第七話「日輪と夜の誓い」
地上に戻った日和は、地下での“ミラ”との邂逅が夢でなかったことを実感していた。
夜明け前。
王城の最上階、塔のバルコニーから見下ろす景色は、吸血鬼の国とは思えないほど静かで、美しかった。
まだ眠る城下。
だが、日和の心は醒めていた。
胸の奥に残る“影”の温もり――
あれは確かに、彼女の“もう一つの命”だった。
「……ねぇ、私……誰かを傷つけなくても、生きていいのかな」
そう呟く彼女の後ろに、誰かの気配がした。
「答えなら、もう持っているでしょう、日和様」
静かな声だった。
振り返ると、そこにいたのは執事長・クライド。
この国で数百年仕える老ヴァンパイアであり、王家のすべてを知る男。
「あなたの中に目覚めた“光”は、ヴァンパイアの常識を覆すものです。
日輪の下を歩く“夜の者”など、歴史上存在しませんでした」
「でも……私はもう、夜だけじゃ生きられない。
私の中にある“ミラ”も、きっと、私を守るために生まれたの」
日和は小さく拳を握る。
「だったら、私は……夜と昼のどちらも歩ける存在になる。
この世界の矛盾を繋ぐ“橋”になる!」
その目に浮かんだのは決意の光。
オッドアイの瞳が朝日を映し、煌めいた。
その時、城の鐘が鳴った。
──警報。
クライドの顔が強ばる。
「……外敵襲来、しかも……王族を狙った精密な襲撃……!」
日和ははっとして、足を踏み出す。
「誰が来たの?」
「“聖教連盟”……太陽を崇め、ヴァンパイアを絶滅すべきとする過激派です」
「……!」
その言葉に、日和の心がざわめく。
彼女は知っている。
太陽が嫌いなのではない。
光に焼かれたくないのではない。
ただ――「見捨てられる」のが怖かったのだ。
日和は言った。
「クライドさん、私……戦う。
血を流すためじゃない、“生きるため”に」
「……王女としてではなく、“わたし自身”として!」
「うん。私は日和。転生しても、“私”を生きたい」
クライドは、長いまつ毛を伏せて一礼した。
「……ならば我らは、姫の剣となりましょう」
バルコニーに朝日が差し込む。
だが日和の肌は焼けない。
“異質の姫”、夜明けを生きる存在。
その笑顔に、“魅了”の力が宿る。
そして今、太陽と夜の誓いが結ばれた。
──物語は、新たな転機を迎える。
(続く)