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〈コミックス4巻発売記念SS〉魔女の惚れ薬

~あらすじ(WEB版本編終了後)~

伯爵家に新たな呪いが降りかかった。

魔法使いエヴァンから解呪の魔法を教わるサラだが、なかなか習得できない。

エヴァンは「伯爵にキスで魔力譲渡してもらえば?」と助言するが……。


 昼下がりの白い陽が差す、シアフィールド城の広い居間。

 ソファで午後のお茶を飲んでいるのは、氷の伯爵と呼ばれるアレクシス様、彼と「白い結婚」をした私サラ。

 それから、長年伯爵家の仇だった魔女の里の頭領で、今は私に魔法を教えてくれている、若き魔法使いのエヴァン。


 けれども魔法の習得が一向にはかどらない私は、紅茶を味わうどころではなかった。


(魔法が覚えられないのにのんびりお茶なんて飲んでいていいのかしら……こうしているあいだにもマーガレット様は病の呪いに苦しんでいるというのに……でも気分転換も大事だとアレクシス様は仰っていたし、それはその通りだけれど、でも……!)


 息を詰めてカップを握りしめる私を見かねたように、一人掛けのソファに足を投げだして座るエヴァンが声をかけた。


「……なあ、そんな不味そうな顔して飲むなよ。せっかくの伯爵家の上等な紅茶なんだからさ」


 私はハッとした。

 たしかにこれでは、お茶にも、お茶を淹れてくれた侍女のクレアにも申し訳ない。


「そ、そうね、私が間違っていたわ。もっと味わって飲まないと……」

「サラは不味そうな顔などしていない。大伯母様のために心を痛めているだけだ」


 私の向かいの席のアレクシス様が、美しくも冷ややかな無表情で断じた。

 居間の体感温度が数度下がる。


 エヴァンはムッとして何か言い返そうとしていたが、ふと、整った中性的な顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた。そして紅茶を飲み干し焼き菓子を一つ手に取ると、立ち上がって扉の方へ歩きだした。

 彼は私のそばを通るときに、身をかがめて小さく囁いた。


「俺、伯爵の紅茶に惚れ薬を入れたんだ。魔女の里特製の。あんたがキスを頼みやすいように」

「えっ?」

「サラから離れろ」


 アレクシス様が立ち上がり剣を抜く。


「恩に着ろよ」


 エヴァンは私を見てニヤリとし、焼き菓子を自分の口に放りこむと風のように出ていった。

 居間にはアレクシス様と私の二人が取り残された。


 え……ちょっと待って?

 魔女の里の惚れ薬って……媚薬のことよね……?

 ということはつまり…………。


 私は錆びついた歯車のようにギギギ、とぎこちなく首を回してアレクシス様を振り向いた。

 彼は剣を鞘にしまうと険しい表情を一瞬でゆるめ、心配そうに私のもとへ来た。


「サラ……大丈夫か? あの男に何を言われたんだ?」

「あ、いえ、その……」


 今はちょっとその質問をしないでほしい。

 みるみる赤くなっていく顔を隠すように反対側を向く。

 アレクシス様は私の隣に腰を下ろし、至近距離で顔を覗きこんできた。


「顔が赤いな」

「……夕日のせいでは」

「まだ三時二十五分だ」


 正確に時間を告げるアレクシス様にぐうの音も出ない。

 けれど、考えてみればこれはまたとない機会だ。

 意気地のない私がキスをお願いする、絶好の機会。


(……夫婦なんだし、マーガレット様のためだし……ええい、勇気を出すのよ!)


 私はパッとアレクシス様のほうを向いた。

 間近で目が合う。

 常に冷静沈着な彼の頬に、さっと朱が差した。

 エヴァンの惚れ薬の効果だろう。

 そんなものがなくても、私の頬は彼の十倍は赤くなっているだろうけれど。

 私は口を開いた。


「アレクシス様……」

「……サラ?」


 目を見て名前を呼んだ。ただそれだけのこと。

 けれども、彼の朱色は耳まで広がり、喉仏が上下した。

 なんということだろう。

 薬の効果は抜群のようだ。

 その表情に背中を押され、私はわずかに距離を詰めた。


「……あの………………キ……」

「キ……?」


 喉に引っかかって、その二文字が言えない。

 口ごもる私を、アレクシス様の美しい双眸が見つめた。

 まるで、少しも目を離したくないとでもいうように。

 こんなに素敵な人が頬を上気させ、まっすぐに私だけを見ている。

 魔女の惚れ薬の効き目は相当強力らしい。

 今、言うしかない。

 私はかすれた、小さな声を出した。


「…………キスで、魔力を…………」

「領主様、若奥様ー、あっつあつのお湯が沸きましたよ! お茶のお代わりはいかがですかぁー?」


 ばたんと扉が開いて侍女のエルシーが元気に飛びこんできた。


 私は弾かれたようにアレクシス様から離れて座り直した。

 蚊の鳴くような私の声はエルシーの大声にかき消されて、何一つ聞こえなかっただろう。

 心臓がうるさく打ちつける。

 顔が熱湯を浴びせられたように熱い。


 エルシーのうしろにいた私の侍女のクレアが何かを察したらしく、素早くエルシーの首根っこを掴んで引き戻し、扉が閉まった。ふたたび二人きりになる。

 アレクシス様がこちらに向き直り、いつも通りの至極冷静な口調で尋ねた。


「サラ、さっきは何を言いかけていたんだ?」


 ――惚れ薬の効果は切れてしまったのだろうか。

 真顔で聞かれたら、あんなことは言えない。


「……あ…………ええと………………キッシュを、食べたいなぁ、と……」


 彼は目を瞬いた。


「そうか。料理長に伝えておこう」


 今晩の夕食はキッシュに決まった。


 ✧✧✧


 その頃。

 シアフィールド城の納屋の屋根に寝転がって空を見ていたエヴァンが、ぽつりとつぶやいた。


「さすがにもう魔力譲渡しただろ……惚れ薬なんて嘘だけどな」


 惚れ薬は魔女の里の秘薬であり高級品だ。そんなものを使ってやるほどお節介ではない。

 夫婦なのだからキスぐらい勝手にしてくれ、と思う。

 だが、サラがあの冷たい伯爵とキスをすると考えただけで、エヴァンの胸のあたりはもやもやした。

 ローブの前を、手でぎゅっと握る。


「……なにこれ」


 その問いに答える者はおらず、高い空を白い雲が流れていった。

お読みいただきありがとうございます!

おかげさまでシリーズ累計10万部突破!!

本当にありがとうございます。゜゜(*´□`*。)°゜。!!!!


白い結婚継続中なのに、「キスして」なんて言えません?!

コミックス4巻は本日発売です♪

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『お針子令嬢と氷の伯爵の白い結婚』
書籍版全3巻発売中
✧✧✧
マンガワンにてコミカライズ連載中
✧✧✧
コミックス4巻5月19日発売!
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どうぞよろしくお願いします!
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