71.夜空を見上げるフリして
「みんなそろったな」
夕刻。
日暮れ前。
クラス委員長の大石雄馬が二年一組の面子を見回す。
今日は、雄馬の提案で流星群を見るため、学校裏の山の麓に集まっていた。
今から山の中腹にあるキャンプ場まで歩く予定だ。
「よし、出発だ」
みんなが「おー」と答えて山を登り始めた。
倫行と希世子も歩き出す。
勇美は来ていない。
人食い姥がいると信じているので怖がってこなかった。
山道は、土がむき出しで左右は森に挟まれているが、ならされていて歩きやすい。
希世子は、薄暗くなってきた山道の最後尾をハイキング気分で歩いていた。
すると突然強風が吹いた。
「キャッ」
希世子のスカートの裾が翻って低木の枝に引っかかった。
「ヤダ、もう」
希世子がスカートを枝から外そうとした。
しかし、取れない。
「みんな……」
待ってと声をかけようとしたが、スカートが引っかかり太ももが剥き出しになっていたため躊躇した。
「だったら」
枝を折った。
だが、ぐにゃりと曲がっただけだった。
幹から千切れない。
「この、外れてよ」
とやっているうちに、みんなの姿は見えなくなってしまった。
秋の日は釣瓶落とし。
あっという間にあたりが暗くなっていく。
「そんな……」
希世子が途方に暮れる。
そこへ、
「三上!」
ハンドライトを照らして誰かが戻ってきた。
「佐藤君!」
希世子は、声ですぐに気づいた。
「どうし……わっ、すまん!」
倫行がすぐに顔を背けた。
ライトに照らされた希世子の白い太ももが視界に入ったからだった。
「いいの。それより、スカートが枝に引っかかってしまって」
もう恥ずかしがってもいられないので助けを求める。
「む、スカートが?」
倫行ができるだけ足を見ないようにして、スカートの引っかかっている枝を確認し、刃状になっている石を探してきて枝をギコギコ切った。
スカートがようやく下ろされた。
希世子がホッと安堵の息を吐き、
「ありがとう、佐藤君」
「いや、気にするな」
まだちょっと照れている倫行。
「じゃあ、行こう」
ライトを手に先導する。
「ええ」
二人は、再び山を登りだした。
「私がいないこと、気づいてくれたのね?」
「女子が、後ろにいたはずの三上がいないって言ってな」
「そう」
倫行が気づいたのではないことが少し残念な希世子。
「それを聞いて急いで戻ってきた」
しかし、すぐに行動してくれたことは嬉しかった。
「私、佐藤君に助けられてばかりね」
希世子は、ふとこれまでのことを思い出した。
気分が悪くなった時、足を挫いた時、そして今。
「まるで、ヒーローみたい」
希世子が倫行の頼もしい横顔を見つめた。
「ヒーロー……」
倫行が言葉の響きを確かめるように口にした。
「どうかしたの?」
「……実は俺、ヒーローに憧れててさ」
「うん」
「子供の頃テレビで見た正義のヒーローに憧れてて、今も憧れてる」
「そうなのね」
「……笑わないのか?」
意外そうな顔の倫行。
「笑うところあったかしら?」
希世子は、真面目な顔で首を傾げた。
「いや、まぁ、ないけど」
倫行がモゴモゴ返事をした。
「でも、現実に正義のヒーローなんていないのは、さすがにわかってる。だから将来、正義のヒーローは無理でも、人助けの仕事に就きたいんだ」
「素敵な目標ね」
「ありがとう」
「あ、森を抜けるわ」
山道沿いにあった木々が途切れ、頭上を覆っていた木の葉がなくなった。
空を見上げる。
満天の星空だった。
光害が少ないため、飛沫のように散りばめられた星々の光が夜空に広がっていた。
「すごいわね……」
「ああ、驚いた……」
二人して、口を開けて星空に見惚れた。
「……佐藤君」
「ん?」
「あなたならなれると思うわ」
「なれるって?」
「きっと佐藤君は、将来たくさんの人を助ける。そしてみんながあなたにこう言うの。『君はまるで正義のヒーローだね』って」
「俺が……正義のヒーロー……」
「佐藤君は、正義のヒーローになれる。何度も助けられた私が保証するわ」
星明かりの下、希世子が倫行に微笑みかけた。
倫行は、瞬きも忘れて希世子を見つめた。
「それにしても、夜空がこんなにも綺麗だったなんて、毎日見ていたのに知らなかったわ」
希世子が両腕を広げて星空を仰いだ。
「……ああ……毎日見ていたのに……本当に……」
倫行は、上の空のような声で呟くように言った。




