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38.散歩のフリして

「清丸、シットダウン!」


 希世子が指示を出す。


「ワン!」


 清丸がおすわりした。


「清丸、ステイ!」


「ワン!」


 じっと待つ。


「清丸、ゴー!」


「ワン!」


 希世子がゴムボールを投げると清丸が走り出し、口でキャッチした。

 ボールをくわえた清丸が希世子の元へ戻る。


「いい子ね、清丸」


「ワンワン!」


 希世子に頭を撫でられ、清丸が嬉しそうに吠えた。


 日曜日の昼下がり。

 希世子は、清丸と河川敷に来ていた。

 清丸とは、以前希世子が拾った子犬の名前である。

 茶色い毛並みで、柴犬っぽい見た目の雑種のオス。

 体は、すっかり成長してほぼ成犬サイズになっていた。


「清丸、次の訓練よ」


「ワン」


「佐藤君が来たわ」


 希世子が倫行に見立てた石を指さした。


「ワンワン!」


 清丸は、その石の周りをはしゃいだフリをして走り回った。


「次。佐藤君の飼ってるワンコが来たわ」


 希世子が同じ石を指さした。


「ワオーンワオーン」


 清丸は、じゃれるように石に体をこすりつけた。


「完璧だわ、清丸」


「ワン!」


 希世子に褒められてドヤ顔の清丸。

 何をやっているかというと、倫行と倫行の飼っている犬と仲良くなる訓練だった。


 学校で犬の話になった時、倫行が「俺も犬を飼ってるんだ。今度一緒に散歩しないか?」と言い出し、希世子はすぐさまオーケーして今日ここで待っているのだ。


「(将を射んとすればまず馬から。佐藤君のワンコを清丸と私にメロメロにさせて、佐藤君自身もメロメロにするのよ)」


 という作戦だ。


「清丸、もう一度よ」


 希世子が念を入れて訓練する。

 そこへ、


「すまん、待たせた」


 倫行がやって来た。

 白毛の柴犬と一緒だった。


「おお、大きくなったな」


 倫行が清丸の姿に驚く。


「名前は清丸だったか?」


「ええ。その子が佐藤君のワンコ?」


「ああ。名前はマシュマロ。柴犬のメスだ」


「可愛いわねぇ」


 希世子は、マシュマロの愛らしさを褒めつつ、


「(清丸、ゴー)」


 アイコンタクトを送った。


「(ワン)」


 清丸が心の中で返事して、


「ワンワン!」


 倫行の周りをはしゃいだ様子で駆け回った。


「どうしたんだ清丸、突然。ハハハ」


 倫行が喜ぶ。


「(グッドよ、清丸)」


 希世子が視線で褒める。


「(次は、マシュマロよ)」


「(ワン)」


 清丸がターゲットをマシュマロに変えた。

 近づき楽しげにマシュマロの周りを走って「一緒に遊ぼうよ」とアピールする。


 しかし、マシュマロは、チラ見するだけで動かない。


「ワフ?」


 清丸は、「あれ?」という顔で首をひねった。


「くぅ〜ん」


 ならばと、甘えた声を出して鼻先と鼻先をくっつけようとした。


「(プイ)」


 顔を背けられた。


「ワフーーーン!?」


 清丸がショックを受けた。


「(清丸、がんばるのよ!)」


 希世子が視線で応援した。


「ハハハ、ごめんな清丸」


 それを見ていた倫行が清丸の体を撫でた。


「マシュマロは、人見知りで犬見知りなんだ」


 繊細な性格なのだ。


「そうなの?」


 希世子が頭を撫でようと手を伸ばした。

 マシュマロは、プイっとそっぽを向いた。


「(これは苦労するわね)」


 仲良し作戦がうまくいきそうにない。


「(何か仲良くなる手はないかしら)」


 希世子が頭を悩ませる。


「清丸、これでも食べて元気出してくれ」


 倫行がズボンのポケットから袋を取り出してドッグフードをあげた。

 清丸がさっそく首を伸ばして口に入れた。


「美味しいぞ。マシュマロも大好物なんだ」


 しかし、それを聞くと、食べずにマシュマロの前に行き、その足下にドッグフードを置いた。

 清丸からプレゼントだ。


 マシュマロは、しばらくじーっとドッグフードを見てからパクリと食べると、清丸の頬に自身の頬をこすりつけた。


「おおっ、マシュマロが喜んでるぞ」


 飼い主の倫行がマシュマロの行動を説明する。


「喜んでるの?」


「うむ。マシュマロは、嬉しいと相手にほっぺをスリスリするんだ」


「(でかしたわ、清丸!)」


「(ワン!)」


 清丸が尻尾を振って答えた。


「(その調子でもっと仲を深めなさい)」


「(ワン)」


 清丸とマシュマロが匂いを嗅ぎ体を擦り付けて交流する。


「……ふむ」


 二匹の様子を見て倫行が何やら考えている。


「なぁ、三上」


「はい?」


「結婚してくれないかな」


「……」


 希世子の心臓が止まった。


「清丸とマシュマロ」


「あ、ああ、清丸とマシュマロね」


 心臓が動き出した。

 一瞬プロポーズされたのかと思って死にかけた。


「マシュマロがあんなに気を許すなんて珍しい。将来夫婦になってほしいな」


「そうなってくれたら私も嬉しいわ」


 希世子は目を細め、温かい眼差しを二匹へ向けた。

 清丸は、マシュマロの背後に回って背中に抱きつき腰をカクカクしていた。


「き、清丸っ、気が早すぎーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」



 ◆◆◆



 帰り道。


「はぁ〜」


「わふ〜」


 希世子と清丸は、項垂うなだれていた。

 カクカクしてしまったからだ。

 倫行は、「よくあることだから」と慣れたものだったが、希世子は、あまりにも恥ずかしくて適当に理由をつけて早々に帰ってきた。


「清丸、なんでカクカクしたの」


 希世子が責める。


「わふ……」


 ずっと申し訳なさそうな様子で清丸はトボトボ歩いていた。


「はぁ〜……」


 希世子が何度目になるかわからないため息を吐き、


「……違うわね」


 首を横に振った。


「清丸は、本能のままに行動しただけ。自分の恋路を清丸任せにしようとした私こそ、責められるべきよね」


 反省した。


「ごめんなさい、清丸」


 希世子が愛犬の頭を撫でた。


「ワン」


 清丸は、大丈夫とでも言いたげに鳴いた。


「清丸、今日は疲れたでしょう。いつもの松坂ビーフじゃなく神戸ビーフのドッグフードを買って帰りましょう」


「ワンワン!」


 明るくなった主人の声を聞いて、清丸も元気に返事をした。

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