30.席替えのフリして
「もうおしまいよ……」
希世子は、自分の席で悲しみに暮れていた。
「席替えだなんて……」
ホームルームの時間に席替えをすることになったのだ。
倫行と隣同士というこの関係が終わるかもしれないので悲しんでいた。
「大袈裟なんだよ」
希世子の憂鬱な理由がわかる勇美が、前の席で呆れていた。
「では、順番にクジを引いていってください」
お堅そうな見た目の眼鏡をかけた女性担任教師、朝田千鶴(28)が、番号の書かれたクジが入っている箱を教卓に置いた。
一番前の席に座る生徒たちがジャンケンをする。
結果、倫行の列が最初に引くことになった。
希世子の列は三番目だった。
一人、二人と引いてゆき、倫行の番になった。
倫行がクジを引いて紙を開く。
「5番。やった! 窓際後ろから二番目の席だ!」
つまり、今の希世子が座っている場所の前、勇美の席だった。
倫行は、嬉しくてはしゃいだ。
「(ということは、私が狙うのは右隣の『11』。それがダメなら前か後ろの『4』か『6』ね)」
希世子が黒板に書いてある座席番号で確認した。
順調に進み、勇美がクジを引いて戻ってきた。
「『12』。今の佐藤の席だったよ」
「良かったわね」
「ああ」
「もし佐藤君の隣だったら、私、勇美に何をしていたかわからない」
「怖ぇよ」
「行ってくるわ」
希世子が席を立った。
教卓へと歩いていく。
まだ『11』『4』『6』は出ていない。
「(待ってて佐藤君! 私、命に代えても引いてみせるから!)」
気合い十分だ。
教壇に上がった希世子は、目を閉じて小さく息を吐いたかと思うと、カッとまぶたを上げ、クジ箱に手を突っ込み、
「(これだわ!)」
己の勘が告げるままに一枚を引き抜いた。
「(お願い!)」
クジを開く。
『6』の文字。
「(よっしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!)」
心の中で歓喜した。
隣ではなかったが後ろの席だ。
倫行を後ろから見放題の席だった。
「何番ですか?」
担任の朝田が聞く。
「6番です」
心の中とは真逆に冷静なフリで答えた。
「なんだ、今の席と同じじゃないですか。それじゃあつまらないでしょう? 引き直していいですよ」
「(引き……直す?)」
希世子は一瞬、言われたことの意味が理解できなかった。
「(まさかこの女、私と佐藤君の仲を引き裂こうとしているのでは?)」
そんな疑いを持つほどだった。
引き直せば隣の席になれるかもしれないが、離れる可能性の方が高い。
そんな賭けはできない。
「(なんとしても『6』を死守せねば)」
ということで希世子が断ろうとしたその時、
「だったら俺と交換するのはどうだ?」
倫行が申し出た。
「佐藤君とですか?」
「はい」
朝田に倫行が頷いた。
「同じ席とはいえ、せっかく良い席を引いたのに変わるなんて気の毒です」
「ふむ、それもそうですね」
「俺ならひとつ前だからたいして変わらない。どうだろうか?」
倫行が希世子を見た。
「嬉しいわ。ありがとう」
希世子は、顔に微笑を浮かべて感謝した。
席に戻り、倫行とクジを交換してから椅子に座った。
「良かったじゃん」
振り返った勇美がニッと笑う。
「ねぇ勇美」
小声の希世子。
「佐藤君も私と離れたくなかったんじゃないかしら」
そんなことを考えていた。
「だから私たちの仲が引き裂かれる前に交換する案を出したのだと思うの」
「お前は一体何の話をしてるんだ?」
よくわからなかったが、
「単純に、一番後ろの席が良かっただけじゃね?」
「……(あ、それかも)」
「今、『それかも』って思っただろ」
「思ってないわ」
なんとなく悔しかったのでそう答えた。




