表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

第一話『永夜に目覚める姫』

『永夜に目覚める姫』



---


 ──静かだった。

 音もなく、風もなく、何もない。

 けれど確かに“生きている”という実感だけがあった。


 *


 ふわり、と。身体が宙に浮かぶような感覚と共に、まぶたがゆっくりと開いた。


 見上げた天井は、見慣れた白く四角い病室ではなかった。

 赤黒い天鵞絨ビロードの天蓋がゆらりと揺れ、金の刺繍が月光に照らされて煌めいている。


(……あれ?)


 ゆっくりと身体を起こす。

 思ったより、ずっと軽い。

 この数年間、点滴と酸素マスクに頼って生きてきた身体とは、まるで違う。


 自分の手を見た。白くて細いが、もう震えていない。

 視線を落とせば、知らないレースのドレスが着せられている。


(夢……? じゃない。感覚が、リアル……)


 そのとき。


 扉が、音もなく開いた。


 入ってきたのは、漆黒のマントに身を包んだ銀髪の青年だった。

 血のように赤い瞳が、真っ直ぐこちらを見据えている。


「お目覚めですね、姫。……いえ、“日和さま”」


「……誰? ここはどこ……?」


 日和の声は震えていた。でも、以前のような息切れはない。

 男は、ゆっくりと胸に手を当て、恭しく頭を垂れる。


「私はルクス。あなた専属の従者です。

 ここは《永夜の王国・ノクティア》。そしてあなたは、この国の──」


「……王女……?」


「第3王女、“日和・ノクティア・エクリア”様。

 異なる世界から来られた、“異質なる夜姫”──」


 彼の言葉が脳に届くより早く、日和の胸に何かが流れ込んだ。


 血の記憶。

 命の契約。

 ──あの蝙蝠。あの夜の約束。


「……生きてる、の?」


 日和の瞳が潤む。その瞬間、部屋の空気が微かに震えた。


 左目の澄んだ藍が、光を受けて輝く。

 右目の深紅が、ゆらりと金色を帯びる。


 ルクスの喉が小さく鳴った。魅了スキルが発動していることを、彼は理解していた。


「はい。あなたは──もう、“死なない”存在です」


 ──永遠の夜の国。

 吸血鬼の姫として、少女・日和は目覚めた。

 けれどその心には、今も確かに“人の優しさ”が息づいていた。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ