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回帰後のケイの目的は大まかに二つある。
一つ、回帰前の自分と母の無惨な死を回避する。
正妻セオドラや兄への復讐や、伯爵家における自分や母の立場の強化を考えていたが、今のところこちらは上手くいっている。
(ただ、兄があまりにも回帰前と違いすぎる。そこだけ注意が必要だ)
とはいえ、やたらと兄ムーブをかましてくる鬱陶しさがあるだけで、今のところ害はない。
二つ、勇者に覚醒してピアディや海の底の神殿を浄化する。
回帰の魔法を使って時を戻してくれたピアディは、ケイにとって大きな恩人だ。
こちらは、これから本格的に研究が必要だ。
ただし、勇者特有の金色の光は、魔法使いが扱うマナを学べる学園への進学まで、お預けになるかもしれない。
この時代、魔法使いはどこも国が管理して、個人的に学ぶことは難しい。
さて、今のケイにできることは何か?
「ピアディ。姿を透明にする魔法は使えないか? 兄とセオドラを偵察しに行きたいのだが」
「むむ。そんな都合の良い魔法があると思うななのだ。透明になれたらおやつを盗み放題だけど!」
「……お前、案外役に立たないな?」
「むかっ。今はまだ本調子じゃないからだもん! 勇者の光で完璧に浄化されたら、とってもスペシャルなスーパーウパルパになるもん!」
「本当か? とてもそんなポテンシャルがあるようには見えないが……」
「本当だもん! われの真の実力を知ったら『ピアディ様ごめんなさい、お詫びに私をどうか下僕にしてください!』と土下座したくなること間違いなしなのだ!」
ケイを相棒と呼んだことなど、すっかり忘れているときた。
「……まあ、言うだけならタダだからな」
「本当だもんー!」
たしっ、たしっ、と肩に乗って小さな手でケイの顔を叩いてくる。
が、痛くもなんともない。くすぐったいくらいだ。
「兄はもう心配いらぬのでは? どう見てもただのブラコンぞ」
「俺にもそう見えるが、回帰前を考えると油断できないんだ」
回帰してからというもの、兄は妙に優しく、親しげに接してくる。
だが、どこか嘘くさい。いや、わざとらしい。
(あんなに俺を虐げていた兄が、今さら優しくするなんて。何が〝お兄ちゃま〟だ。ふざけすぎだろ)
兄に誘われるまま遊ぶのも、剣の稽古をするのも、勉強も、楽しく充実することばかりだった。
だが、ケイには兄に対する警戒を緩められない理由があった。
回帰前の人生で、ケイは幼い頃、とても出来の良い子供だった。
(でも、自分じゃあまり自覚がなかったんだ。ただ、何をやっても上手くいくなとは思っていた)
剣術でも学問でも、誰よりも優れていた。
周囲からは『天才』と称えられることもあり、将来を嘱望されていた。
だが、兄と一緒に剣術の稽古を始めた頃から、ケイは急激に才能を発揮できなくなっていった。
(今の俺は十歳。そうだ、今ぐらいの頃から俺は落ちぶれていったんだ)
(頭にモヤがかかったみたいだった。意識が鈍くなって、身体も思うように動かなくなって)
いつでも褒められていた少年は、無能な落伍者へと転げ落ちていった。
それ以降、どれだけ努力しても才能が発揮できなくなったのだ。
その一方で、兄テオドールは驚異的な速度で才能を開花させていった。
――まるで、ケイの才能を吸い取ったかのように。
ケイが兄への疑念を拭い去れない理由はここにあった。
(また、同じような目に遭ったらどうする? だから兄にはあまり近づきたくないんだ)
回帰前のケイの能力低下には、何かしら兄が関わっていると考えている。
ケイはその懸念をピアディに話した。
「回帰前の人生では、俺は自慢じゃないが勉強も剣術もよくできる子供だった。だけど、兄と一緒に剣術の稽古をするようになった頃から、急に才能が発揮できなくなったんだ」
「ふむ……それは妙なのだ」
「同じ時期から、兄は急に才能を開花させていた。お父様に似て元々優秀な人だったが、……確か王太子に目をかけられるほど実力を発揮するようになっていて」
「それで?」
「まるで、――俺の才能を奪ったかのようだった」
「むむ!?」
ピアディは青いまんまるな目を見開いた。
「もしや、それは……!」
「知ってるのか?」
「うむ。他者の力を奪う、邪悪な呪術や魔導具があるのだ。薬の可能性もある。われの仲間たちもそれを使う敵に散々苦労させられておった」
「他者の力を奪う?」
ケイは戦慄した。
まさか、兄が邪悪な呪術を使って、自分の才能を奪っていたのだろうか。
「うむ。力を奪われた者は、才能を失ったように感じるのだ。逆に、奪った者は相手の才能を得たように見える」
そしてピアディは恐るべきことを言った。
「才能だけではないぞ。己の幸運まで奪われるのだ。われの最愛は幼い頃、呪いを受けて幸運が最低値まで落ちて酷い目に遭ったと言っておった」
「そう、そうだ、そんな感じだった! まさにその通りだった!」
ケイの胸がざわつく。
思いがけずズバリ的を射た情報だ!
「その呪術や魔導具は、邪悪な存在が作り出したものなのだ。使い手も邪悪なものに魅入られて仲間になってしまうのだ」
ピアディの言葉に、回帰前の記憶が蘇る。
(そうだ、ならば、おぞましい呪術を使う人間がいたとしたら)
――正妻セオドラの狂気に満ちた瞳。
――俺を妾の子として蔑み、憎悪に燃えた表情。
「やはり、セオドラが元凶か」
ケイは震える声で呟いた。
「可能性は高いのだ。正妻は妾の子のそなたを憎んでおるのだろ? その事実からすると、そなたやお母上を貶めるために邪悪な呪術に手を染めても不思議ではないのだ」
「じゃあ、兄は……セオドラに操られていただけで、今のフレンドリーな姿が本来の兄……?」
「それはわからぬのだ。ただ、そんな母親がいるなら、兄が悪影響を受けていただけの可能性は高いと思うのだ」
ケイは考え込んだ。
(もし、兄がセオドラに操られていたなら……俺は兄も救わなきゃならないのか?)
だが、同時に別の疑念が湧き上がっていた。
(いや、そもそも兄がセオドラと共謀している可能性のほうが高くないか?)
(俺の才能を奪い、俺を貶めるために……)
ケイは拳を強く握りしめた。
(どちらにせよ、兄の正体を暴く必要がある)
(俺が、母様を守るためにも……!)
決意に拳を握り締めるケイを、ピアディは焦って見つめていた。
(あれ? われ、確かケイと兄を和解させなきゃいけなかったような?)
そろそろ、もう一度兄に会って話を合わせてきたほうが良い気がする。




