2.見て見ぬフリして
今から語るのは半年前の話。
三上希世子は、佐藤倫行に出会った。
◆◆◆
昼休み。
希世子は突然気分が悪くなり、保健室へ行くため廊下を歩いていた。
「(うぅぅ……気持ち悪い……)」
踏み出す足が左右にフラつく。
「うっ」
ふいに吐き気がきた。
希世子は、あわてて手洗い場に顔を伏せ、
「おえっ、げほっ、げほっ」
胃の中のものを吐き出した。
吐瀉物が手洗い場に撒き散らされた。
周りに人はいるが、みんな見て見ぬフリで通り過ぎる。
「(みじめだわ……)」
嘔吐感からくる涙に加え、恥ずかしさと寂しさで希世子の瞳が潤んだ。
そこへ、ひとりの男子が近寄ってきた。
男子は、何も言わずに蛇口をひねって吐瀉物を洗い流し、ハンカチを水で濡らして希世子の口元を拭うと、
「保健室行くだろ?」
希世子に背を向けてしゃがんだ。
おんぶで連れて行ってやるという意味だ。
希世子の目が男子の背中、周りの生徒へと移る。
おんぶは目立つ。
みんなの視線が恥ずかしい。
「けっこうよ」
プライドの高い希世子は、ついきつい言い方で撥ね付けてしまった。しかし、
「早く」
男子は、気にした風もないどころか命令するように急かした。
言われた希世子の肩が緊張で小さく跳ねた。
希世子は、無意識のうちに男子の背に乗っていた。
男子が立ち上がり歩き出した。
希世子をおぶっているのが嘘のようにスイスイと廊下を進んでいく。
「あ」
希世子がか細い声を漏らした。
「……ごめんなさい。私の吐いたものがあなたの服に……」
自分の服に付いていた吐瀉物で男子の制服を汚してしまったのだ。
それを聞いた男子は、顔を横向け、
「気にするな」
と微笑んで言ってまた前を向いた。
「……」
希世子が男子の横顔を見つめる。
これといって特徴はないが、優しそうな目が印象的だった。
「……あなた、名前は?」
「佐藤だ」
「佐藤君……」
男子が希世子をおんぶして歩く。
周りの視線が二人に集まる。
だが、希世子は、それらがまったく気にならなかった。
「(……この人、好きかも)」
恋をしたのだった。




