第三話『鏡の中の影』
──「私は、あなたの“影”。あなたの中に眠る、もう一人の“日和”。」
鏡の中の彼女は、まるで日和の双子のようだった。
けれど、その微笑には不気味な艶があり、紅い瞳は底知れぬ光を宿していた。
「あなた……誰なの?」
声を震わせながら、日和は問いかけた。
鏡の中の“影”は、紅い瞳を細めて、ゆっくりと答える。
「バンパイアの本質──血への渇き、夜への愛、永遠への飢え。
あなたはそれを、拒んだ。でも私は、違う。
私は“日和の可能性”。あなたが閉ざした扉の、向こう側」
日和は一歩、鏡に近づいた。
「でも……私は、人を傷つけたくない。血を奪いたくなんてないの!」
鏡の“影”は、ため息まじりに笑った。
「だからこそ、あなたは弱い。
この国で生きるには、力がいるのよ。“姫”であり続けるには──」
言葉が途切れる。
──ガチャンッ!
扉が乱暴に開け放たれた。
「第3王女様! ご無事ですか!?」
現れたのは、銀髪の騎士ルクス。
日和の直属の従者に任命されたばかりの青年だった。
彼は剣を抜いたまま部屋に飛び込み、辺りを警戒した。
「今、この部屋に“誰か”がいた気配が……」
鏡の中の影は、すでに消えていた。
日和は黙ったまま、鏡を見つめ続けていた。
「王女様……?」
「……ルクス、私……」
ふと、日和の身体が震え出す。
肩が、小刻みに震えていた。
「どうか、私を……私を守ってください……」
それは、心の底からの叫びだった。
病弱だった少女が初めて感じた“恐怖”──
それは“他者”ではなく、“自分の中にいる存在”に対するものだった。
*
その夜。王宮の外れで、異変が起きていた。
数人の衛兵が、体から血を抜かれ、干からびたような姿で倒れていた。
その傍らには──紅いバラの花びらが、ひらひらと舞っていた。
暗い空の下。
月を背にして、黒い影が、屋根の上から王宮を見下ろしていた。
「……目覚めたか、“第3王女”」
その声は、遠い過去から蘇ったように、冷たかった。