第1話:その男、壁にめり込むにつき
「相模。お前、今日でパーティを抜けてくれ」
渋谷ダンジョン、地下3階。
セーフティエリアでの休憩中、リーダーの戦士からそう告げられた。
俺、相模ケン(27歳・社畜)は、手にしたおにぎりを飲み込んでから頷いた。
「了解。理由は?」
「……お前の『奇行』には、もうついていけない」
リーダーは疲れた顔で、俺の後ろを指さした。
「移動中、ずっと壁に向かって斜め45度で走り続けるのはやめろ。怖いんだよ」
「あれは座標ズレを利用して、エンカウント率を下げるテクニックだ」
「ボス戦の最中に、メニュー画面を開閉して空中で静止するのは?」
「敵の攻撃判定をフレーム単位で回避するためだ」
「……もういい。お前の言っていることは理解不能だ。俺たちはもっと堅実に、命を大事にして探索がしたいんだ」
周囲のメンバーも、俺を憐れむような、あるいは気味の悪いモノを見る目で見ている。
無理もない。
彼らにとって、このダンジョンは命がけの「現実」だ。
だが、俺にとっては違う。
先月、突如として世界中に出現したダンジョン。
そのテクスチャの質感。
モンスターの挙動。
そして、何よりこの「判定のガバガバ具合」。
間違いない。
これは俺が青春の全てを捧げ、世界で唯一の『全一(全一記録保持者)』となった伝説のクソゲー、『エターナル・ダンジョン(通称:エタダン)』そのものだ。
「わかった。今まで世話になったな」
俺はあっさりと荷物をまとめた。
実は、パーティプレイは「処理落ち」の原因になるので、ソロの方が好タイムが出ると気づいていたところだ。
「じゃあな。俺は先に行く」
「は? 先って、出口はあっちだぞ?」
「いや、こっちだ」
俺はダンジョンの壁――行き止まりの岩肌に向かって歩き出した。
「おい相模! そっちは壁……」
俺は岩肌に体を押し付け、小刻みにサイドステップを踏む。
角度調整、X軸よし、Y軸よし。
ここだ。
――ヌルッ。
不快な音と共に、俺の体が岩壁の中へと「めり込んで」いく。
「は……?」
「え、消えた!?」
背後で元仲間たちが絶叫しているのが聞こえる。
悪いな。
正規ルートで帰ると徒歩2時間かかるが、ここを「壁抜け」すれば、出口まで3分なんだ。
「さて……」
暗黒の亜空間(裏世界)を落下しながら、俺はニヤリと笑った。
「タイマースタートだ。久々に、自己ベ(自己ベスト)狙うか」




