖女の仕事が目立つけれど、こんな裏方の仕事を評価してくれる人がいたことは、素直に嬉しい。


 その想いも込めて、神官に礼を言った。


「本当にありがとうございます」


 ふと部屋の片隅に積まれていたものが目に入った。

 あれは製薬釜だ。


「神官様、あの製薬釜はどうされるのですか?」

「ああ、あれは廃棄予定のものですよ。以前、買い替えた時に、不要になったものです。忙しくて後回しにしていましたが、そろそろ廃棄しないといけません」


 あれを捨てるだなんてもったいない。


「でしたら、私にいただけませんか?」

「構いませんよ。旧式のものですが、まだまだ使えますからね。それもあってなかなか捨てられなかったのですが、先代聖女様が使ってくださるなら、あの製薬釜も本望でしょう」


 よし!

 ただで製薬釜をゲットできた。


 見た目はただの片手鍋なのだけれど、その素材やら製法やらのせいで、買うとお高いのだ。

 いくら私がお金を持っているからと言って、節約できるところは節約しないといけない。


 いずれ私専用の特注品をオーダーすることはあるかもしれない。でも、それまでは大事に使おう。


 加熱用魔導具も探してみたけれど、残念ながらなかった。

 直火だと熱の通り方にムラがでるので、ちゃんと加熱用魔導具を買うことにしよう。


 薬作りに必要なものを書き出したメモを取り出し、「製薬釜」に横線を引いた。

 不意に、神官がポンと手を叩いた。


「そうだ、先代聖女様にもう一つお渡ししたいものがあります」


 他に忘れたものはないはずだ。一体、何だろう。

 神官はごそごそと棚を漁り、小さな袋を三つ取り出した。


「これらは薬草の種です。薬草園で使っているヒールハーブ、キュアグラス、マナスパイスの三種類になります」


 ちょっと……いや、かなり嬉しい誤算だ。


「よろしいのですか?」

「もちろんです。先代聖女様にはたいそうお世話になったというのに、大したお返しもできず申し訳ないと思っているくらいです」

「そのようなことは……私は自分が落ち着くために、薬草園と調剤室に来ていたようなものですわ」


 いわばストレス解消のためだ。それがいつの間にか趣味のようになっていた。


「それでもです。先代聖女様のおかげで、普通の治療薬(ヒールポーション)にも改良の余地があることが分かりましたので」


 薬草栽培の水やりや、薬効成分の抽出時に魔法を使うことを言っているのだろう。

 そういうことなら、もっと私に訊いてくれても良かったのに。他の仕事があるから遠慮していたのかもしれない。


「ですので、どうぞこの種をお持ちください」

「ええ、ありがたく頂戴しますわ」


 ちゃんと有効活用させてもらう。

 こうして思いがけない収穫を得ることができた。


「先代聖女様に神のご加護を」


 去り際に、神官はそう祈ってくれた。

 今、この時だけは神を信じてもいいかもしれない、と思った。

次回より1日1回、18時頃の投稿になります。

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