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32.美味しいフリして

「三上、ちょっといいか?」


 放課後。

 倫行が帰ろうとしていた希世子を呼び止めた。


「ええ、もちろん。どうかしたの?」


「実は今、料理にはまっていてな」


「まぁ、素敵ね」


「それで、作ったものを家族に食べてもらうとみんな、『美味しい』って言ってくれるんだが、どうも身内贔屓な気がするんだ」


「そんなことないと思うけれど」


「で、三上は、料理が得意だったろう? 明日弁当を作ってくるから味見してくれないか?」


「いいわよ」


「良かった。じゃあ、明日」


 嬉しそうな顔で手を振り、倫行は教室を出て行った。

 希世子も笑顔で手を振る。

 しかし、倫行の姿が見えなくなると難しい顔になった。


「何だ? 本当は味見が嫌だったのか? 佐藤の手作り弁当なのに」


 やり取りを見ていた勇美が不思議そうに聞いた。


「そういう訳ではないのだけれど……」


 言ったきり、希世子は黙ってしまった。

 よくわからない勇美が首をひねった。



 ◆◆◆



 翌日の昼休み。


「三上、約束の弁当だ」


 倫行が巾着に入れた弁当を机の上に出した。


「ありがとう、佐藤君」


 椅子を逆向きにして座った希世子が、お礼を言って巾着を開けると小さめの弁当箱が二つ重なっていた。

 蓋を開ければ、ひとつはご飯、もうひとつにおかずが入っていた。


「まぁ、美味しそう」


 色合いが良く、栄養バランスもちゃんと考えられている。


「食べてみてくれ」


 倫行が促すと、希世子は、手を合わせて、


「いただきます」


 弁当に箸をつけた。

 希世子が、ご飯、卵焼き、野菜炒め、鶏の唐揚げと食べていく。


「(ふむ……ふむふむ……やはり、思った通りね)」


 希世子は、それぞれ一口食べ、


「(どれも味が濃いわ)」


 問題点をあげた。


「(男の子の作る料理って、押し並べて味付けが濃くなりがちなのよね)」


 希世子は、それを予想していた。

 だから、倫行の手作り弁当を素直に喜べなかった。

 正直な感想を言うのが辛いから。


「三上、美味くなかったか?」


 味についてのコメントがないので、倫行が不安そうに聞いた。


「(美味しいフリをしようかしら……いえ、ダメよ! 私は三上の娘。一流のものを口にしてきた人間として、そこは譲れないわ。心を鬼にしなさい希世子!)」


 希世子は、胸が痛む思いながらもはっきり伝える覚悟を決めた。


「三上、どうなんだ?」


「正直に言うわね」


「ああ。俺の愛情を込めて作った弁当はどうだった?」


「とても美味しかったわ」


「良かった」


「(『愛情』こそ最高の調味料。『愛情』が入っているならこれは世界一の御馳走よ。だからこれを美味しいと表現するのは三上の娘として何ら恥じることではないわ、うん)」


 自分に言い聞かせた。

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