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第20話 雨、縮まる距離③

 綿矢さんを駅まで送り届けるくらいならジャージを着てもらえばあまり濡れずに済むと考えていたが、家までとなるとそうはいかずジャージはぐっしょりと濡れてしまっている。


 幸いなのはジャージは濡れても下に着ている服が透けてこないことだ。


 我が家に着くとタオルを持って来るからと言って綿矢さんには玄関で待ってもらい、脱衣所で程度のいいタオルを探して、ついでにお風呂を沸かす。


 女の子を家に誘って、お風呂を沸かす……。

 決してやましい流れではなく、雨に濡れた友人を助ける流れだ。


 タオルを渡して拭いてもらっている間に今度は台所からキッチンペーパーを取って来る。


 新聞をとっていない我が家では濡れた靴を早く乾かすには新聞紙の代わりにキッチンペーパーを詰めている。


 制服も濡れているけどどうしよう。

 乾燥機に入れるわけにはいかないから、お風呂のあとで浴室乾燥を使えばどうにかなるかもしれない。


「丹下君、私のことより自分のこと」


 靴にキッチンペーパーを詰める作業中だった俺の頭をタオルでわしゃわしゃと拭き始めた綿矢さん。


「子どもじゃないから自分で拭けるって」

「それじゃあ、詰めるのが忙しそうだからこっちは私が手伝ってあげよう」


 そう言うと再び頭を拭き始めた。


 どうしても俺の頭を拭きたいらしい。


 キッチンペーパーを詰め終わると綿矢さんからタオルを取り上げて、自分で拭き残したところを拭く。


「ちぇー、せっかくいいところだったのに。丹下君のけち」

「けちとかって問題じゃない」

「いいじゃねーかーよー。ちょっとくらい」


 周りに人の目がないのをいいことに綿矢さんはいつもよりもかなり自由になっている。


 さて、もうすぐお風呂も沸くはず。着替えは……、俺の部屋着でいいだろうか。


 綿矢さんを脱衣所へ連れて行き、着替えやタオルのことを説明して廊下に戻ると、


「ただいまー、おっ、龍ちゃんも帰ってたんだ」


 俺の予想よりもずっと早く大学から帰って来た七海姉さんが玄関で靴を脱いでいた。


 姉さんも折り畳み傘を持っていたようだけど、膝から下は水が滴るくらい濡れている。


「お、お帰り。早かったね」

「うん、先生が体調不良で急遽休講になってね。それにしても酷い雨だね」

「そ、そうだね」


 まずい。やましいことなんて何一つないとはいえ、家に綿矢さんが来ていることを姉さんは知らない。こんなところでいきなり出くわしたら面倒だ。


『お風呂が沸きました』


 軽快な音楽と伴にお風呂が沸いたことを伝えるメッセージが脱衣所の方から響く。


「さすが龍ちゃん、私が濡れて帰ってくることを見越してお風呂の準備してくれてるなんて。やっぱり、持つべきはできた弟だよね」


 玄関から一直線に脱衣所に向かおうとする姉さん。


 や、やばい。今、そこに入られると最悪のタイミングでバッティングしてしまう。


「姉さん、ちょっと待って!」

「ん? どうかした」


 声を掛けたが、姉さんの動作は止まらず、脱衣所のドアノブが回され、扉が開けられる。


 そして、我が家に響く女性二人の悲鳴。


 俺はおでこに手をやって、綿矢さんと姉さんにどんな説明をするかということを考え始めた。


 ●


 人は裸の付き合いがあるとコミュニケーションが取れて心の距離が縮まるという研究結果があるらしい。


 綿矢さんと七海姉さんも例に漏れず、短い入浴タイムの間にぎゅっと距離が縮まったのか、今やダイニングテーブルに二人並んで楽しそうにお茶を飲んでいる。


 姉さんのコミュ力が高いことは知っていたが、まさかこの短時間でここまで仲良くなるとは……。


 いったい、お風呂の中でどんなやり取りがあったのだろう。


「いやー、生の雫ちゃんマジ可愛いわー」

「姉さん、飲み屋のおっさんみたいな言い方マジでやめて」


 ジョッキサイズのグラスに注がれたウーロン茶をぷはーっと飲む姉さんの姿を綿矢さんに見られるのはちょっと恥ずかしい。


「そんな、七海さんもすごく綺麗ですよ」

「聞いた? 私、雫ちゃんに綺麗って言われたよ」


 自分のことを指差しながらニヒヒヒと笑う姉さん。


 それ本当にウーロン茶だよな。


 綿矢さんも嫌そうな様子ではないからとりあえずは良しとしておくか。


「姉さんと急に仲良くなったな」

「はい、お風呂で丹下君のことをいろいろ教えてもらったんです」

「いろいろって……、姉さん、綿矢さんに何話したの?」


 チョコパイを咥えた姉さんは斜め上の方に視線を移しながら、

「うーんとね、好きな食べ物とか、休みの日は何してるかとか、どんなタイプの女の子が好きとか――」

「「えっ!」」


 重なる声とともに俺と綿矢さんの視線が姉さんの方に向く。


「ちょっ、姉さん、そんな適当な話を――」

「ち、違います。そんな話はしてないです」

「そーだっけ。たくさん話したから細かい事は忘れちゃった」


 姉さんが頭に手を当てて舌をぺろりと出して、てへぺろのポーズを取る。


 こういうことはてへぺろじゃねーから。


「たくっ、綿矢さんに変なこと吹き込まないで」

「はーい。それにしてもこないだうちの店に一緒に来てたと思ったらもう家に誘うなんて、龍ちゃんもなかなかやるねぇ」

「それはさっき話したとおりで、困っていたから助けただけだって」

「今どきはさ、困っている人や苦しんでる人がいてもほとんどの人は素通りするかスマホのカメラを向けるだけで助けなんかしないんだけどね」


 SNSの動画でも見たことがある。

 街中で人が倒れても声を掛けたりするわけじゃなく、スマホを持っている人も救急車を呼ばないで、カメラばかりを向けている動画だったと思う。


 そんな様子を動画に撮ってどうするつもりなのだろう。


「全く知らない人なら関わらないようにするってのもわからなくはないけど、友達なら助けるだろ」

「そうかな。友達だって、相合傘をすれば龍ちゃんみたいに濡れるわけだし。駅までと思っていたのに電車が止まっていたから、今度は自分の家に誘うなんてことは誰にでもできることじゃないよ」


 何年も友達がいなかった俺にとってはその辺の感覚が他の人と違うのかもしれない。

 姉さんはウーロン茶を一口飲んでさらに続ける。


「それと家に誘われて、こうして一緒に来てくれたってことは龍ちゃんが雫ちゃんに信頼されているからだからね。女の子は男の子の家に誘われてすぐにほいほいとついて行くことはないよ。だよね、雫ちゃん?」

「はい、丹下君を信頼してますから。でも、万が一、えっちなことをしてきたら、その時は兄に教えてもらった護身術で組み伏せようと思ってました」


 急なパスが飛んできた綿矢さんだけど、慌てるようなことはなくにこりと笑いながら答える。


 邪な気持ちに全て自主規制を掛けた俺、偉いぞ。


 綿矢さんが俺を信頼してくれているのは友達になったのはつい先日でも、それまで二年以上相棒として戦ってきたからだろう。


「綿矢さん、護身術やってたの?」

「ええ、嗜む程度には。どうです、試してみますか」


 この人の嗜む程度はあまり信用してはいけない。ゲームが好きかと聞いた時も嗜む程度なんて答えていたっけ。


「いや、遠慮しとくよ」


 寝技に持ち込まれたときに何か俺の中の新たな扉が開いてしまいそうな気がする。

 世界が広がることはいいことだけど、そっちはまだ早いと本能が呼びかけている。



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