03
「ところで、まだ海の底にいるってことは」
ケイは、あることに気づいて表情を曇らせた。
「回帰前に亡くなったお母様の遺体は……どうなったんだ?」
死ぬ間際に、母ポーラの亡骸を抱きしめていた記憶が蘇る。
ケイを守るため、娼館に身を落としてやつれきった母の死に顔は忘れられなかった。
(もし、海の底に放置されたままだったら)
「安心するのだ」
ピアディが優しい目で微笑んだ。
「われがちゃーんと海底の墓場に埋葬してやったのだ。母なる海に還っていくのだ」
「……本当か?」
「うむ。そなたのお母上を放っておくほど、われは薄情じゃないのだ。ちゃんと天の国に行けるようお祈りもしてやったのだ」
ケイは、胸の奥が温かくなるのを感じた。
(こいつ、意外と優しいんだな)
ピアディはよちよちとケイの腕から肩に登り、ちょこんと座った。
「よし、じゃあ目指すは『勇者覚醒』! 次元の間の海底の浄化も頼むぞう!」
「了解。約束しよう」
ケイはピアディの言葉を信じ、勇者への覚醒と海底浄化の試練に挑む。
未来を変えるために――
「あと胸に刻むがよい。そなた、もう二度と無様には死ぬな!」
ピアディの言葉が、胸に深く突き刺さる。
「……死ぬもんか」
ケイは静かに拳を握った。
今度こそ、母を守る。
そして、――奪われていた、すべてを奪い返す!
そのとき、ガチャッ、と扉が開く音がした。
「ケイ? 起きたのね」
優しい声が響いた。
ゆっくりと顔を向けると、そこには母ポーラの姿があった。
淡い栗色の髪を緩く結び、温かな微笑みを浮かべている緑の瞳の優しげな人。
パステルカラーのワンピースがよく似合っている。
――懐かしい。
もう二度と会えないはずだった母の姿だった。
ケイは一瞬、視界が涙で滲むのを感じた。
しかし、唇を噛んで堪える。
「どうしたの? まだ眠い?」
母はそっとケイの髪を撫でた。
その手の温かさに、胸が締めつけられる。
「……ううん。ちょっと、ぼんやりしてただけ」
「そう? 今日はお父様もお屋敷にいるのだから、しっかり挨拶しましょうね」
「……うん」
回帰前は、父伯爵が貴族の義務として戦争に駆り出された隙を正妻に狙われ、ケイと母は追い出された。
父ユヴェルナートは、まだ戦場へは向かっていない。
つまり、今ならまだ母と自分を伯爵家に留めて守れる可能性がある。
「……大丈夫。今度こそ、何も失わない」
小さく、そう誓った。




