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【短編】3回目…の前にちょっと君達話し合おうか~転生性悪聖女vs逆行悪役令嬢~【1話完結】

作者: ちまき

他サイトで1万文字以下の短編作コンクールに応募する為に

勢いだけで作ってみたお話です(笑)

勢いだけで読んでもらえると助かります。

 1回目 とある日本人女性、聖女リアネ・ドナルドに転生する。

 

「異世界転生キターーー!!! しかもこの顔! 前世でプレイした乙女ゲーの主人公じゃない! やったキタこれ! あれって乙女ゲーのくせにハーレムエンドはなくて、何故か王太子の婚約者とまで仲良くなるクソみたいな大円団エンドしかないのよねぇ。マジ意味分かんない。攻略対象の婚約者とか敵じゃん敵、悪役! あたしはそんなキモいルート選ばないから。絶対に見付けてやるわ、最高のハーレムエンド! 全部全部、主人公のあたしのモノよ! あはははーーー!!!」

 

 聖女リアネ、王太子と婚姻しやがて王妃となるが目に付いた好みの男を漁り、囲い、狂乱の果てに王族の血を引かない子を産む。結果、50年後に訪れる厄災…闇の一族の侵攻から世界を救うはずの勇者が誕生せず、世界は滅ぶ事となった。

 尚、王太子の婚約者だった侯爵令嬢クリステン・メルリンは聖女リアネを迫害した罪により貴族籍を剥奪。修道院送りとなるもその護送中に攫われ娼館に売り飛ばされた末、病によって死去した。

 

 

 2回目 侯爵令嬢クリステン・メルリン、過去へと戻る。

 

「…ハッ。ここは…わたくしの部屋? あの聖女を語る性悪女に貶められ娼館へと落とされたはずなのに…全て夢だったとでも言うの? いいえ、違うわ。若返っている。時間が戻ったのだわ。いずれの神の救いかは分からないけれど感謝します。これであの女、あの女に簡単に騙された愚かな群集の1人として残らずに、わたくしが受けた絶望と屈辱を味あわせる事が出来る! 全部、全部、壊してさしあげてよ! おほほほーーー!!!」

 

 侯爵令嬢クリステン、王太子の婚約者と言う立場を最大限活用し封印されし闇の一族について調べ上げ、ついにはその封印を解く。召喚した闇の一族と契約し、共に世界を蹂躙し尽くす。結果、50年後を待たずして世界は滅ぶ事となった。

 尚、聖女リアネ・ドナルドは捕らえられ後、クリステンの手により色欲の強い魔物ゴブリンとオークの群れへ“玩具”として投げ込まれた。その後の彼女を知る者は誰もいない。

 

 

 3回目


「の前にちょっと君達話し合おうか?」

 

 

 

 

 

「いやーーー! もう止めてーーー!! …えっ? ここ何処?」

 

 絶叫しながら飛び起きたリアネは、自身が見知らぬ場所にいる事に気付く。

 先程まで岩だらけの原始的で酷く不衛生な場所で化け物達に嬲られていたはず。だが今居る場所は上も下も、右も左も、その何処までも行った先も真っ白な空間。恰好も無惨な“玩具”のそれではなく、身綺麗な、ゲーム開始時の見慣れた学園の制服姿だった。

 現実味を一切感じられない空間に、助かったと思うよりは、ついに死んだのかと思わずにはいられない。

 

「煩くてよ。男を誑かす言葉以外知らない口なのだから、永遠に閉じていてくださらない?」

「ア、アンタ! クリステン・メルリン!」

 

 コポコポッと水が流れ落ちる音と共に冷淡で無礼な声が聞こえてリアネが振り向くと、そこには自分を地獄へと落とした極悪人の済ました顔があった。

 何も無かったはずの白空間にいつの間にかあったイスに腰掛け、テーブルに用意されているポットからカップへとお茶を注いでいる最中である。優雅なのが腹立つ。

 

「何でアンタがこんな所に! アンタと2人っきりとかマジで意味分かんないんだけど!? 運営は何やってんの!?」

「お黙りになって。わたくしとて心底不本意ですけれど、光の一族からの使い様の思し召しなのですから仕方ありません」

「光の一族? 使い? 何の話よ、て言うかあたしのイスは!?」

「同席なんて冗談でしょう? 人間の皮を被った汚物と?」

「世界を滅ぼした魔王に言われたくないわ!!」

 

 リアネは勢いよく詰め寄るが、クリステンの冷ややかな態度は崩れない。本気で汚らしい物を見る目を向けてくるだけ。よく見ると、記憶より若干若い。と言うか最初に遭遇した時と同じ、手袋やリボンなどが特別仕様の学園の制服を着た姿だ。

 クリステンがお茶をするテーブルは1人用らしく、ポットとカップが乗る幅もその程度しかない。どうやって、何処から出したのかリアネには分からないが、リアネの分は何処にも見当たらなかった。

 

「光の一族の使い様はわたくしにやり直しの機会を与えてくださった方よ。男を漁り尽くす貴女によって滅茶苦茶にされた1回目の世界をなかった事にしてくださいました」

「待って何それ、何そのルート! 何でその世界の記憶があたしには無いの!?」

「光の一族は創世の時代から人々を導き、世界の支配を狙う闇の一族に対抗してきた。光の一族には直接攻撃する術はないそうだから」

「そんな設定知らない! 主人公であるあたしを差し置いてアンタに力を貸すとかあり得ないから! その光の一族とか言うのがホントは世界征服を狙っている悪の権化なんじゃないの!?」

「光と闇の一族の対立、世界の成り立ちは最も知られた神話のはずなのだけど、その汚らわしい頭では知らなくても当然なのかもね」

「あ゛!?」

「使い様曰く、貴女については管轄外で自分達には手が出せないのですって。とは言え代わりに、と機会を頂いたわたくしの2回目の世界における行動と結果も使い様の望みには反していたようで、再び無かった事にされ現状の事態に至るのだけれど」

「当たり前だろうがっ! 闇の一族と一緒に世界を滅ぼしたんだからっ、光の一族もそらビックリしたでしょうね!」

 

 ほぅ…とクリステンは残念そうに溜め息を付く。その姿は憂いに満ちていたが、リアネからすれば今の今まで彼女が世界と自分に行った行為には似つかわしくないモノである。無駄に絵になっているのがまた腹立たしい。

 その分の怒りも込めて、リアネは全力でツッコミを入れた。

 

「いくら悪役令嬢だからって世界を滅ぼすとかあり得ないから! どんな乙女ゲーよ、バグにも程がある! 運営仕事しろ!」

「乙女ゲー? バグ?」

「ここは乙女ゲームの世界で、主人公はあたし! あたしの為の世界だっつぅの! いい加減この狂った状態を何とかしてよ!」

「…全ては理解できないけれど、貴女がこの世界を物語や劇のように作られた物で、自分を全て思うままに出来る主役と認識している点は分かりました。成程、道理であそこまで好き勝手出来る訳ね」

 

 リアネは至極当然の事を述べた。主張でもなければ意見のゴリ押しでもない。それが当たり前で常識なのである。彼女にとっては。

 そんなリアネの言葉を受け、クリステンは持っていたカップをテーブルの上のソーサに戻し徐に立ち上がった。

 優雅に、優美に、至上の教育を受けた淑女として、ゆっくりとリアネに近付く。

 

「ならばまず、現実を叩き付けて理解させて差し上げるところからですわね」

 

 クリステンが気品溢れる笑みを浮かべた瞬間、リアネの身体が真っ直ぐに浮き上がった。

 

「ぶあっは!? ひだだだだだっ!!」

 

 リアネが絶叫を上げる。無理もないだろう…。

 今、宙に浮く彼女の全体重は、手袋を付けたクリステンに指を突っ込まれひっかけ上げられた鼻一点に集められているのだから。所謂、鼻フックである。

 

「あらあら、主役と言うだけあって可愛らしく整ったお顔がこれでは台無しね。で? 貴女の言うところの、貴女の為の世界でも主役はこんな目に合うのかしら?」

「ふががっ!」

「それはどの世界のどの物語の言葉? わたくしにも分かるようこの世界の、貴女の為ではない世界の言葉を話してくださる?」

 

 少女とは言え、人1人を指二本で持ち上げているはずのクリステンは余裕の表情だ。優雅な様も変わらなくて、とても拷問紛いの行為をしている最中には見えない。

 リアネは抵抗しようするが動けばその分だけ鼻が痛い。苦し紛れの抗議の声を上げても涼やかな声を返されるだけ。

 成す術が無い。リアネがそれを理解した頃、グッとクリステンの方へと寄せられる。

 リアネの視界いっぱいにクリステンの美しい顔が、しかし怒気と狂気に満ち満ちた瞳が映る。

 

「その性欲まみれの頭に刻み込みなさい。ここは現実。貴女の為の世界じゃない」

 

 リアネは必死に頷く。顔を動かせば鼻に食い込まれた指が尚痛いが、背に腹は代えられない。

 その様子に満足したのか、クリステンはリアネを解放する。汚い物を振り払うように勢いよく。

 それからリアネの鼻の穴に突っ込んでいて方の手袋を取って、それも床へと投げ捨てた。

 

「信じらんない…。よくも、あたしにこんな…」

「まだ自分の優位性を信じているのから? 手袋はもう一つあってよ?」

 

 ジンジンと痛む鼻を抑えながらリアネは屈辱に顔を赤くさせるが、クリステンは慈悲の一欠片も見せず、代わりに手袋が残っている方の手をワキワキと動かして見せた。

 もう一度同じ事が出来る。暗に告げるクリステンに赤かったリアネの顔は瞬時に青へと変わる。

 

「わっわかったから! アンタ容赦なさすぎ! もう勘弁してよ!」

「分かればよろしいの。…言っておきますけど、わたくしとて元々無慈悲だった訳ではありませんわ。それなりの慈悲は持ち合わせていました。貴女と、貴女に籠絡された者達がそれを壊したの」

「あたしが何したって言うのよ…」

「記憶に無くても貴女自身。何もかも思い通りにしていい主役として、わたくしにしてやろうと思っていた事は全てやったのでしょう…としかわたくしには言えません。この際ですから一つお聞きしても?」

「な、何?」

「貴女はわたくしの何が気に入らなかったのです? わたくしの何が貴女の逆鱗に触れたのか…いくら考えも思い当たる節がないのですが」

 

 地面に座り込むリアネをクリステンは見下ろしたままに問う。リアネに現実を叩き込んだ際の怒気と狂気に満ちたのとは違う、静かな、信を問う瞳で。

 1回目の世界、2回目の世界、そしてこの白空間を経て、2人の視線は初めて合ったと言えるかもしれない。

 

「ふんっ、そんなの、アンタが王太子の婚約者だったからよ。王太子は攻略対象の1人、つまり主人公であるあたしの物。あたしの物の周りをうろちょろするあたし以外の女なんて、存在するだけで罪。悪者。悪役」

「だから、わたくしを陥れたと?」

「寧ろ酷い目に合って当然なのよ。だって悪役だもの。主人公のあたしが退治してやらなきゃ。て言うのは転生直後の考え! もう考えてないから! その手止めなさいよ!」

 

 ヒィー! 再びワキワキと動かされるクリステンの手を見て、リアネは悲鳴を上げながら後ずさる。

 その情けない姿を見て、クリステンは深い溜め息を吐いた。

 

「もういいです。水に流す気はありませんが、話を進めないと。王太子を自分の物と言う割には、他の殿方にも手を出しまくっていたけれど?」

「そりゃそうよ、攻略対象なんだもの。乙女ゲームって言うのは主人公の選択で色々と話が分かれるようになっていて、プレイヤー…読み手それぞれが好みの男を選んで落とすよう進める、そんな話よ」

「読み手によって展開が変わる物語…何とも興味深い。で、貴女の言動を見るに、その対象全てを手に入れようとしたって事かしら?」

「だって、どっかにハーレムルートあるって思ってたし…」

「度がし難い強欲ですこと。確認しますれけど、攻略対象とされる方々とは?」

「えっと…王太子イグレリック・イランソ。騎士ナユ・イアンヌッチ。魔法使いアルベルト・シネッコネン。魔道楽師オッドーネ・イラーリオ。教師クロム・ヴォゼンドン。の5人」

「いずれも王家の血を引く方ね。でも教師クロムって学園の先生? 下級貴族のヴォゼンドン家に王家との繋がりなんて…」

「クロム先生って実は国王の弟が若い頃に、メイドに手を付けて生まれた王太子の従兄弟なのよ。認知はされてないけど」

「あぁ、あの女好きの大公ですか。納得しました。これで勇者は聖女である貴女と王家の血を引く殿方が結ばれる事でいずれ生まれると分かりましたわ」

「すぐに生まれないの? あたしが勇者の生母様に慣れないとか、萎えるんですけど」

「厄災の時、闇の一族の封印が弱まるのは凡そ50年後。年数から見て、貴女の孫になるのではないかしら」

「どっかの誰かさんはその50年より先に封印をぶっ壊しちゃったわけだ。でもそんな設定、乙女ゲームには無かったんだけどなぁ。平民の女の子が聖女に選ばれて貴族が通う学園に転入。知識と魔力を鍛えつつ出会う男と恋に落ち…て王道の魔法学園モノだったけど」

「先程転生と口にしていましたけれど、ここが物語の世界だと勘違いするだけの理由がありますの?」

「あたしは日本って別の世界の国の人間で、気付いたら乙女ゲームとそっくりの世界に、主人公そっくりの今の自分になってたの。聖女に選ばれた、ゲーム開始時と同じ頃だったわ」

「成程、それでは勘違いするのも仕方がないのかも。蛮行は許されませんけれど。貴女を選んだのも光の一族? どうしてこんな邪悪を…」

「世界滅ぼした魔王に言われたくないわ」

「王妃の地位にあって手当たり次第に殿方を侍らせて王家とは全く関係ない子供を産み、その子を次期国王にして国を崩壊させたのは一回目の貴女。世界を滅ぼしたのは一緒よ」

「くぅうう…その記憶が何で無いかなぁ!?」

 

 心底悔しがるリアネを尻目に、クリステンは自分の席に戻ってお茶を飲む。流石現実と乖離した白空間、淹れて暫く立つお茶は冷める事無く適温を保っていた。

 

「聖女とは光の一族の導きによって生まれ、聖属性の魔力にずば抜けた適性を持つ者を呼びます。大地をその魔力で潤し豊穣を齎す存在…とされていますが、本当の役目は王宮の地下最深部に施された闇の一族の封印に魔力を注ぎ永続させる事。聖属性を使える者は聖女以外にもいますが、その効果の差は推して知るべしですわ」

「でも50年後には闇の一族は出てくるんでしょ? あたしがする意味ないじゃん」

「貴女が、今、やるから、50年持つって事でしょ。そこは聖女として弁えなさい。光の一族が望むのは貴女が聖女の務めを果たし、勇者誕生の為に王族の血筋の殿方と子を儲ける事。それと別件で漆黒の一族の存続、だそうです」

 

 それが叶わなければ光の一族により世界は何度でもやり直す。

 自分が滅ぼした2回目の世界から白空間に送られる際、呆れ果てたような声色の光の一族の使いからクリステンはそう説明を受けた。

 

「漆黒…?」

「闇の一族に容姿が似ていると言う事で迫害され不毛の地へ追放された少数民族ですわ。とても強い魔力を有していたそうですが、伝承にしか載っていない存在自体疑わしいような幻の一族です」

「何か、その話聞いたことある。……そう、ゲーム! 同じメーカーの別のゲーム! 乙女ゲームと世界設定が同じで使い回しかよって思ってたけど、あれとそっくりなの!」

「…つまり、貴女が現実と勘違いする程にそっくりな物語が、貴女がいた世界には他にも存在する、と。詳しく聞かせてくださる?」

「いや、それが、ゲームそのものはやってないから内容は分かんない。知ってんのはあらすじとキャラ絵とかくらい。RPGって苦手だから…」

「あーるぴーじー?」

「乙女ゲームは本で、選択肢に指定されたページに飛んでいく感じ。RPGは舞台の主役を観客席から指示して動かして話を進める感じかな。指定の強さになるまで修業したり、おつかいしたり、細かいお題をクリアしていかないと次の話に進まないの」

「つまり貴女が嫌いな地味で面倒な努力が必要となるのね」

「そうですよすんませんでしたね!」

 

 リアネの怠惰な性格など今更だ。しかし学園教師の出生等、1回目でも2回目でも得る事の無かった情報を持っていた点を考慮して話だけでも聞く価値はあるかもしれないと、クリステンは考える。

 

「それでも何かしら得られるかもしれませんわ。このまま光の一族が満足する結果を出せずにいたら、こんな事を幾度として繰り返さなくてはならないのです。1人で模索するならともかく、貴女との話し合いはこれっきりしたいわ」

「あたしだって同じだっつぅの」

「だったら何か情報を絞り出しなさい。どうせ男の事しか入っていない頭なのだから、絞り過ぎて多少千切れても特に問題ないわ」

「一々辛辣ね…。えぇっと確か、世界を救う為に勇者が色んな所を旅する王道ファンタジーでぇ。そうそう、旅に出るきっかけが漆黒の一族の末裔って少年との出会いだったの。その漆黒の子が女子みたいなキレ可愛い系でさぁ、超好みでイラストだけは漁ったんだよねぇ。公式で女装なんてあって堪んなかったわ」

「あら、貴女のような人は肉体的に逞しい殿方を好むものだと思っていたけれど」

「ハッ、分かってないねぇ。一見女子みたいな綺麗系が雄剥き出しで迫ってくるのが最高にクるんじゃん」

「……貴女の性癖に口出ししませんわ。続けて」

「えっと、魔物の被害が増えてるぅって時代で、その理由が闇の一族の封印が弱っているからだって勇者を探していた漆黒の子に教えられるの。封印を結び直すには50年前に闇の一族に囚われた聖女の魂を助けるしかない、それには勇者の力が必要、一緒に闇の一族の封印場所と聖女の魂を探してって話だったはず」

「闇の一族の封印は王宮地下最深部に…いえ、それはわたくしが調べたから知れた事で、本来は秘匿されていますものね」

「散々探し回って正解はスタート地点ってよくある流れよね」

「現実ならば面白がってはいられない流れですわね。…でも、50年前に囚われた聖女の魂? 厄災の時となる50年後の50年前って、つまり今ですわよね?」

「え……え? あたし!?」

「子供を産んだ後に…? いえ、それなら聖女の魂とは言わないはずですわ。魂…」

 

 思わぬ方向へ話が進んだものだ。

 クリステンは顎に手を添え引き続き考える。ここまで聞いたリアネの情報から、何かしらの糸口はないものかと…。

 

「気になるのですけれど」

「な、何?」

「貴女は気付いたらこの世界の貴女になっていたと言いましたよね? ならそれまでの、貴女になる前の、本来のリアネ・ドナルドはどうなったのでしょう?」

「……あ」

 

 はた、とリアネも気付く。

 ゲームの主人公として、ゲーム開始とされる時から当たり前の事としてそう振舞って来たので、思いもしなかった。

 リアネには日本人だった自身の記憶しかなく、リアネ・ドナルドのそれまでの記憶はない。リアネ・ドナルドが日本と言う世界にいた前世の記憶を取り戻し、今のリアネになったと言う訳ではない、と思われる。

 

「50年前に囚われた聖女の魂が本物のリアネ・ドナルドの魂であるならば、それを闇の一族が捕らえ、別の魂を入れた」

「その別の魂が、あたし…?」

「それならば光の一族の導きで生まれるはずの聖女に対して使い様が管轄外と言っていたのにも頷けます。貴女の一回目の振る舞い。あえて邪悪な魂を選んだのだとしたら…貴女こそ勇者誕生を阻む闇の一族の手下って事ですわ!」

「えぇえ!!? そんなのあたし全然知らないもん!」

 

 辿り着いた答えをクリステンに付き付けられ、リアネは驚愕する。

 乙女ゲームの主人公に成れたのは、自分がそう言う扱いを受けて当然の特別な存在だからだと根拠無く信じていた。だから何もかも自分の望む通りになるべきだと。

 正直言うとその本性は今でも変わらない。クリステンの手前、抑えているだけで。

 しかしそうではないのなら。主人公と思い込まされ、ゲームに似た世界に何の説明もなく放り込まれたのなら、自分は利用された被害者だ。自分勝手なリアネは本気でそう主張できる。

 

「はぁ…何て事でしょう。ずっと続いていた闇の一族の封印が弱まると言うのもおかしな話だと思いましたけれど、偽者である貴女の力が足りなかったとすれば納得です。勇者誕生を阻みつつ、失敗してもいずれ封印が解ける仕組み。闇の一族は狡猾ですわね」

「偽者言うなぁ~。結局足りないってマジ萎えるぅ~」

「でも身体は聖女である事に違いはありませんわ。聖属性の特性も本物には及ばずとも他の適正者とは比べられない程にあるから、貴女が偽物だと気付く者はいないでしょう。要は50年持てばいいのです、勇者が誕生すれば良いのと同じ」

 

 今更リアネを責めたところで何も変わらない。クリステンは判明した事実を整理して気持ちを切り替える。

 目下の課題は光の一族が望む道筋を進む事、ひいてはやり直させられるのを終わらせる事だ。この課題を片付けられるのなら、リアネが闇の一族の手下だろうが何だろうが構わない。

 一度は世界を滅ぼしたクリステンも大概思い切りが良い。

 

「この際だからハーレムには目を瞑ってあげるので、勇者誕生の為に攻略対象とされる王家の血を引く方々だけになさい。そして聖女としての務めを果たすのです」

「んー1回目の記憶が無いのはマジ悔しいけど、ハーレムはもういいかな。化け物相手にもう一生分“した”気分だから…」

「あら、思わぬ効果があったモノね。まぁかく言うわたくしも、2回目の世界を経て何処か吹っ切れた思いがあります。許したわけではないけれど」

「そら、あれだけ暴れたらねぇ…。じゃぁどうするつもりよ?」

「そうですわね…。では神託を受けた事にして、自分の務めは国に豊穣を齎す事と“旅立つ人”を探す事だと宣言してくださる?」

「旅立つ人?」

「それにわたくしが成り、漆黒の一族を探します。使い様の存続させるようにとのお言葉から、不毛の地での生活が限界にきているのではないかしら。2回目の世界を滅ぼすにあたって集め得た様々な知識を使って、何とかしてみせましょう」

「僻地からの街作り系…。でも、いいの?」

「構いません、寧ろ望むところですわ。侯爵令嬢として生まれたからには王家に嫁ぐ事も義務の一つとして不服はありませんでした。でも本当は、何年も掛けて旅に出て魔力や世界の事をもっともっと学びたいと言う望みをずっと胸に秘めていましたの」

 

 少しだけ恥ずかしがるように望みを語るクリステンは年相応の少女そのもので、ゲームの姿とも怒り狂って世界を滅ぼした姿とも違う。

 これが本当のクリステン・メルリンなのかと、他人に興味を持つ事がないリアネでも何となくそう思った。

 

「これから始まる3回目の世界でわたくしに会ったら、旅立つ人だと指してください。聖女の神託ならば婚約も解消されるでしょう。王妃の座は貴方に差し上げますわ」

「あー1人に絞るんならオッドーネがいいな。推しなの」

「オッドーネ…、あぁ、貴女好みの綺麗な顔ね。一番とする殿方が居るのにハーレムを望むのはどう言う了見なのかしら」

「それはそれ、これはこれ。集めていいトロフィーがそこにあるんだから、集めて何が悪いのよ」

「つくづく理解できない。でも王太子じゃなくてよろしいの? 王妃になれなくてよ?」

「別に、一番偉いってだけで特に拘りないし。オッドーネだって高位貴族だから贅沢は出来るでしょ? 何より王太子ってさ、王太子以外に取り得ないじゃん」

「……贅沢に関しては常識内になさい。つまり王太子は本来、貴女の好みではないと?」

「だってアイツ、出会い頭におもしれぇ女認定して絡んでくるけどさ、婚約者いるんならただの浮気野郎じゃん。最低じゃん」

「貴女に言われると心底腹が立つけれど…まぁそうね。次期国王としての思想や能力は申し分ないのだけど、未来の王妃として模範的淑女たろうとするわたくしを心底つまらない女だと言い放ってくれた事もあったわねぇ。本当に」

「俺を楽しませてくれたのはお前が初めてだ~とか言うけどさぁ、じゃぁお前がこっちを楽しませてくれた事が一度でもあったか? って言いたくなるわけよ。ホント」

「「つまんねぇ奴」」

 

 声が重なり、2人の視線が合う。

 そして…。

 

 ぷっ。2人分の軽やかな声がまた重なった。

 

「ここで意見が合うとは思いませんでしたわ」

「それはこっちの台詞」

 

 ひとしきり笑い合って、クリステンが席を立つ。

 気付けば白空間に扉が二つ現れていた。リアネとクリステン、どちらがどちらの扉へ進むべきか説明されずとも何故だか分かる。

 2人は自分の、と思う扉の前へと立つ。結局リアネはずっと地べたに座りっぱなしだった。

 

「さぁ3回目を始めようではありませんか。抜かるんじゃありませんことよ」

「そっちこそ。見てなさい、光の一族。4回目は無いわ」

 

 聖女リアネ・ドナルドと侯爵令嬢クリステン・メルリンが不敵な笑顔を揃って浮かべると、二つの扉が触れもせずに開け放たれた。

 2人は迷う事無く前へと踏み出す

 

 

 リアネは知らなかった。50年後を描いたRPGをプレイしていなかったので、知る由もなかった。

 彼女が好みだと言った漆黒の一族の末裔が、実は旅をするにあたって男装していた少女である事を。

 クリステンが思い付いた“旅立つ人”と言う言葉がRPG内に存在しており、滅亡しようとしていた漆黒の一族を救い存続させた大賢者として崇拝されている事も、少女の祖母である事も、リアネは知らない。

 エンディングに勇者と少女が結ばれる事も、だ。

 孫同士が結婚し自分達が親戚関係となる事をリアネとクリステンが知るのは、50年と少し後となる。


コンクールで何かしらの賞に掠ったら長編編を…

まぁ、ないな(涙)

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