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07.ミドルトン家の秘密

 白い光を浴びて、もう朝だと気がついた。

 結局、昨夜は一睡もできなかった。


 アレクシス様に好きな女性がいたとしても、これは最初から「白い結婚」なのだから、私がそれを責める筋合いはない。

 それに、コンラッド様に婚約を解消されたときに決めたはずだ。

 もう二度と恋なんてしない、と。


 ―――理性ではわかっているけれど、こんなに胸が苦しいのは、理性ではどうにもできない。

 王都から一緒に旅をして、シアフィールドに着いてからもずっと親身になってくれたアレクシス様の優しさを、私はいつの間にか勘違いしてしまったようだ。


 もしかしたら、ほんの少しは、私に好意を持ってくれているのかもしれない、と―――。


 そんなはずがない。

 私はつまらない「お針子令嬢」だ。コンラッド様だって、最後には魅力的なミリアムを選んだ。

 あんなに素敵なアレクシス様が、私を好きになってくれるはずがないのだ。


 これは「白い結婚」で、私は契約上の妻。

 生活に困らず、好きなだけ刺繍が出来るのだから、それは十分過ぎるほどありがたいことだ。


「……そうよ。変な勘違いをする前に、改めてそれを思い出せてよかったんだわ」


 独り言をつぶやくと、私は起き上がり、顔を洗った。

 鏡の前で無理矢理に笑顔を作る。

 元気を出そう。

 朝食を食べて、またジョンソンに城のことを教えてもらって、昨日マーガレット様にお約束した「M」の花文字入りハンカチを作ろう。

 ハンカチは裁縫室にあった薄い藤色のものがいいわ。糸の色は何がいいかしら。マーガレット様が着ていたあの青いドレスのような青もいいけれど、あの家の屋根のような明るい緑もいいかもしれない。

 刺繍のことを考えていたら少しだけ元気が出てきて、着替えをして朝食部屋へ向かった。




 ✧✧✧




 けれども、朝食をとる前に、私はなぜかアレクシス様に廊下で壁ドンされていた。


 ……これ、壁ドンって言うのよね? 流行りの小説によく出てくるシーンだけれど、まさか自分がされる日が来るなんて思いもしなかったわ。

 そもそもなぜ私は廊下の片隅で、アレクシス様と壁との間に挟まれているのかしら。朝帰りをしたのはアレクシス様であって、私は何も悪いことをしていないはずなのに……?


「サラ、これは一体どういうことなんだ?」

「え……あの、どういうこと、と申しますと……?」


 私の顔のすぐ横の壁にアレクシス様が手をついていて、どこにも逃げ場はない。

「氷の伯爵」の異名を取るだけあって、アレクシス様の冷え冷えとした表情には静かな迫力があった。顔立ちが綺麗な分、背筋が凍りつきそうな位に怖い。ときめきを上回る位に怖い。

 さらに顔を近づけて、アレクシス様は私の顔を凝視した。


「……なぜそんなひどい顔色をしている? やはり大伯母様に何か言われたのか?」

「へ? ……い、いえ、マーガレット様はとてもお優しくしてくださいましたけれど……」

「では、なぜ? どうして一目でわかるほど寝不足の顔をしている? あのお茶会で何かあったのだろう!?」

「うぅっ……」


 凡人の私に「氷の伯爵」の追及をかわすことなど、どだい不可能なことだった。

 気がつけば、私は半泣きで「ロージー様とはどなたなのですか」とアレクシス様に尋ねてしまっていた。


「ロージー? 私の妹がどうかしたのか?」

「……い……妹、さん、だったのですか……!?」


 互いに驚き合って相手を見つめていると、ふいにアレクシス様が横を向いて、ぶつぶつ独り言を言い出した。


「……やはりあの大伯母とは一度じっくり話をしなくては。まさかサラに何の説明もしないまま帰すとは……いや待て、ということはサラはロージーにやきもちを焼いて眠れなかったのか? ……参った。かわいい……」


 なんだかとてつもなく恥ずかしい結論を出されているような気がしたけれど、とりあえずロージー様がアレクシス様の妹だとわかって、私は心の底からほっとした。


 アレクシス様は、そんな私を目を細めて見つめている。

 さっきの鬼気迫る勢いとは真逆の、優しく包み込むようなまなざしだ。


「ロージーのことを言わずにいてすまなかった……話せば長くなるんだ。ひとまず朝食をとって、それから少し眠るといい。話はその後にしよう」

「……はい。わかりました」


 私は素直に彼の言葉に従った。

 安心したら空腹を感じ、それに、とても眠くなってきたのだ。


 アレクシス様に手を引かれるまま朝食室へ行って、一緒に軽い朝食を取った。

 そのあとは私の部屋まで送ってくれた。

 まるで昨夜の不在を埋め合わせるかのように、アレクシス様はどこまでも優しかった。


「旅の疲れもまだ癒えていないのだから、ゆっくり休むといい。私も今日は城にいるから」


 そう言って扉を閉めたアレクシス様の声が、ずっと耳に残っている。

 またあとで彼に会えることが、とても嬉しかった。

 妹のロージー様のお話も、早く聞きたい。

 何か事情があるようだけれど……。

 けれど、段々とまぶたが重くなってきて、私はいつの間にか眠り込んでいた。




 ✧✧✧




 目が覚めるとすっきりした気分だった。

 まだお昼には早い時間で、私は身なりを整えて階下に降りた。


 アレクシス様は書斎にいた。

 秘書の男性に書類を渡し、指示を出している。

 書類は何枚もあり、すべて領地経営に関するもののようだった。

 秘書とやり取りする姿は真剣そのもので、アレクシス様のそんな表情を見たことのない私は、声をかけるのも忘れて思わず見入ってしまった。

 けれどアレクシス様は、私に気がつくと、ぱっと輝くような笑顔を浮かべた。


「サラ、起きたのか」

「っはい!」

「? どうした? 顔が赤いようだが」

「な、なんでもないですっ!」


 真剣な顔と笑顔のギャップにドキドキしてます、なんて言えるわけがないわ……!




 仕事にも一区切りついたようで、アレクシス様は私を城の外へ連れ出した。

 青空とあたたかな陽射しが気持ちいい。

 きれいに整備された長い並木道を歩きながら、アレクシス様は、ロージー様の話を聞かせてくれた。


「サラ、驚かないで聞いてほしいんだが……わが一族には、呪いがかけられているんだ」

「呪い……ですか?」

「ああ。ミドルトン家がこの城に移り住んだのは、百年ほど前のことだ。その頃から、わが家には奇妙な病で命を落とす者が現れはじめた。病にかかる確率は三割程度だが、発症してしまえば、ほぼ確実に命を落とす。その病は直系の子孫にだけ現れるから、サラのように結婚してここへ来た場合は発症しない。だが、私の両親はいとこ同士で、どちらも発症して、亡くなった。それに、私の妹も去年……発症してしまった」


 淡々とした口調だった。

 けれど、アレクシス様が辛い思いをされているのは間違いない。

 その証拠に、話しながら、握った拳が白くなっている。悲しみをこらえているのだろう。

 そんな彼に、私は言葉をかけることができなかった。


「……すまない。本来なら、結婚前に話しておくべき事柄だったが……」

「いいえ。気にする必要はありませんわ」


 アレクシス様は、どこか苦しそうにほほえんだ。


「もしも私がその病を発症して死んだら、君はすぐに遺産を相続して籍を抜き、他の誰かと再婚してほしい。元々が『白い結婚』なのだし、ジョンソンにも顧問弁護士にもそのように話してある。君は若くて、見た目も心も美しい。きっと何人もの男が君を望むだろうな」

「……そんなことはないです……それに、再婚なんてしません」


 アレクシス様が驚いて目を見開く。


 彼は並外れて礼儀正しいからそんなことを言ってくれるのだろうけど、実際は、私を望む男性なんているはずもない。


 それに何より、私はもうこのシアフィールドのことも、アレクシス様のことも、とても大切に思っているのだ。今さら他のところへ行けなどと言わないでほしい。

 私はできるだけ明るく言った。


「そんなことより、私もロージー様のお見舞いに行かせていただけませんか? もしよろしければ、何かささやかな贈り物も差し上げたいです。ロージー様の好きな花や動物を教えてください」


 アレクシス様は優しい笑顔を浮かべた。


「……ありがとう、サラ」

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