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64.白馬のフリして

 朝の通学路。

 希世子は、歩道に落ちていた大きめの石に気づかず踏んづけてしまった。


「痛っ」


 ぐにゃりと足首を捻った。


「いたたた……」


 電柱に寄りかかり、足首をそっと動かしゆっくり地面を踏んで怪我の程度を確認する。

 捻挫や骨折ではなさそうだが、痛みが引くまでしばらく歩けそうにない。


「仕方ないわね」


 希世子は、スマホを取り出して電話をかけた。

 プルルと一回鳴って、


『もしもし』


 すぐに担任の朝田千鶴が出た。


「三上です。実は今、足を挫いてしまいまして。……はい、大丈夫です。それで、動けるようになるまで、コンビニのベンチで休ませてもらおうと思います。ですので、遅刻します」


 連絡を終えて希世子は電話を切ると、ヒョコヒョコ歩いて移動し、コンビニの店員に断ってから店の前にあるベンチに腰を下ろした。


 秋の気配を感じられるようになってきた街並み。

 希世子が、登校する生徒たちをぼんやりと眺める。


 怪我をして動けない自分に対して、笑って歩いているみんなの姿を見ていると、感傷的な気分になってきた。


「こんな時、白馬に乗った王子様が……」


 センチメンタルな感情につられて、子供の頃に憧れた童話の登場人物に思いを馳せた。


「いないわよ、フフフ」


 希世子は、子供っぽい妄想をした自分を笑った。


 そこへ、猛スピードで自転車が走ってきたかと思うと、希世子の前でキキーーーッと甲高いブレーキ音を響かせて止まった。

 運転手が自転車を降りる。


「三上っ、無事か!?」


 倫行だった。

 希世子は、突然の倫行の登場に目を丸くして驚いた。


「三上?」


 覗き込むように自分のことを見てくる倫行に希世子が目をパチクリさせた。


「……どうして佐藤君が?」


「今日日直で、ちょうど先生のとこにいて、電話聞こえたんだ」


「それでわざわざ来てくれたの?」


「わざわざというほどでもない。クラスのやつに借りた自転車で来たしな」


 倫行は、乗ってきた自転車のサドルをポンポンたたいた。

 それは、白い自転車だった。


「……白い馬……白い自転車……プッ、アハハハ」


 さっき考えていたことを思い出し、希世子が口元を手で隠して大声で笑った。


「何だ?」


 倫行がキョトンとしている。

 それがおかしくて、希世子はまた笑った。


「それで、怪我は? 痛みは?」


「フフフ、ええ、大丈夫。しばらく動けないけれど」


「だったら後ろに乗ってくれ。学校へ行こう」


 倫行が自転車の荷台へ誘った。


「え? 二人乗り? いいの?」


「うむ。三上を乗せてもスイスイ走れるぞ」


 交通ルール的にいいのか、という意味だったが、


「(せっかく佐藤君と二人乗りできるんだし)」


 ということで、希世子は、それ以上言うのはやめた。


「よろしく」


 希世子が荷台に横座りする。

 倫行も自転車に跨り、


「では、出発!」


 漕ぎ出した。


「来てくれてありがとう」


 まだお礼を言っていなかったことを思い出し、希世子が感謝を口にした。


「これくらいいいさ」


「……あなたは、どれだけ私の心を奪うつもりなの、王子様?」


 小声で背中に尋ねる。


「何か言ったか?」


 向かい風で聞こえていない。


「私、二人乗りって初めてって言ったの」


「そうか。む、遅刻しそうだ! 飛ばすぞ!」


 倫行がペダルを強く踏んだ。


「キャッ」


 驚いた希世子が倫行のカッターシャツを掴んだ。

 自転車がぐんぐんスピードを上げる。

 風景が後ろへと流れていく。

 歩く生徒たちを次々と追い抜いていく。


「アハハハッ」


 無性に楽しくて、希世子は笑った。

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