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08.ロージー

 ロージー様は数人の使用人とともに、城から歩いて十五分ほどの別荘で療養しているそうだ。

 アレクシス様がお見舞いの約束を取りつけてくださり、その日が来ると、私は彼と二人で別荘への道を歩いた。


 道沿いの畑で農作業をしていた近所の人たちがアレクシス様に気づき、帽子を取って、親しげに声をかけた。

 アレクシス様も気さくに応じていた。きっと、この道を通ってよくお見舞いに来ているから、もう顔馴染みなのだろう。

 彼は私のことも「妻のセラフィナだ」と紹介してくれた。

 みんなも「ベンです」「バーナードっていいます」「アンナです」と人懐っこい笑顔で次々に教えてくれるので、私は憶えるのに必死だった。


「伯爵、この採れたてのレタス、ロージー様に持っていってください。シャキシャキでおいしいですよ」

「ありがとう、ベン。いただくよ」


 彼らに手を振って別れ、のどかな道を歩き続けると、色とりどりのバラが咲く瀟洒な別荘にたどり着いた。

 アレクシス様がノッカーを叩く。

 侍女が扉を開けて、私たちを中へと招じ入れた。




「ロージー、具合はどうだ?」


 日当たりのいい花柄の壁紙の部屋の、天蓋付きのベッドに、ロージー様は横たわっていた。

 アレクシス様が声をかけると、彼女はゆっくりと体を起こした。

 簡素な寝間着から、痛々しいほど細い手足がのぞく。

 長い亜麻色の髪につぶらな茶色の瞳の、かわいらしい女の子だ。まだ十歳だという。


 ロージー様は、アレクシス様と私を交互に見た。


「まあ……お兄さま、その方がサラお姉さまですかっ!?」


 青白い頬を紅潮させ、興奮気味にそう尋ねる。


「ああ、そうだよ」優しく答えると、アレクシス様は私に彼女を紹介してくれた。「サラ、私の妹のローズマリーだ。皆、ロージーと呼んでいる」

「こんにちは、ロージー様。サラと申します。どうぞよろしくお願いします」

「まああっ! なんて洗練された物腰なんでしょう! やはり王都出身の淑女は違いますわ!!」


 ロージー様は両手を組んでキラキラした瞳で私を見た。

 確かに私は王都出身ではあるけれど、淑女、と言われると、ちょっと気恥ずかしい。


「そ、それほどでも……」

「わたくし、何度もお兄さまにお願いしましたのよ? サラお姉さまをここへ連れてきてくださいまし、と! それなのにお兄さまはまだ駄目だの一点張りで……げほっ、げほっ」

「ロージー、少し落ち着け」


 アレクシス様は慣れた手つきでロージー様を寝かしつけ、薄布をかけてあげた。

 ロージー様は不安げにこちらを見ている。

 咳のせいで私たちが帰ってしまわないか心配なのだろう。まだ幼いのに、病で臥せっている彼女が気の毒だった。


 私はベッドの横にしゃがみ、ロージー様に笑いかけた。


「ロージー様、お近づきのしるしに、贈り物を持ってきたのです。受け取っていただけますか?」

「まあ! ありがとうございます。何でしょう?」


 持ってきた包みを開いて、小鳥の刺繍の入ったピロケースを取り出す。

 ロージー様は目を輝かせた。


「まあっ、なんてかわいらしいのでしょう! ……もしかして、これはサラお姉さまが刺繍したのですか?」

「はい」

「す、すごいですわ! 淑女の嗜みである刺繍を、こんなにお上手にできるなんて!」


 ロージー様は再び、がばっと跳ね起きた。アレクシス様が険しい表情で何かを言いかける。でもその前に、ロージー様が私の手をぎゅっと握って言った。


「サラお姉さま、お願いです。わたくしにも刺繍を教えてくださいませんか?」


 私は思わずアレクシス様の顔色を窺った。

 渋面を浮かべている。

 駄目、ということだろう。


「そ、そうですね……もう少しロージー様のお加減が良くなったら、ぜひ教えて差し上げますね」

「ええーっ!」

「……ロージー、サラを困らせるようなら……」

「わ、わかりましたわ」


 慌てて引き下がり、しょんぼりとピロケースの小鳥を指でなぞっているロージー様を見ていると、胸が痛くなった。


「……ロージー様、お加減が良くなったら、刺繍をするだけじゃなく、一緒にシアフィールドの山にも登りませんか? 私はずっと王都にいたので、登山をしたことがないのです」

「えっ? そうなのですか? わたくし、五歳のときにお兄さまと頂上まで登りましたわ!」

「まあ、本当ですか? それはすごいですね」

「……最後の三分の一ほどは、私が背負って登ったが」

「お、お兄さま、そんな些細なことはどうでもいいですわ! ……ともかく、サラお姉さまが山登りをするときは、わたくしがご案内してさしあげますわね!」


 そう言って張り切る彼女がかわいくて、私はほほえんだ。


「はい、ありがとうございます、ロージー様。とても楽しみです」

「サラお姉さまったら、もう家族なのですから、わたくしにそんな他人行儀な口調はおよしになって?」

「まあ……それでは、ロージーと呼ぶので良いかしら? でもロージーだって、私にずいぶんと他人行儀じゃなくて?」

「わっ、わたくしは淑女の修行をしているので、これでいいのです!」


 それからも三人で楽しくお喋りをしていたけれど、ロージーがまた咳き込んでしまったので、お暇することになった。

 その前に、私はぜひやっておきたいことがあった。


「ロージー、すぐに済むから、採寸をさせてくれる?」

「さいすん……?」

「体の長さを測るのよ」


 私はメジャーをポケットから取り出し、手早くロージーの採寸をしてメモを取った。


「これでよし。次は、かわいい部屋着を縫ってくるわね」

「まああっ! サラお姉さまは、お洋服も作れるのですか!?」

「ええ、簡単なものなら。何色がいいかしら?」


 ロージーは悩みだした。


「ええと、ううん……ピンクもいいけど水色もいいし……」

「それじゃあ、洗い替え用に一着ずつ作るわね」

「わあ、いいのですか!? ありがとうございます、サラお姉さま!」




 ✧✧✧




「ロージーは君をとても気に入ったようだな」


 別荘からの帰り道、アレクシス様が言った。


「私もロージーと仲良くなれて嬉しいです。とても明るくてかわいい子ですね」

「……そうだな。去年までは使用人の子どもたちと一緒に、元気に城の庭を走り回っていたんだが……」


 痩せてげっそりとこけたロージーの頬を思い出す。

 今の彼女に、とても庭を走る体力はなさそうだった。


「……アレクシス様、病気を治す方法はないのですか?」

「残念だが……医者を何人連れてきても、どうにもならないんだ……だが、君が来てくれて、妹もとても喜んでいると思う」


 半ば諦めたようなアレクシス様の言葉が、胸に突き刺さった。


 どうしてまだ幼いロージーが、病気で苦しまないといけないのだろう。

 刺繍も教えてあげたいし、一緒に登山もしたい。

 ……けれどこのままでは、おそらく、どちらも叶えることはできない……。


 無力な自分がもどかしかった。




 城に帰ると私はすぐに裁縫室に向かい、布と糸の在庫を点検し、ジョンソンを呼んで発注を頼んだ。

 翌日には商品が届いた。

 私はロージーのために無我夢中で裁断し、縫い、ローズマリーの図案の刺繍を丁寧に刺して、一日で色違いの部屋着を仕立て上げた。

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