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清書Nlt戯曲新人賞

作者: 高井俊博○


   第一幕・第一場



   観衆のざわめきが聞こえている。

幕が開く。

   幕が開くと共に、観衆のざわめきが小さくなる。

   ぼんやりとした舞台の照明。

   舞台中央に丸い座卓。

   二人の男が向い会い座っている。

座卓には、原稿用紙とペン。


男①「幕が開き、この位置に俺たちが座っていること自体が素人の作家と演出の不具合だ   と思うが」

男②「物語の始まりとしては、実に稚拙だ。」

男①「確かにそうだな。ではどうする」

男②「そうだな、舞台、下手前に座るのはどうだ」

男①「確かに玄人。幕が開いた時の座りがいい感じだ」

男②「では、そうしよう」


   男①、男②、丸い座卓を移動し座る。


男①「これぐらいか」

男②「おあ、この位置がいいな」

男①「照明はどうする」

男②「どうしたら、いい感じかな」

男①「スポットライトを上手と下手から」


   二人にスポットライトがあたる。


男②「いいな」

男①「さらに、真上から」


   真上から照明があたる。


男②「俺たちが映えるな」

男①「映えるな」

男②「いい感じだ」


   男①、男②、にんまりとしてお互いを見合う。


男①「それでは、舞台も少し明るくするか。主役は俺たちだからな」

男②「そうだな。しっかりと目立ったからな」

男①「ああ」


   舞台全体がゆっくりと明るくなる。


男②「俺たちの名前はどうする」

男①「名前か」

男②「名前だ」

男①「必要だな。名前がなくてはいけない」

男②「主人公のバックボーンも必要だな」

男①「名前がないと実態が実態がないからな」

男②「・・一郎と次郎だ」

男①「なぜだ」

男②「作家 が書きやすい」

男①「書きやすいか」

男②「書きやすい。すぐに書ける」

男①「しかし、簡単だな」

男②「仕方がない。下書きは鉛筆書きの作家だからな」

男①「そうか。・・で、俺の名前は台本で、今から一郎に変わったのか」

次郎「このセリフからだ。今おれは、次郎になった」

一郎「今からか」

次郎「ああ」

一郎「さて。では、そろそろ舞台の設定をしよう」

次郎「唐突な感じだが、まぁいいか。設定をしよう」

一郎「コメディーの設定は基本食堂だな」


   舞台にテーブルとメニュー表があらわれる。


次郎「和食の定食屋か。だが、俺のイメージは洋食屋だな」


   舞台のテーブルとメニュー表だけが瞬時に変わる。


一郎「昭和から、平成にかわったな」

次郎「あぁ。だが」

一郎「知っている。スパゲッティ、ナポリタンはないが、パスタ、ナポリターナはあるん   だろう」

次郎「先を読んだな。さすがだ。ディスコテックがクラブに変わるようなもんだが」

一郎「洗練されたと、言うことだろうが」

次郎「食堂クラブでは」


   食堂にミラーボールが輝く。


一郎「平成の後の年号だな」

次郎「俺にはよく分からない。理解できない昨今だからな。俺の情報は新聞とテレビ」

一郎「そしてラジオだな」

次郎「・・・なつかしい」

一郎「危険だな。懐かしさには危険な香りがあるぞ」

次郎「懐かしさとは時間的な問題かもしれない」

一郎「どういう意味だね」

次郎「仏像には懐かしさではなく美術的感動がある。今の懐かしさは、ただの時的な問題   なのかもしれない」

一郎「だから何だというのだ。・・・いかん、これからの話を進めよう」

次郎「そうだな」

一郎「昭和の芝居だな」


   間。


次郎「舞台設定の前に、俺たちの名前だ」

一郎「そうだった。・・台本ではお前は片仮名の次郎のはずだ」

次郎「なぜ」

一郎「機械変換時に次郎は漢字ではすぐに出ないからだ」

次郎「おおう、そうか。それはしょうがない」

一郎「名前はいいな。生きている感じがする」

次郎「たしかに、俺たちの会話が生き生きとするな」

一郎「そうだな」

次郎「一郎君」

一郎「なんだね、カタカナの次郎君」

次郎「いい」

一郎「いい。確かに生き生きとした会話だ」

次郎「だが、観客がそろそろ会話だけでは飽きてきている頃だ」

一郎「そうか」

次郎「そうだ。我々の会話の限界だな」

一郎「では、どうする」

次郎「竜の頭を出す」

一郎「竜の頭はなぜだ」

次郎「竜の頭はインパクトが大きい」

一郎「なるほど」


   竜の頭が出現する。

一郎、次郎、竜の頭を見つめる。


次郎「よし」

一郎「よいな」

次郎「火をふけ」

一郎「やめろ、舞台がスペクタクルになってしまう」

次郎「おう。確かにそうだな」

一郎「そぐわない演出は逆効果だ」

次郎「そうだった。このごろの芝居はこれで失敗しているのだった」

一郎 「そうだ」

次郎「 で、物語を作るにあたって、次の展開はどうする」

一郎「じつは、一つ考えている話がある」

次郎「それは、どんな話だ」

一郎「だが、唐突にこんな展開でもよいのか」

次郎「大丈夫だ。物語がいき詰まったら、エピソードを変える。舞台にはよくある展開   だ」

一郎「そうか、では話そう」

次郎「だが、うけるのか」

一郎「たぶん」

次郎「うけるのか」

一郎「まちがいない」

次郎「そうか、それはどんな話だ」

一郎「Aさん、Bさん、Cさんの話だ」

次郎「(間)その話は星新一さんの話ではないのか」

一郎「(間)まさか」

次郎「いや、もしそうだったら」

一郎「盗作となってしまう」

次郎「どうする」

一郎「いや、この話は茶を飲みながら話したことだから、きっと」

次郎「大丈夫か」

一郎「たぶん」

次郎「だが、もしものことがある」

一郎「切り抜けられるか」

次郎「ふたりで考えた作品としたいが・・・・やはり星新一さん原作。その原作を参考   とした物語。と、したらどうだ」

一郎「参考か。それは素晴らしい」

次郎「星新一さん。原作。その作品を参考としましたと前置きしよう」

一郎「 そうしよう。しかし星新一の名前に、さんをつけるのはなぜなんだ」

次郎「年上に、敬称を付けるのは当然のことだ」

一郎「そうだな」

次郎「それが礼儀だ」

一郎「(間)そろそろ、この受け答えも飽きてきた」

次郎「ああ、確かに。しかも単調な話だけでは・・・竜の頭と俺たちでは、舞台に盛り   上がりがない」


   一郎、不敵な笑みを浮かべる。


一郎「簡単だよ」

次郎「どうする」

一郎「音を入れる」

次郎「・・ガジャやゴーとかか」

一郎「いいや」


   風と共に去りぬのテーマがなる。


一郎「どうだ、これなら盛り上がるだろう。著作権は切れているし、使い放題だ」

次郎「かんがえたなぁ」

一郎「もちろんだ。これぐらい考えないと資金のない劇団では上演できないからな」

次郎「資金は大変だな」

一郎「そうなんだ。資金は上演となると問題となる」

次郎「スポンサー名を入れたらどうだろう」

一郎「スポンサーか」

次郎「そうだ。・・・いや・このセリフはいけない」

一郎「そうだ・・・おー言ってしまった。・・この変わらないセリフ。なんということ」

次郎「受け答えが同じ会話の繰り返しだ」


   一郎、次郎・二人同時に。


一郎「いかん受け答えだ。会話に変化がない」

次郎「いかん受け答えだ。会話に変化がない」

一郎「これも昭和の芝居だ」


   間。

   見つめ合う

   二人の話し方とテンポが変わる。


一郎「スポンサー名に関しては、この芝居が売れてから入れてはいかがか」

次郎「金融機関もよいのではないだろうか」

一郎「それは素晴らしい考えですね」

次郎「銀行はいかがだろうか」

一郎「銀行とは素晴らしい」

次郎「やはり、昭和の芝居からぬけきれない」


   一郎、立ち上がり、園児の演技のように体の前で手を鳴らす。


一郎「それはいい。それはいい」

次郎「どうした」

一郎「これはどうだ」

次郎「稚拙すぎる」


   一郎、座りながら頭を揺らし、大きくうなずく。


一郎「この動作も変化だが・・稚拙だな」


   次郎、間を入れることなく。


次郎「Aさん、Bさん、Cさんの話はどうした」

一郎「それはな、宇宙の話だ」


   暗転。



   第一幕・第二場



   背景に広がる宇宙。

   舞台に惑星の表面がひろがる。。

   Aさん、こつ然と登場。

   Bさん、輪郭が浮き上がるようにゆっくりと現れる。

   Cさん、背景からはがれ落ちるように現れる。


Aさん「俺たちはいったいどこにきてしまったんだ。地球ははるか遠くなってしまった」Bさん「なんというところだ。荒れ果てている。生物もいない。あー地球に帰りたい」

Cさん「・・・なんて、寂しい・・ところ・・なんだ」   

Aさん「地球に帰りたい」

Bさん「地球に帰りたい」

Cさん「地球に帰りたい」

Aさん「助けてくれー」

Bさん「助けてくれー」

Cさん「寂しいよぉー。助けてくれー」


   その声を聞いたかのように舞台に、老人が現れる。


老人「哀れな奴らだ。お前たちの願いを一つだけ聞いてやろう。哀れな人間。なんと哀れ   なやつらよ。どんなことでも聞いてやる。さあー、一つだけ願ってみよ」


   老人、セリフが終わるとゆっくりと姿が背景に溶け込んでいく。


Aさん「俺の願いは地球に帰ることだー。地球に帰してくれー」


   Aさんの声が消えるやいなや、その姿も舞台から消える。


Bさん「おれは、母さん。母さんに会いたいよ。かあさーんに会わせてくれー」


   Bさんの声が消えるやいなや、その姿が舞台からこつ然と消える。


Cさん「あーなんていうことだ。一人になった。寂しい。寂しいよ。寂しいよー。あぁ。   Aさん。Bさん。二人に会いたいよー」


   Aさん、Bさん、そろってもとの場所に現れる。

   竜の頭が火を噴く。

   少しの間。

   宇宙の背景が消える。

   竜の頭が火を噴く。

舞台が暗闇となる。

   幕が閉まる。

   一郎、次郎の声が響く。


一郎(声)「次の話はこうだ」



   第二幕・第一場



   カッコウの鳴き声と滝の流れる音が響いてくる。

   幕が開く。

   深い森と藪の中にあばら屋がったっている。

   あばら屋の中で包丁を研いでいる、老婆。

   老婆、ゆっくりとゆっくりと包丁を研ぐ。

山菜採りの姿で、Aさん、Bさん、Cさんが現れる。


Aさん「あー助かった」

Bさん「助かったよ」

Cさん「あー、ほんと家だ。よかった」


   老婆、その声を聞いて包丁を研ぐ手を止め、口元にうっすらと笑みを浮かべる。

   ひらりと戸口に立ち、大きく口を開け無言で笑う。

   そして、のろりとした仕草で戸を開ける。


老婆「お困りのみなさん。さあ、あばら屋ですが入ってお休みください」

Aさん「ありがとうございます」

Bさん「ありがとうございます。助かりました」

Cさん「ありがとうございます。どうか休ませてください」  


   喜び入る三人。

   三人が入ったのを確かめ入口の戸を閉める老婆。

   途端、老婆の目がつり上がり、口が裂け、着物が緋色と変わる。


老婆「ひゃーはっはっつ、はっつはっつ 。久しぶりの獲物だー。ひゃーつひゃーはっ」


   驚き、たじろぐ三人。


老婆「アーハッツハ。アーハッツハ。くっちまうぞー。くっちまうぞー」

Aさん「助けてください」

Bさん「・ 助けてください」

Cさん「・・助けてください」

Aさん「・何でもしますから」

Bさん「・・何でもしますから」

Cさん「・・・何でもしますから。助けてください」

老婆「おー。おー。そんなに助けて欲しいか」


   三人、ふるえながら、老婆を見つめる。


老婆「よーし。それならお前たち、山の中に入って、食えるものとってこーい」

Aさん「ありがとうございます」

Bさん「ありがたやー」

Cさん「ひえぇぇーい」


   三人そろって、飛び出す。

   老婆、その様子を見て、包丁を研ぎ出す。

   老婆の包丁を研ぐ音が不気味に響く。

間。

   Aさん、あばら屋に飛び込んでくる。


Aさん「とってきました。ドングリ二十個ぉぉとってきました」


   老婆、Aさんをみて、ニヤリと笑う。


老婆「ようし。それをパクッと一口で食べてみろ」


   Aさん、驚くが・・。


Aさん「はっ」


   舞台が暗くなり、雷が鳴る。


老婆「ようし。助けてやろう」


   老婆、包丁を研ぎ出す。

   音が響く。

   Bさん、飛び出し、あばら屋に駆け込んでくる。


Bさん「とってきました。椎茸十個ぉとってきました」

老婆「よし。そいつをかじらず食べてみろ」

Bさん「あーっなんてことだ」


   稲妻が走る。


老婆「ようーし。助けてやろう」


   老婆、包丁を研ぎ出す。

   音が響く。

   Cさん、にこにこと微笑みながら楽しそうに舞台に立つ。


Cさん「やりましたよ。とってきました。いがぐり六個とってきました」

老婆「ようし。そいつを三口かじって飲んでみな」


   竜の頭が火を噴く。

   暗転。

   幕が閉まる。



   第二幕・第二場・幕前



   舞台端の一郎、次郎、丸い座卓に座っている。

   二人にスポットライト。

   二人が闇に浮き上がる。


一郎「どうだ、この話は」

次郎「いいね、いいね。宇宙から山という設定がいい。空間を超えたがギャップだね、

   無理な設定が理不尽でいい。しかも、コントですませる内容を舞台でやる勇気だね。   でも、山という場面が理解されるのかなぁ」

一郎「大丈夫、音だけでも十分だが、舞台で上演するときにはバックもしっかりつくだろ   う」

次郎「確かにそうだな。それぐらいは客が基本的に理解することか」

一郎「うん。芝居は見立てだということを理解しているだろう。抽象物から場面を理解で   できる客だと思うな」

次郎「そうだね。じゃ、宇宙に山ときたら次はもちろん海かな。山の次は海と決まって   いると思うけれど、さて、どうだろう村というのは」

一郎「村か。村というのもおもしろいか。・・・でも、やはり海かなぁ、いきなり場所が   飛びすぎてしまうから、やっぱり海かなぁ」

次郎「 そうだね。・・・海そして村と続けようか」

一郎「それもいいかな」


   一郎、立ち上がりながらポンと手を打つ。


一郎「それがいい。それがいい」


   スポットライト、消える。



   第三幕・第一場



   海猫の鳴き声と波の音が響いてくる。

   幕が開く。

   青い海と岩場のある砂浜。

   岩場の近くにあばら屋がたっている。

   老婆、ついたての前でゆっくりとゆっくりと包丁を研ぐ。

   海猫の声が少しずつ小さくなる。

   波の音に包丁を研ぐ音が少しずつ加わり、波の音と包丁を研ぐ音が重なりあう。

   老婆の包丁を研ぐ手がピタリと止まる。

漂流した姿で、Aさん、Bさん、Cさんが現れる。


Aさん「おーあれを見ろ」

Bさん「あー人がいるかもしれない」

Cさん「た、た、たすかったー」


   三人があばら屋の戸口にかけより叩こうとすると、老婆が戸口をスッと開ける。

   一瞬、驚く三人。

   だが、すぐに。


Cさん「よかった、どうか助けてください。もう何日も何も食べていないし、水も飲んで   いないのです」


   Aさん、Bさん、安心してよたよたと戸口に座り込む。


老婆「さ、さ、お入りなさい。何もありませんが水だけはありますよ。さ、さ、お入りな   さい」


   Cさん、その言葉で、あばら屋に飛び込み水を飲む。

   

Aさん「ありがとうございます」

Bさん「ありがとうございます」


   Aさん、Bさん、よたよたと立ち上がりあばら屋の中に入る。

   Aさん、水を飲んでいるCさんのところに行く。

   Bさんもいこうとするが、包丁を見つけ驚き足を止める。

   老婆、その様子を見て一瞬で戸を閉め、素早い身のこなしで包丁を持つ。


老婆「これかい」


   その声と共に稲妻が光り、雷鳴が轟く。

   老婆の姿、夜叉に変わる。  


老婆「お前たちを喰うためだよ」


   稲妻が光り、雷鳴が轟き、雨が叩きつける。

三人、悲鳴をあげ腰を抜かす。


Aさん「どうか助けてください」

Bさん「どうか、命だけは、喰わないでください」

Cさん「どうか、どうか、何でもしますから、何でもしますから助けてください」

老婆「そうかい。それじゃー、何でも言うことを聞くんだな」


   うなずく三人。


老婆「ならば、海から喰えるものなんでもとってこい」


   その声と共に、走り出す三人。

   雨の音がゆっくりとおさまり日の光が差し込んでくる。

   Aさん、走り込んでくる。


Aさん「とってきました、とってきましたー。ハマグリ一個とってきました」

老婆「ようし。それじゃぁ、一口かじって食べてみろ」

Aさん「ひー」


   Aさん、ついたての蔭に駆け込む。


Aさん(声)「あッグッ」

老婆「ようし。助けてやろう」


   老婆の言葉が終わるとすぐに、Bさんが家に走り込んでくる。


Bさん「とってきました、とってきました。毛ガニ、三匹とってきましたー」

老婆「ヒッヒッ。それではそれを二口かじって食べてみろ」

Bさん「ひー」


   Bさん、ついたての蔭に駆け込む。


Bさん(声)「ぎょー、鋏まれたぁ」


   舞台に雨が降る。


老婆「次は三口かじって食べさせよう」


   少しの間。

   Cさんにこにこと歩いてくる。


Cさん「やりました、でっかいウニ、二個とってきました」


   竜の頭が火を噴く。

   暗転。

   舞台端の一郎、次郎、丸い座卓に座っている。

   二人にスポットライト。

   二人が闇に浮き上がる。


一郎「どうかね。今回の話は」

次郎「繰り返しがきつくなってきたな」

一郎「やはりそうか」

次郎「間違いなくきつくなってきた」

一郎「そうか」

次郎「残念だ」

一郎「なんとか、老婆の変身を浄瑠璃の早変わりのようなイメージでだしたのだが」

次郎「そうだったのか。あの変わり方は浄瑠璃人形の鬼婆に変身するイメージだったの   か」

一郎「そうなんだよ」

次郎「そうだったのか。教養が足りなかったな」

一郎「残念だ」

次郎「すまん」

一郎「いや、いいよ」

次郎「すまん」

一郎「いや」

次郎「すまん」

一郎「いや」

次郎「すま・・。いかん。これこそが繰り返しに陥ってしまっている」

一郎「だめだ。こんなことでは」

次郎「いかん。駄作の罠に陥ってしまうぞ」

一郎「抜け出さなくては。どうしたらいいだろう」

次郎「哲学的な話で続けてはどうだ。繰り返しは安心感を与えるが、同時に感覚的な満   腹感を与えてしまう。よって、反復はお腹一杯なんだ」

一郎「どうだろう、話を進めては」


   暗転。



   第三幕・第二場



   静寂と暗闇。

   フクロウの声が響く。

包丁を研ぐ音がかすかに聞こえる。

   血のように赤い、小さな火だけが見える。

   雲がきれ、星の明かりが差し込んでくる。

   星明かりが増すたびに、包丁を研ぐ音が高まる。

   うっすらと、あばら屋が浮き上がる。

   あばら屋の中のいろりとついたてが浮き上がる。

   血のように赤い小さな火は、いろりのおき火である。

老婆、あばら屋の中でゆっくりとゆっくりと包丁を研ぐ。

鳥の飛び立つ音が響く。

   Aさん、Bさん、Cさんがよろめき歩いてくる。

   老婆、包丁を研ぐ手を止め戸口に耳をあてる。


Aさん「よかった。家だ」

Bさん「あー。本当だ」

Cさん「助かった」


   三人、よろめき家に向かい歩く。

   戸に手をかけようとすると、

   老婆、ゆっくり戸を開ける。


老婆「これはこれは、お困りのようだね。さあさあ中に入りお休みなさい」

Aさん「ありがとうございます」

Bさん「助かりました。ありがとうございます」

Cさん「よかった。本当にありがとうございます。ありがとうございます」


   三人、あばら屋に入りいろりに手をかざす。


老婆「ここは冷えるからね。さあ、さあ、暖まりなさい」


   その言葉と共に、眠りだす三人。

   老婆、三人の様子をうかがい、ゆっくりと包丁を研ぎはじめる。

   包丁を研ぐ音だけが、夜に響きわたる。

間。

   Aさん、目を覚ます。


Aさん「おばあさん、その包丁はなぜ研いでいるのですか」


   その声に、Bさん目を覚ます。


Bさん「おばあさん、どうなさったのですか。なぜ包丁を研いでいるのですか」


   その声に、Cさん目を覚ます。


Cさん「みんなどうしたのですか。 ・・おばあさん。どうして、どうして今、包丁を研   いでいるのですか」

老婆「これかい。これはね、お前たちを喰うためだよ」


   老婆、髪の毛が天井まで逆立ち夜叉となる。


Aさん「おわー」

Bさん「ひー」

Cさん「ぎゃー」

老婆「(狂ったように笑い)アーハッツハ。助かりたいなら村にいって、何でも喰えるも   のとってこい」


   三人、一目散に、駆け出す。

   フクロウが鳴く。

   輝く夜空の星。

   間。

   Aさん、よろめきながら帰ってくる。


Aさん「とってきました。唐辛子一握りとってきました」

老婆「ようし、それを、一口で食べてみろ」

Aさん「ひー」


   Aさん、ついたての蔭に飛び込む。


Aさん(声)「唐辛子つぶさないように、つぶさないように。はふっー」

老婆「ようし。助けてやろう」


   Aさん、脱兎のごとくついたてから跳びだし逃げる。

   老婆、包丁を研ぐ。

   フクロウが鳴く。


Bさん「とってきました。とれたてのキュウリ六本ですぅ」  

老婆「よーし。それを一口で食べてみろ」

Bさん「ひー、とれたてのとげとげがー」


   Bさん、ついたての蔭に入る。


Bさん(声)「よーし、よーし、うーんもう少し・・・うーぷぷぷ、あーはは」


   Bさん、大笑いしながらついたての蔭から跳びだしてくる。

   Bさん、笑い転げ、大笑いして、戸口から出て行く。

   老婆、包丁を手に持ち、戸口から外に出る。

   老婆、大きく包丁を振り上げ、

   振り下ろす。

   夜空が切れて、光りが溢れる。

   舞台が光りに包まれる。

間。

   光りの中に雲があらわれる。

   雲の上に立つ、老人とBさん。


老人「これ、これ。あと少しで命が助かったのに、。どうしてキュウリを出してしっまっ   たのだい。取れたてのとげが痛かったのかい」

Bさん「ぷっ、はい。じつは私の後からきたCが、にこにこしながら大喜びで首に大きな  蛇を巻いてきたのが見えたんです」   


   暗転。

   大雨の音。

   雷と稲妻。



   第三幕・第三場



   一郎、次郎、丸い座卓に座っている。

背景は一面の青。

次郎「いいねぇ」

一郎「いいだろう」

次郎「普通のコメディーだと登場人物に最後まで話をさせるが、いいねぇ」

一郎「よいかい」

次郎「あぁ。とてもよいな」

一郎「よい感じかな」

次郎「セリフではなく想像で終わらせるのが、とてもよい」

一郎「そうだろう。ちょっとひねってみたんだ」

次郎「だが、コメディーとコントの定義はどのように解釈しているのか」

一郎「その解釈は、後にしよう」


   背景が変わる。

   七色の虹と青い空。


次郎「でも、竜の頭は本当に必要だったのかい」

一郎「必要はない。あれは、少し笑いのタイミングをとりたかったから置いてみた」

次郎「やはり、そうか」

一郎「あとは、大道具のやる気を出させるためだ」

次郎「なるほど」

一郎「本当は竜の頭など必要はない」

次郎「うん。確かに途中から火の勢いがなくなったし、ライトも当たらなくなったからね」

一郎「そうなんだよ、さすがだね」

次郎「ところで、上演時間は考えているのかね」

一郎「もちろんだ」

次郎「どんな感じだ」

一郎「この芝居はいくらでも伸ばせる」

次郎「なんだって」

一郎「君や私が演技を変えればよい」


   間。

   瞬間。

   背景が一面の黄色となる。


次郎「そうか。確かに演技を変えればよい」

一郎「そうなんだよ」

次郎「本当だ。確かに演技とセリフと間を変化させると、時間はのびるのだな」

一郎「そうだとも。これができるのは、・・・・・役者に演技力が必要となる」

次郎「そうなんだ。・・つまり我々はその素質があるわけだ」

一郎「あぁ、確かにこの芝居は難しい」

次郎「本当か。ただの昭和の芝居だと感じるがな」


間。

   瞬間。

   背景が一面の赤となる。

   黒子が大勢巻物を持ち並んでいる。

      

次郎「どうしたんだ。黒子を出して」

一郎「すまん。この芝居の終わり方が解らない」

次郎「なんだって」

一郎「最後にどうやってクライマックスを持っていけばよいのか解らなくなった」

次郎「そうか、それで背景に浮き出す黒子を出したか」

一郎「視覚にうったえた」


   黒子たち巻物を開く。

   巻物に「終わり」の文字。


一郎「これで終了だ」

次郎「あぁ、確かに」


   幕が閉まり始める。


一郎「芝居もおわりだな」

次郎「ああ、芝居も終わりだ」


   竜の頭が小さく火を噴く。

   舞台に時計の音が流れる。


一郎(声)「苦笑いだな。昭和の芝居の雰囲気から抜け出せないな」

次郎(声)「寺山修司の世界だな」

一郎(声)「おい、それなら幕は閉めないな。幕開けてくれるかな」

次郎(声)「作家はそれでよいのか」

一郎(声)「かまうな」


   幕、開き始める。

   一郎、舞台に出る。

   次郎、つづいて出る。


一郎「前列で、インスタグラムやってる人、はい。舞台に上がって写真を撮って、シェー   ってポーズして。送信。・・・・座っている人は舞台の人の写真を撮って送信」

次郎「はいはい、一列で急がない。ここで事故をこさないでね」

一郎「舞台から写真とったことないでしょう。いいね。はいはい。携帯の電源入れていい   ですよ。撮った方は降りましょうね。はいはい、足元気をつけて」

次郎「では、警備の方。しっかり整列させてください。お願いします」

   

   警備員、舞台に上がり、整列させる。


一郎「では、警備員さん、皆さんをよろしくお願いします」

警備員「無責任じゃないですか」

一郎「はい。そのとうり」

次郎「無責任男なんですよ」

一郎「では、みなさんもよろしくお願いします。あーはは」

次郎「笑って笑って、笑いヨガ。知ってるかな。あーはは。写真とって送ってね」

警備員「はい、しっかり並んでください。急がないで、ゆっくり時間はありますからね」


   幕が開く。

   時計の音がゆっくりと流れる。



  終わり





























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