116.本命のフリして
本日はバレンタインデー。
希世子が登校すると校内の空気がいつもと違っていた。
チョコの甘い香りが微かに漂っている。
みんながソワソワしていた。
教室に着いてみれば同様の雰囲気で、とくに男子が落ち着かない様子だった。
希世子がそれらを横目に自分の席へ向かう。
倫行は、まだ来ていなかった。
「(いつ渡そうかしら)」
希世子が鞄の上からバレンタインチョコを入れた袋を手で確かめた。
倫行に渡すチョコだった。
「お〜っす」
勇美も登校してきた。
両手に大きな紙袋を持っていた。
「それ何?」
「もらったチョコ」
希世子へ答えてドサッと机に置いた。
「チョコだと!?」
周りの男子が驚く。
「な、なぜ女子の河井が」
「しかも、あんなにたくさん」
「俺なんかまだ一つももらってないのに」
男連中が嫉妬した。
「あ〜、疲れた」
勇美が肩を揉む。
「去年より多いじゃない」
希世子もビックリしていた。
「な。こんなにどうしよう?」
困っている。そこへ、
「河井さん、これあげる」
副委員長の青木巴がぶっきらぼうに言って、小さな包みを机に置いた。
「こ、これ何?」
リップクリーム事件を思い出し、勇美がビビっている。
「バレンタインチョコよ」
「そ、そう」
たくさんのハートマークがプリントされた包装紙をリボンで可愛く装飾してある。
『河井さんへ』のメッセージカード。ハートマーク付き。
「……」
勇美が遠い目をした。
「サ、サンキュ」
でも一応笑顔でお礼を言った。
「!」
巴の頬に朱がさす。
「か、勘違いしないで! ただの友チョコなんだから!」
巴は、席に戻った。
勇美は、ドッと疲れた。
「で、そっちは? チョコあげたのか?」
気分を変え、勇美が希世子に聞いた。
もちろん倫行にあげたのか、という質問だ。
「まだよ。佐藤君来てないもの」
「告るの?」
「成功するかわからないわ」
つまりまだしない。
「さっさとすりゃいいのに」
ヤレヤレな勇美。
「おはよう、三上に河井」
そこへ、本人が来た。
「おはよう、佐藤君」
「おう、佐藤」
「む? なんだそのデカい紙袋」
倫行がすぐ気づいた。
「バレンタインのチョコ」
「配るのか?」
「もらったチョコだよ」
「こんな人、現実にいるんだな……」
漫画くらいでしか見たことなかった。
二人のやり取りを聞いていた希世子は、
「(バレンタインの話題も出たしちょうどいいわ)」
ということで鞄からチョコを出し、
「佐藤君、これどうぞ」
倫行に差し出した。
透明の小袋にハッピーバレンタインの文字。
中には、一つ一つ袋に包んで巾着型にした、いかにもな手作りチョコレートが数個入っていた。
倫行が大きく目を見開いた。
「こ、これは、バ、バ、バレンタインの?」
声が震えている。
「ええ」
希世子がいつものすまし顔で頷いた。
「て、手作りなのか?」
「ええ」
「そうか……そうだったのか……」
と言ったきり、倫行は、何かを考えるように黙り込んだ。
「(どういう反応かしら?)」
よくわからず希世子が心の中で首を傾げていると、
「ちゃんと、答えないとだな」
倫行は、意を決したように口を開いた。
「答え?」
やっぱりわからない希世子。
「まずは、チョコレートありがとう。嬉しい」
「あ、はい」
「それで、返事なんだが」
「……(返事?)」
「三上の気持ち、嬉しいよ」
「(気持ちって……ん?)」
「その〜……突然で言葉にするのは難しいな、う〜ん」
「(これってもしかして、本命チョコと思われてる?)」
なんとなくそう思った。
「まさか人前で、しかも教室で告白とかビックリした」
「(絶対そうだわ)」
確信した。
「(ち、ちょっと待って。これどうしましょう)」
表情には出していないが、希世子があわてる。
「ぐだぐだ言うのも何だな。答えるよ」
「(え? え? どうするの私? このまま聞くの? 本命チョコってことにして聞くの?)」
「三上」
「(どうする? どうするどうするどうするどうするどうするどうす)」
「俺は」
「そ、それは友チョコよ」
希世子があわてて口を挟んだ。
「え? 友チョコ?」
「そうよ」
「あ、な、なんだそうだったのか! 手作りで綺麗にラッピングされてあったからてっきり、アハ、アハハハハハ」
倫行が照れ隠しに笑った。
「そうだったのね、フフ、フフフフフ」
「アハハハハハハハハハハ」
「ウフフフフフフフフフフ」
お互いに笑って誤魔化した。
「……ギリギリでヘタレたな」
勇美がガッカリな息を吐き出した。
「佐藤、あたしもやる」
勇美からもハッピーバレンタイン。
「え、そうか? ありがとう」
「ほい」
ガムを一枚渡した。
「チョコ用意してないから」
「あ、ありがとう」
微妙な反応の倫行。
「あ、義理だからな」
「なんとなく伝わってくる」
「ホワイトデーは倍返しな」
「ガムの倍……」
と話している横で、
「もし止めなかったら、どんな答えが……」
希世子がブツブツ言っていた。




