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60.壁ドンなフリして

 体育の授業中。

 女子はバレーをしていた。


「まだまだ暑いわねぇ」


 休憩中の希世子が手で自分を扇いでいると、そばからドンッと壁を叩く音がした。

 何事かと希世子がそちらを見れば、勇美が女子の一人に詰め寄って、


「逃がさねぇぞ」


 と相手の目を見つめて脅していた。


「勇美っ、何してるの!?」


 希世子があわてて止めに入る。

 脅されている女子が希世子へ顔を向けた。


「えへっ、えへへへへへっ」


 恍惚の表情だった。


「……なぜ?」


 希世子は、わけがわからなかった。


「壁ドンしてくれって言うからやってたんだよ」


 勇美が説明した。


「壁ドンって、あの?」


「あの」


「『逃がさねぇぞ』っのは?」


「そう言ってくれって注文された」


「すごい威力だったわぁ……」


 壁ドンされた女子がとろけた顔のまま感想を述べる。


「実際、壁ドンどんなもんよって思ってたけど、半端ないわ。もう好きにしてってなる。相手がイケメンだととくに」


「あたしは女だよ!」


 勇美が抗議した。


「そ、そんなに?」

「ね、ねぇ勇美、私にもやってくれない?」

「私も!」


 女子が勇美に群がる。

 壁ドン待ちの列ができた。


「そんなに良いものかしら」


 希世子は、半信半疑だった。


「ふぅ、喉が渇いたわね」


 希世子は、外の手洗い場に行くことにした。



 ……



「三上」


 手洗い場に着くと倫行がいた。


「(ラッキー)佐藤君、何してるの?」


「暑いんで水を飲みにきた」


「私もよ」


 希世子が倫行の横に並ぶ。

 すると、倫行が、


「あ、三上、蚊がいるぞ」


 希世子の頭辺りを見て言った。


「え? あっ」


 蚊が希世子の顔の正面を飛び回る。


「もうっ、このっ」


 希世子は、顔の前で手を払いながらだんだん後ろへ下がって壁に背をくっつけた。

 そこへ倫行が希世子へ迫り、壁にドンッと手をついて蚊を捕らえた。

 希世子の肩がビクリと跳ね上がった。


「逃げられると思ったか」


 倫行が希世子の耳元で蚊に向けて言った。

 希世子の背筋がゾクゾクとした。


 倫行が壁から手を離した。

 蚊は、プ〜ンと羽音を鳴らして飛んでいった。


「まだ生きてたのか!? 待て!」


 倫行が蚊を追いかけて行く。

 希世子は、壁に背を預けたままズルズルとその場に尻餅をついた。


「もう好きにして……」


 顔がとろけていた。

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