09
伯爵家の広大な庭園の片隅で、ピアディはよちよちと動いていた。
剣術の試合で疲れたケイが昼寝をしている間に、ピアディは「兄の様子を探る」という大義名分のもと、単独で行動を開始していた。
というより、伯爵邸は屋敷も敷地も広くて遊び甲斐がある。
ザリガニのいる池はもう怖くて一人では近寄れないけれど、他にも面白そうな場所がたくさんあるのだ。
だが今日のピアディの目的はただ一つ。
(うむ! ここは一つ、兄とやらに直接話を聞くのだ!)
ケイの異母兄テオドール・アルトレイ。
回帰前の人生とはまるで違う態度を見せるというこの兄が、果たして回帰者なのか、そうでないのか。
――それを確かめるのだ!
(もし兄が回帰者なら、われもケイもビックリなのだ)
そんなことを考えながら、ピアディはよちよちと歩いていた。
しかし、次の瞬間――
ヒュッ
「はぅ!?」
突如、建物の陰から、素早い手がピアディの胴体をがっしりと掴み上げた。
「な、なにごとー!?」
「……ケイの手前、黙っていたが。人の言葉を話すカエルなど聞いたことがない。魔物め、私の弟に何をする気だ!?」
目の前にはテオドールの真剣な表情があった。
(つ、捕まったのだー!?)
「やー! やーなのだ! 我はカエルじゃないのだ! サラマンダー! かわゆい無害なウパルパなのだ!」
必死に四肢をばたつかせながら抗議するピアディ。
だが、テオドールはなおも疑わしげに目を細める。
「サラマンダー? ウパルパ? 何だかよくわからんが……まあ、観察する限り、邪悪なものには見えんな」
「なのだ!」
「あまり賢そうにも見えない」
「ぶうぶう! 断固抗議なのだ、われはかわゆく知的なウパルパぞ!」
「……それより、お前はどうしてケイのそばにいる?」
スルーされた!?
「我はケイの守護者なのだ! 何もしないどころか、あの者を助ける偉大な存在!」
「……偉大な存在が、ザリガニに挟まれて叫んでいたと?」
「ぐぬっ……!」
痛いところを突かれ、ピアディは言葉に詰まる。
(だってわれ、まだ本調子じゃないもん! 戦うの得意じゃないし、可愛さが売りのウパルパだもの!)
しかし、ケイの兄はなぜかため息をつくと、ピアディをそっと手のひらに乗せた。
「……お前が害のあるものじゃないなら、いい」
思っていたより優しい対応に、ピアディはきょとんとする。
害ある魔物だと思われて攻撃されるかと思っていたが、兄は警戒しつつも、どこか穏やかな表情だった。
「……あ、あのねあのね。われは、お前が弟のことをどう思っているのか知りたいのだ」
ピアディが問いかけると、テオドールはゆっくりと目を伏せた。
(ほわあ。この兄、よく見るとケイそっくりなのだ。さすが兄。母違いだけど。黒髪と黒目は伯爵家の血なのだな。なかなかのイケメン。われの好みじゃないけど!)
「……本当は、ずっとケイと遊びたかった」
その言葉に、ピアディはエラをぴくりと動かす。
「でも、母上が……ケイと私を引き離した。嫡男と妾の子だからと」
「……うむ」
伯爵家の事情はケイからも聞いていた。
ピアディからしたら、「人間って面倒くさいのだ!」なのだが、貴族社会ではいろいろ面倒なことが多いようだ。
「母上の気持ちもわかる。でも、私は……ケイを遠ざけられるのが、ずっと嫌だったんだ」
兄の言葉は、少し苦しそうだった。
「やっと会えたけど……私がケイと仲良くすると、母上は悲しそうな顔をする。だから……母上がいない時を見計らって、こっそりケイに会いに行ってた。そしたらすごく楽しくて……」
その言葉を聞いて、ピアディは「ほう……?」と興味深げに兄を見つめた。
(ふむふむ? ではこの兄も回帰者の説は消えるか?)
そもそも回帰の魔法を使える者が、ピアディの他にいるはずがない。
つまり――
(この兄はやはり、ただのブラコンでは?)
ピアディは納得したように頷いた。
「つまり、兄はケイと仲良くしたいのだな?」
「……まあ、そうなるな」
「ならば、我はお前にも協力してやるのだ!」
「え?」
ピアディはちょこんと兄の手に乗り、胸を張ってドヤ顔で宣言した。
「我はケイの側についているが、お前の話も聞いてやる! つまり……」
「……つまり?」
「お前とケイ、二人の二重スパイになってやるのだ!」
言い切った瞬間、――ピアディはハッと我に返った。
しまった、調子に乗りすぎた!
(はう……!? われ、そんな難しいことできる気がしないのだ……!!)
「二重スパイだと? ……なるほど、ケイに疑われないよう、私たちの仲を取り持とうというのか。良い考えかもしれない。――よろしく頼むぞ」
後に引けなくなったー!
果たして「ケイとテオドールの二重スパイ」という難題を背負ったピアディの運命やいかに――!?




