第2話 優等生
「始め!!」
前たちが住む寺の一角にある道場。
その中央で向かい合い、手に持つ蟇肌竹刀を向けあう少年2人に対し、若い僧侶が試合開始の合図を送る。
「…………」「…………」
合図を受けても動き出さず、相手の動き出しを待ち受ける少年2人。
いたずら坊主の前と、優等生の賢だ。
同じ年の2人は身長・体重に差がないため、稽古相手としてよく組まされている。
そうでなくても、前は負けず嫌い。
7割の確率で負けているため、賢に勝ち越そうと毎回のように挑んでいる状況だ。
まだ10歳の少年とはいえ、ずっと切磋琢磨してきた間柄。
お互いの得意・不得意を理解しているだけに、下手に動けないという思いがあるのだろう。
「どうした? 来ないのか?」
「前の方こそ……」
睨み合っているだけでは始まらない。
そんな思いからか、話しかける前に賢も短く返す。
「……ハッ!!」
沈黙の睨み合いに耐えられなくなったのは、やはりというべきか前の方だった。
距離を詰めて竹刀を振り上げ、そのまま一気に振り下ろす。
「…………」
まっすぐ脳天に振り下ろされる前の攻撃。
しかし、賢は冷静に竹刀を上げて防御の体勢に入る。
「シッ!!」
「……っ!!」
竹刀がぶつかり合うと思った瞬間、前の竹刀の軌道が変化する。
咄嗟に胴打ちに切り替えたのだ。
「チェッ!! やっぱ防がれるか……」
「前が素直に来るとは思わないからね……」
面打ちは陽動。
手首にかなりの負担を強いる無茶な攻撃だった。
しかし、これまでの経験から、賢相手には意表を突かないと好機は訪れないと考えての前の作戦だった。
だが、相手の思考を読んでいたのは賢も同じ、その攻撃に咄嗟に反応して防御した。
「このっ!!」
「フッ!!」
まともに言ってもダメ。
陽動を折り交ぜても止められる。
賢を相手にする時、難解なのがその守備力を突破することだ。
何度攻撃しても、いつものように防がれてしまう。
「ハッ!!」
「シッ!!」
「っっっ!!」
防がれるなら手数で崩す。
その菅家から連撃で体勢を崩し、隙ができたところを狙う前。
しかし、今度は賢がわざと見せた隙。
難なく前の攻撃をいなし、賢は胴へと反撃を繰り出す。
それを、前はギリギリのところで回避し、後退して距離を取った。
「ほんと、いつもいつも……」
賢の嫌な所、それは待ちの姿勢で敵の攻撃をいなしての交差法だ。
強固な防御力なだけに、攻めるこちらが先に手詰まりになる。
自分の攻撃をいなされ続け、最後は賢の攻撃を受けて敗北する。
それがいつもの流れで、今日もその状況になっている嫌な空気に、前は思わず愚痴る。
「シッ!!」
「っっっ!?」
息を整えて、もう一度攻め立てようと考えていた前の思いを読むかのように、今度は賢の方が距離を詰めて攻撃してきた。
まるで休ませる・考えさせる時間を与えないと言わんばかりだ。
あまりにも嫌な時機で攻めてこられた前は、戸惑いつつその攻撃を防御した。
「このっ!!」
「ハァッ!!」
そのまま両者による連撃が繰り出され、両者の竹刀が何度もぶつかり合った。
「ハッ!!」
「くっ!!」
連撃の中の一太刀。
賢は僅かに雑になったその一撃を逃さない。
受け流し、前の体勢を崩して交差法を放つ。
賢が放った袈裟斬りを、前は頬を掠らせながらも躱すことに成功する。
嫌な予感に対する無意識の判断が、運よく正解したようだ。
「こうなったら……」
「おい!」
「前!」
構えを変える。
それを周りでもている年上の僧侶たちが咎めるように声を上げる。
和尚にも注意された、追いつめられた前が最近よくやる構えだ。
「行くぞ!!」
「…………」
構えを変えた前。
その構えから動き出す前を冷静に見つめる賢。
「ハッ!!」
「っっっ!!」
これまでのように防がれるが、賢の表情はこれまでとは違う。
まだ少し余裕があるように見えた表情。
それが険しくなったのだ。
「ハアァー!!」
「ぐうぅ!!」
高速による至近距離への出入り(ヒット&アウェイ)。
不規則な動きに、反撃をするのが難しい。
そのため、賢は防御一辺倒になる。
「ここだっ!! ハッ!!」
「っっっ!!」
高速の出入りに加え、僅かに強弱をつけた攻撃を放つ。
それにより、前の攻撃が賢の竹刀を大きく弾いた。
その隙を逃すわけにはいかないと、前は賢の胴に向かって竹刀を薙いだ。
「シッ!!」
「っっっ!?」
前の竹刀が胴に当たると思った瞬間、賢の竹刀が滑り込む。
そして、仕留めに来ていた前の攻撃をいなした。
「ハッ!!」
「ぐっ!!」
仕留めるために力を込めた分、いなされれば隙が大きくなる。
その隙を逃さず、袈裟斬りに放たれた賢の竹刀が前の肩を打った。
「そこまで!! 勝者、賢っ!!」
本物の刀なら、袈裟斬りによって一刀両断になっているところ。
そのため、勝者は賢。
審判役の声により勝敗は決した。
「チェッ!! またダメだったか……」
「いつも言っているだろ。勝てると思った時が一番隙ができるって」
勝ち越すために挑んでいるというのに、またも負けてしまったため、前は舌打ちをして呟く。
そんな前に、賢は額の汗を拭いつつ忠告する。
「フンッ! 次は絶対勝ってやるからな!!」
「僕も負けないよ!」
何度負けても、それ以上に勝てば良い。
そんな思いから強がる前の言葉に、賢は笑みを浮かべつつ返答した。




