『月下の刺客』
深夜の回廊を、ルクスは駆け抜けていた。
その顔は険しく、腰に下げた剣の柄に自然と力が入る。
──第3王女の周囲で、異変が続いている。
干からびた兵士たちの遺体、夜ごとに聞こえる羽音、
そして、鏡の中に現れた“影”──日和から報告を受けたルクスは、確信していた。
「これは偶然の出来事じゃない。王女を狙った、意図的な“揺さぶり”だ」
そのとき、背後から風のような気配が走った。
「──遅いな。あんたにしては。」
屋根の上、月明かりを背にして現れたのは、漆黒のマントを羽織った影だった。
長い黒髪、鋭い紅い瞳。その姿は、どこか日和と似ている。
「……貴様、何者だ」
剣を構えるルクスに、女はふっと笑う。
「名乗るほどのものじゃないわ。
ただ、王女様が“目覚めた”と聞いて、挨拶に来ただけよ」
ルクスの目が細くなる。
「目覚めた……?」
「そう。真なる“夜の血族”としてね。
でもあの子、優しすぎるわ。血の渇きを恐れ、力を拒む──
そのままじゃ、いずれ“影”に喰われるだけ」
「影……?」
女は返事の代わりに、空へと跳び上がる。
その身が闇にとける寸前、言葉を残した。
「王女様に伝えて。
“月蝕”の夜が来る前に、自分が何者かを思い出せって」
──その名は、“ミラ・ノクス”。
バンパイアの王族に連なる、失われた第1王女であった。