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異世界恋愛系(短編)

女には絶対に負けられない時がありますの。私の勝ちですわ、お父さま

この作品は、『派手顔だから男好きだなんてひどい誤解です。愛人のお誘いも勘弁してください。面倒くさいので、お飾りの妻になってさっさと引きこもろうと思います。』(https://ncode.syosetu.com/n3127hs/)と同一世界の物語です。


『派手顔だから男好きだなんて~』は、2024年7月31日より一迅社様から発売されている「お飾り妻は冷酷旦那様と離縁したい!~実は溺愛されていたなんて知りません~ アンソロジーコミック2」に収録されております。


少しでも楽しんでいただければ幸いです。

「お母さま、ちょっと聞いてください!」

「聞いてくれ。ヒルダが剣を振り回しながら追いかけてくるのだが!」


 私がお母さまに泣きつくのと、お父さまがお母さまに泣きつくのは同時だった。


 思わずむっとして、お父さまの足を踏みつけてやる。けれどお父さまは、華麗な足さばきで私の攻撃をさらりとかわしてみせた。その上、バランスを崩してすっころびそうになった私を支えてくれる余裕さえある。きいいいいい、そのイケオジっぷりが本当に腹が立つううううう!!!


 悔しくて地団太を踏む私をよそに、お父さまはお母さまに慰めてくれと言わんばかりに抱き着いていた。このふたりは子どもの前だろうが、年中いちゃいちゃらぶらぶしている。そもそも辺境伯がその妻を溺愛しているというのは、この辺りでは有名な話なのだ。お母さまは、「仕方がないわねえ」と言わんばかりの顔で、お父さまの頭をなでなでしている。どうしよう、お父さまに存在しないはずのわんこな耳と尻尾が見えてるんだけれど……。


「婚約者はどうするのだと最近とみにせっついていた娘のために、本気で良い相手を探そうとしていただけなのに」

「だからって、やり方がぶっとびすぎなんです! 今まで『結婚はまだ早い』と却下し続けておいて、いきなりなんですの!」

「俺は、青田買いをして失敗したくなかったんだ」

「なにまともなことを言っている風な台詞を吐いていらっしゃるのやら。どう考えてもおかしいでしょうよ。どうして婚約者を決めるために、舞踏会ならぬ武闘会を開く必要があるのです!」

「お前を任せられる男か確認してから結婚の許可を出したい。それが親心というものだろう?」

「お父さまのわからずや! 脳筋! 何が『自分よりも強くなければ結婚相手として認めない』です。辺境の守護神に勝てる一般人が、そこかしこにほいほいいてたまるもんですか!」


 私が叫ぶと、お父さまはますますお母さまに強くしがみついた。ちょっと何それ、「娘に怒鳴られて怖いよ」「()()()()」アピール? はああああああああ!!! どうして娘に怒鳴られているかは考えないつもり?


 その上、「俺、間違ってないよね? ね? 男親ってこういうものだもんね?」と言いながらきらきらおめめで、お母さまを見上げるお父さま。お母さまはお父さまに甘いけれど、しっかり娘の私のことも見てくれている。お父さまの暴走を無条件に肯定したりなんかしない。困ったように頬に手を当て小さくため息を吐くと、お父さまには見えないように、私に向かって片目をつぶってみせた。うわーん、お母さま。お父さまがポンコツな現在、頼りになるのはお母さまだけなんです。何とぞお助けを!



 ***



「それで、結局どうなったの?」

「見ればわかるでしょう。お父さまの希望通りになったんです!」


 騎士団の訓練所で剣を振り回しながら、私はやけくそで返事をする。私に声をかけてくれた彼は、文官候補のアンドリュー。もともとは王都出身の貴族の三男坊なのだけれど、学生時代に私が引き抜いて辺境に連れてきたのだ。ちなみに剣術そのものは不得意なアンドリューだけれど、分析はかなりうまい。私と話しながらも、びしばしと甘い部分に指摘が入る。


「お父さまのわからずやあああああ」


 絶叫しつつ、的をどんどん斬り捨てていく。涙目になりながらも、相手からの攻撃をかわしつつ、狙っていた的を撃破できるのは、両親の訓練のたまものである。感謝はしないけれど。そもそも、みんな「閣下はお嬢さまには大層甘い」なんて言うけれど、お父さまはかなりの頑固者だ。私のわがまま、もとい意見が無条件で受け入れられたことはないというのに。


「いやあ、すごい身体能力だね。閣下仕込みかな?」

「お父さまは、子ども相手でも容赦ないんです。だって、口説き落としたお母さまとの手合わせで、手加減なしでお母さまを打ち負かすようなひとですよ。正直、ドン引きです」

「夫人はその時なんと?」

「女性として無意味に勝ちを譲ってくるのではなく、ひとりの武人として対等に勝負ができたことが嬉しかったそうです」

「まあ、適度に勝ちを与えつつ、やる気を引き出すのは親ではなく祖父母の役割か」

「王都のひいおじいさまも、相当な脳筋ですわ。『お前の母であるマライアも自分の身を守るために強くなった。ヒルダもとっても可愛いから、心配だ。しっかり自分で自分の身を守れるようになりなさい』って、幼子を騎士団の訓練に放り込むんですから」

「いやあすごい話だ」

「おかげで娘の私も、戦闘民族の血を引いていると思われて殿方から敬遠されてしまうのです」

「ひどいなあ。ヒルダは今さら、僕以外の誰にモテたいの?」

「ちがっ、そういう意味じゃありません!」


 そう、私が彼を引き抜いたのは彼の才能が魅力的だったからだけではない。彼そのものに心底惚れこんでいたからなのだ。まあ、全然清い関係なのですが! 一瞬あはんうふんなことを考えたせいか、手元が狂いかける。いけない、もっと練習に身を入れなくちゃ。


 わたわたと焦りつつ、お母さまの無意味なアドバイスを思い出す。お母さまったら、あんなに自信満々の顔をしておいて。ひどい。


「それにしても、『何が起きても大丈夫なように、剣の稽古をしておきなさい』なんて。そんなことでどうにかなる次元じゃないでしょうに。やっぱりお母さまも、お父さまの味方なのかしら」

「どういう意味だろうね」

「さっぱりわからないの。そういえば、あなたへの伝言も頼まれましたわ。『参加前にルールを熟読しておくように』って。どちらも当たり前のこと。もう本当に無意味でしょう?」

「いや、非常に有益なアドバイスだよ。勝負事はまずルールを確認することから。正論だ」

「は?」


 お母さまから預かった大会規約を渡せば、アンドリューは神からの授けもののように恭しく受け取った。そのまま、目を輝かせながら読み込んでいく。どうしましょう、彼の考えがわからない。もしかしてやっぱり私も、脳筋夫婦の娘ってことなのかしら?



 ***



「これは困ったな」

「本当にとんでもないことになりましたわね」


 お父さま肝いりの武闘会の会場は、辺境伯領でも魔境と言われる国境沿いのとある山の中だった。お父さま、参加者がたったひとりになるまで、生き残りを賭けて争わせるつもりなのかしら。うっかり国境を越えたら死、うっかり魔物の巣に踏み込んだら死、うっかり崖から落ちたら死、うっかり谷底に落ちたら死、うっかり川に流されたら死。罠しかありませんが、ここ。


 ちなみに、どんな理由であれ下山した段階で婚約者になる資格は失うそうだ。大会規約に書いてあった。お父さまは、私の相手を見つけるつもりはないのかもしれない。いくら娘が可愛いとはいえ、嫁き遅れを自ら作るなんて正気なのだろうか。木の上に隠れながら、私はため息をついた。想像していたこととはいえ、お父さまのやり方はやはりえげつない。


 まあ確かに、辺境伯領に住み、その家族になるということは実際そういうことなのだ。ただの地位目当てで来たような人間は、この土地では暮らしていけない。死んでもいいほど、この土地が好きか。死んでもいいほど、私が好きか。そのどちらか以外の人間は、生き残れない。こちらが手を下すまでもなく、脱落していく。


 それでも時々は、意外なほど骨がある奴が出てくる。あ、あいつはお母さまの周りを昔からちょろちょろしていた奴! ははあ、私と結婚したらお母さまにお近づきになれると思っているのね。馬鹿め。そうは問屋がおろさないわ!


 木から木へと飛び移っているおかげで、匂いも残りにくい。死角から狙えば、顔馴染みの男は一瞬で昏倒した。大丈夫、出血とかしないから! 魔物除けもつけているし、ちょっと失神している間に虫にたくさん刺されることはあるかもしれないけれど、訓練がてらお父さまの部下たちが捜索に出てくれるらしいから。夜には家に帰れると思うよ。頑張ってね! 一応目印をつけて、私はその場を後にした。その後もアンドリューの援護をしつつ、敵を倒していく。


 そうして周囲の参加者たちはひとり減り、ふたり減り、残すは私たちふたりだけになった。もう、そろそろかな。いいよね? アンドリューと目くばせを交わしながら、私は力を抜く。


「この気配、やはりヒルダだな」


 気配を隠すのをやめた途端に、お父さまに見つかった。でもこの言い方だと、もっと早い段階から私の存在はバレていたみたい。ちぇっ。もうちょっと修業を積まなくちゃね。



 ***



 私の姿を確認したお父さまは、厳しい声を出した。


「いくら何でもありの武闘会とはいえ、替え玉受験は認めていない」

「替え玉ではありません。私は、私の婚約者を決めるための試験に、自ら参加しただけです。私自身の婚約者を決める場に、私の意志が反映されないなんておかしいでしょう? 武闘会での規約には、婚約者を選定される私本人の参加は許可しないという旨の言葉は書かれていませんでした」


 私はアンドリューと熟読した規約をお父さまの目の前に突きつける。擦り切れるまで読み込んだのだ。変な言い訳なんて許さない。ちなみに途中で書類や規約が改ざんされることがないように、王都にお住いの母方のおじいさまにお願いして、書類の控えもばっちり確保済だ。


「主役であるお前が、特定の相手が勝つように便宜を図ることは平等とは言えないだろうが」

「私自身の参加が制限されていなかったように、参加者同士が共闘することも制限されていません。その上単独では、この山で生き残ることすら難しい。お父さまは、そもそも個人の強さだけではなく、周囲の人間をまとめ上げる力を持つかどうかも確かめたかったのではありませんか?」


 ぐぬぬとお父さまが口をつぐむ。私たちは、不正なんて行っていない。むしろ私たちほど、大会規約を読み込んだ参加者はいないと思う。意外と、ルールを斜め読みしている参加者も多いのだ。本人たちは気がついていないだろうが、中には即時失格相当の違反者もちらほら存在している。本人たちにわざわざ教えてあげるつもりはないけれど。


 私たちはルールの穴を探しながら、何とか自分たちの勝負に持ち込めないかを探り続けた。そこで見つけたのが、私が露払いをする形で彼を守りつつ、最後の一騎打ちは彼に任せるというやり方だったのだ。というか、お父さまにはちゃんと感謝してもらいたい。お父さまの名誉を守るために、あえてここには私たち三人だけしかいないように動いたのだから。


「それならば、最後まで正体を隠して、俺と戦えばよかっただろう?」

「それには及びません。私の愛するひとは、お父さまにちゃんと勝てますわ」

「ここまでお前に守ってもらったというのに?」

「ひとには得意不得意がありますもの。お父さまに話を聞かせるような流れに持ち込めた時点で、私たちの勝ちですわ」

「何を言っているのやら」


 お父さまが呆れたように肩をすくめる。その姿を見ながら、私は唇の端が上がるのを堪えることができなかった。逆にアンドリューは、少しばかり緊張しているようだ。まあ、一世一代の大舞台。ここが勝負の勘所なのだから、当然と言えば当然か。ゆっくりと彼がお父さまの前で礼を執る。そして剣を構える代わりに、見張り台の先を指さした。


「何だ、よそ見をさせて狙うつもりか?」

「まさか。ただ、閣下に少々見ていただきたいものがあるだけです」

「くだらん」

「さようでございますか。それは残念です。夫人には喜んでいただけたのですが」

「ちっ」

「ちょっと、お父さま」


 彼の反応が気に喰わなかったのか、お父さまが盛大に舌打ちをする。それでもしぶしぶながら、お父さまは見張り台の上に立った。ここは軍事拠点になっているだけあって、領内がよく見渡せる。


「はあ、一体なんだ。ここから突き落とすぞという脅しか?」

「そんな野蛮な真似はいたしませんよ。ただ、目の前にある光景を見ていただきたいなあと思っているだけですので」


 そこで、お父さまの顔が一気に鋭くなった。ちょっと待ってよ。お父さま、あなた手に持っている単眼鏡、使っていないでしょう? まさか肉眼で、街を楽しそうに歩くお母さまと特別なお客さまを見つけたっていうの? えええ、引くわ。それはちょっと……いいえ、ドン引きだわ。


 私の目からは、お母さまの姿は確認できない。ただ街がうっすら見えるかなあ?というくらい。ただ、お母さまが楽しそうに過ごしているのだろうなあというのは想像がついた。たぶん歌ったり、踊ったり、距離も近めなんだろうな。お母さまってそういうの、全力で楽しむひとだし。


「……あれは、貴様の仕業か」

「夫人には、大層感謝されました」

「お父さま、今回の件も規約違反ではありません。お母さまに危害は加えておりませんもの。贈り物も、賄賂としてみなされない範囲は好きにして構わないとなっております」

「俺の心に危害が加えられているのだが」

「それはお父さまが、こんな大規模な見合いもどきを行うからでしょう。自業自得です」


 結局、何よりもお母さまが大切なお父さまは、血の涙を流しながら下山していった。「下山をした場合、どんな理由であっても失格」と規約に明記していた以上、お父さまのひとり負けだ。


 お父さまの愛馬は、「まったく、しゃーねーなあ。ちょっぱやで行ってやんよ。ちゃんとつかまってろよ」と言わんばかりに鼻を鳴らすと、あっという間に走り去っていく。王都のお利口でお上品な子とは違って、やんちゃなじゃじゃ馬っぷりが可愛らしい。


「お母さま、大丈夫かしら」

「僕はどちらかというと、閣下の嫉妬を向けられることになる客人の方が心配なのだが」

「大丈夫です。お母さま、腕っぷしは相当なものですから。嫁いだときにお父さまにこてんぱんにやられた結果、さらに剣術の稽古に磨きをかけたのは有名な話ですもの。体術も相当なものですから、お父さまに回し蹴りをかましてでも客人を守ってくださること間違いなしですわ」


 それにさすがのお父さまも、客人を前にすれば気が付くはずだ。「三角関係のもつれにより夫が逆上、相手を……」なんてことにはならないはずだ。たぶん。ならないよね?



 ***



 万が一に備えて大慌てで追いかけたものの、本気のお父さまに追いつくはずもない。私たちが街に到着した頃には、すっかりひとだかりができていた。


 一見すると、嫁と間男による浮気現場を押さえた怒り心頭の夫なのだけれど、それにしては街のみんなはにこにこしている。お母さまはあらまあと言って頬を押さえつつもやっぱり笑っているし、お客さまなんかお仕事用の笑顔を越えて本気で楽しんでいる。まあ、そりゃあそうでしょうとも。サイン会が始まらないのは、ただひとえに辺境伯であるお父さまがすごい顔をしているから。


「あら、ヒルダの婚約者はもうお決まりに?」

「あなたは知っていたんだろう? ヒルダには最初から心に決めた相手がいたことを。あんな風にふたりで助け合っている姿を見せられて、俺が最後まで反対できるわけがない」

「あなただって、気がついていたくせに。素直にふたりの仲を認めてあげないから、こんなことになるのよ。それで、本音は?」

「マライア、あなたの隣に立っていいのは俺だけだ!」

「まあ! 熱烈な台詞ですこと」


 ころころと笑うお母さま。さすがですわ! 脳筋にもかかわらず、男をたぶらかす悪女という噂が流れたのもよくわかる妖艶さです! かつてどころか、今でも変な噂が出回っていたりするし。美女も大変だ。


 まあ実のところお母さまは猪突猛進、一途で素直な性格なので、全部ただの周囲の勘違いなのだけれど。まあ、お父さまはお母さまの手の上で転がされているから、お父さま限定の悪女と言えなくもないかな?


「まったく、どうしてこんな辺境に王都の看板役者がいるんだ」

「この方が俳優だってご存じでしたの?」

「ヒルダに見せてもらった。クローゼットに密かに隠し持つほど、こいつに惚れこんでいると?」

「まあ、ヒルダったら!」


 お母さまが、可愛らしく私を睨んでくる。お母さま、勝手にクローゼットを漁ってごめんなさい! あ、お母さまの目が笑ってない。一気に周囲は氷点下。これは、早朝木剣素振り千本がしばらく続くわ。死ぬ。


「この方には僕からお声をかけました。僕の一族は武に秀でてはおりませんが、人脈と策略にはほどほどに長けておりますので」

「『ほどほど』などと謙遜されても逆に鼻につく。はあ、我が娘もとんでもない男を引っ掛けてきたものだ。家名を聞いてまさかとは思ったが」


 やはりお父さまも、アンドリューのご実家のことはご存じだったらしい。まあ国防の最前線である辺境伯を野蛮な田舎者と軽蔑する王都の貴族の中で、こちら側に好意的な非常に珍しい方々なのだ。いくらお父さまが中央の政治に興味がなかったとしても、彼らの名前くらいは耳に届いていたようだ。


 憎々し気に客人を見つめるお父さまの視線に気が付いているはずなのに、お客さまはあくまで穏やかに微笑みかけてくる。もうお父さまったら、本当に心が狭いのだから。だからお母さまが、俳優の姿絵をいちいちクローゼットに隠してしまうのよ。お父さまに泣かれると面倒くさいから。説明するまえに大騒ぎするものね。


「今回は、お招きいただきありがとうございます」

「はっ、俺は招いたつもりなど一切……うん?」

「どうかされましたか?」

「いや、声が……。それに、その肩幅に身のこなし。絵姿では気が付かなったが、もしや」


 あら、お父さまったら気が付いたみたい。まあそりゃあそうか。絵姿ならともかく、対面ともなれば武術の達人には隠しごとなんてできやしない。まったく、面白くないわね。そう、彼女は新進気鋭の舞台俳優なのだ。ただひたすらに麗しい彼女が周囲に手を振ると、黄色い悲鳴が辺り一面に響きわたる。その隣で、お父さまががっくりと地面に膝をついた。本気の早駆けでここまできたしっぺ返しが膝に来たのね、きっと。


「……俳優と聞いたら、男だと思うだろうが」

「お父さまったら。最近は、男性も女性もどちらも俳優と呼ぶのですよ」


 役者の呼称を「俳優」「女優」と分けていたのは、以前の話。とはいえ、王都でも若い世代でなければ「女優」という言葉はまだまだ現役だ。辺境に住む、あまり演劇に興味がないお父さまが知っているとは思えない。だからこそ私たちは、お父さまの嫉妬をあおる形で、勝負を放棄させたのだった。それに、好きな相手がいるのにあんな武闘会を開かれたことへのちょっとした意趣返しだ。


「なるほど。これが君の戦い方か」

「閣下、申し訳ありません。ですが、体力や剣技では僕があなたに勝つことは難しいでしょう。真っ向勝負で挑むことだけが、戦いだとは僕は思いません。泥臭くともいい。みっともない勝ち方であってもかまわない。どんな流れを辿ったとしても、最後に勝った者が笑うのです」

「女には絶対に負けられない時がありますの。私の勝ちですわ、お父さま」

「確かに俺の負けだよ」


 私たちの言葉に、お父さまはお母さまを抱き寄せて楽しそうに笑い出したのだった。



 ***



 ちなみに婚約後、お父さまとアンドリューは大変仲良くなった。そう、仲良くなったのはとても嬉しい。とても嬉しいのだが……。


「なるほど、そんな噂が王都に」

「そうなのです。武力で叩きのめしても良いのですが、おしゃべり雀はあちこちにおりますから。ここはぜひ、このような形で」

「ああ、これは面白いな。せっかくならば、こちらからここを叩くのは?」

「やはり! 閣下ならそうおっしゃっていただけると思っておりました。では、こちらの書類をご覧ください」


 どうしよう、ふたりが国家転覆を企てているようにしか見えない。爽やか系美男子だったはずの婚約者が、腹黒そうな笑みを浮かべている。これ絶対、お父さまから伝染したでしょ! お母さまに助けを求めようとしたところ、にこにことふたりを眺めていた。


「懐かしいわあ。昔、『王冠が欲しいとねだってくれればその望みを叶えてやるのに』と言われたことがあるのよ」


 不敬! 不敬だから! っていうか、やっぱり全然気のせいとか、考えすぎじゃなかったし! あの会話、やっぱりそういうことじゃん。


「大丈夫よ、あなたがそれを望まなければ変に押し付けてくることはないから。面倒くさい相手がちょいちょい間引かれてはいるかもしれないけれど。まあ、害はないから」

「それって、害はないって言えるのですか!」

「たぶん? っていうか、害虫がのさばってても邪魔なだけだし、いいんじゃない?」


 武力ならピカイチのお父さまに、策略なら任せろの婚約者。でも、私の望む生活は、穏やかで平凡なごくごく普通の生活なの。みんな、わかってる?


「ほら、備えあれば嬉しいなって言うでしょ?」

「それを言うなら、備えあれば憂いなしです!」


 ひとまず、あの謎の陰謀を止めるべく、書類の山を片付けるところから始めようか。どんなに面倒くさい仕事でも、その先に愛するひとの笑顔があれば頑張れるものなのだから。

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「お飾り妻は冷酷旦那様と離縁したい〜実は溺愛されていたなんて知りません〜2」(一迅社 2024年7月31日発売)に、『派手顔だから男好きだなんてひどい誤解です。愛人のお誘いも勘弁してください。面倒くさいので、お飾りの妻になってさっさと引きこもろうと思います。』が収録されております。よろしくお願いいたします。 バナークリックで活動報告に繋がります。
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