第1話 いたずらっ子
「前! まったくお前はまた……」
とある世界のとある国のとある寺。
その寺の和尚と少年が、向かい合って座布団の上に正座をしている。
坊主頭で顎髭を生やしている50代前半くらいの年齢の和尚は、怒りを伴った呆れ顔をしており、10代前半に見える少年の方は若干不貞腐れているように見える。
上座に座る和尚は、辟易とした様子で目の前に座る前という少年に話しかける。
和尚と前の間には一つの湯飲みが置かれており、真っ二つに割れている。
「形あるものはいつか壊れると言われてはいるが、お前のいたずらで壊れたとなると話は別じゃ!」
「手が滑っただけだよ……」
「湯飲みでお手玉なんぞして失敗したら割れてしまうことぐらい分かっていただろうが……」
この湯飲みは和尚の物。
それを、どうやらこの前という少年がいたずらをしたことで割れてしまったようだ。
今日は昼食後の食器洗いを任された前。
その時、ふざけて湯飲みをお手玉をしたことが湯飲みが割れた原因のようだ。
和尚の説教に口を尖らせて反論する少年だが、全く言い訳になっていない。
「ったく、お前って奴は……、少しは賢を見習え!」
「…………っ」
和尚の言葉に、前は返す言葉もなく黙ることしかできない。
賢とは、前と同い年の少年のことだ。
そして、前と同じく赤ん坊の時にこの寺に捨てられた少年である。
年も境遇も同じことから、前と賢はよく一括りにされている。
しかし、いたずらばかりしている前とは違い、賢は何事もきっちりこなす真面目な少年だ。
そのことから、寺の者たちにはできる兄の賢、いたずらばかりのダメ弟の前といった印象が定着してしまっている。
寺に入ったのは同じ年だが賢の方が3カ月早いとはいっても、もしかしたら自分の方が早く生まれているかもしれない。
とはいっても、両者とも捨て子のため、それを調べる術がないのが残念で仕方ない。
何にしても、どうして自分の方が賢の弟的扱いなのかと、前としては納得していない。
2人の日常生活を傍から見れば、そう判断するのも当然だ。
「最近では、訓練の時に剣を変な持ち方をしてふざけているそうじゃないか?」
この世界には、魔物と呼ばれる奇奇怪怪な生物が存在している。
この寺では、そんな魔物と戦う術を修行の一環としている。
徒手空拳のみならず、刀や槍などの様々な武器を使用しての訓練を行っている。
特に、それぞれが自分に一番合っていると思われる武器を使用しており、その中でも一番多いのが刀だ。
前も刀を主な武器としているのだが、追い込まれると基礎的な型を無視して戦うようになってしまう癖がある。
和尚が言うように、最近前は刀をとある構えをするようになっている。
それが、一緒に訓練をしている他の者たちからすると、ふざけていると思われているのだ。
「ふざけてなんかいない! 自分の戦いやすいようにしているだけだよ!」
感覚を重視する前からすると、普通の構えよりみんながふざけているという構えの方が戦いやすい。
それなのに、誰も認めてくれない。
和尚も同じだ。
「そういうのは、基本を身に付けてからにしろ!」
和尚としては、子供の時から変な癖をつけないように前のことを思っての注意だ。
その思いが前には伝わっていないようだ。
そして、自分を考えを否定されるから、前はいたずらをして憂さを晴らしている。
子供だからと大目に見てやる回数はとうに超えている。
そのため、最近ではこうして説教をしなければならない時間が増えていることに、和尚としては困っている。
「和尚! 俺は剣神になりたいんだ! 他の人と同じじゃだめだと思うんだ!」
「またお前は……」
前と呼ばれる少年からの相変わらずの答えに、和尚は呆れるばかりだ。
剣神とは、この国最強の人間に与えられる称号だ。
その称号は、天皇に次ぐ影響力があるとされている。
前はことある事にそのことを口にしており、寺の者たちはみんな呆れている。
「いつも言っているだろ? 剣神とは武の強さのみでなれるものではない。精神も伴っていなければならないのだ。いたずらばかりしているような奴では無理だ」
「……分かったよ。いたずらはしないようにするよ」
先程も言ったように、剣神は天皇に次ぐ影響力がある。
その発言によって、国が良くも悪くもなるほどだ。
不用意に発した言葉で国民に混乱を陥れる可能性もあることを考えると、前のようにいたずらをするなんてもってのほかだ。
和尚のその言葉を受け入れるように前は返事をする。
剣神の影響力を考えたら、前としてもいたずらをするのは良くないことだと理解しているからだ。
「いたずらは?」
いたずらに関しては反省する気になったようだが、その口ぶりに和尚は引っ掛かりを覚える。
そのため、すぐにそのことを疑問として口に出した。
「構えの方は好きにさせてもらう!」
いたずらに関しての説教は受け入れる。
しかし、前としては刀の構えに関しては譲るつもりはないようだ。
そのため、前はそのことを和尚に告げ、一礼して部屋から去っていた。
「……全く」
子供の夢を否定したいわけではないが、基本をおろそかにするようでは剣神になるなんて不可能だろう。
それなのに、自分の考えを曲げるつもりのない前の発言。
そんな前の背中を見つつ、和尚はため息を吐くしかなかった。




