〈コミックス1巻発売記念SS〉十歳の頃
セラフィナ(愛称サラ)、アレクシス、フレデリック(書籍版・コミカライズ版に登場)が十歳の頃の思い出話をするお話です。
その日の午後、私とアレクシス様、そしてアレクシス様の友人フレデリック様の三人は、シアフィールド城の図書室でお茶をしていた。
明日は、病気で臥せっているというアレクシス様の十歳の妹、ロージー様の別荘へお見舞いに行く日だ。
初めて会う彼女へのプレゼントに、小鳥の刺繍を入れた枕カバーを作った。アレクシス様によるとロージー様は小鳥がお好きとのことなので、喜んでもらえるとうれしい。
ロージー様の話になると、フレデリック様は腕を組み、感慨深そうにうなずいた。
「ロージーももう十歳か……ついこの間までは赤ちゃんだったのにな」
「何を寝ぼけたことを。ロージーが赤子だったのは十年前だ」
アレクシス様が冷静に指摘する。
たしかに他の家の子の成長は早く感じるわよね。赤ちゃんから十歳はさすがに成長しすぎだけれど……。
ふと、アレクシス様とフレデリック様の十歳の頃のことが知りたくなった。
「お二人は、十歳の頃はどんなお子さんだったのですか?」
私の質問に、フレデリック様は記憶を辿るように天井を見上げた。
「そういえば十歳の頃は、王都でよくお茶会に招待されてたな。同じ四大公爵家や、王女殿下主催の王宮のティーパーティーにも何度も行ったよ」
「四大公爵家や王女殿下の……!?」
スケールの大きすぎる話に呆然とした。
私も王都出身だけれど末端の子爵家で、四大公爵家や王宮のティーパーティーなどは、はるか雲の上の世界の話だった。
フレデリック様はとても気さくな方だが、四大公爵家のご令息だ。しかもこの美貌と明るい人柄。同年代の令嬢たちが放っておかないのは当然だろう。
「王宮のおいしいお菓子を食べ過ぎて、しばらくは甘いものを見るのも嫌になっちゃったんだけどね……」
「見境なく食べるからだ」
苦笑いを浮かべるフレデリック様に、アレクシス様が冷たい視線を送る。
「ふふっ。アレクシス様は、十歳の頃は何をされていたのですか?」
アレクシス様が、隣に座る私を見る。
彼は書類上は私の夫だが、眩しいほどの美男子なので、目が合うたびにドキッとしてしまう。
「大伯母様の意向で、毎日日が暮れるまでステイプルトン商会の用心棒たちと戦っていた。社交シーズンで王都へ行った際には、名のある剣士の元へ片っ端から指南を受けに行かされたな」
「ストイックですね……!」
アレクシス様が人並み外れて強い騎士なのは、長年の努力のたまものだったのね。
フレデリック様が付け足す。
「こいつは十歳で王都の剣術大会のジュニア部門で優勝して、王都中のご令嬢たちからお茶会の招待状が殺到したんだよ。でもそれを全部断ったんだ」
「ぜ、全部ですか?」
「見も知らない令嬢たちとお茶を飲むより、シアフィールドへ戻って剣を振っている方が有益だ」
さすがは「氷の伯爵」と呼ばれるほどのお方、子どもの頃から冷徹だったのね……。
でも、剣術大会で優勝したかっこいいアレクシス様に憧れてドキドキしながら招待状を出したのであろう令嬢たちが、少し気の毒だった。
アレクシス様が私に尋ねた。
「サラはどんな子どもだったんだ?」
「えっ? わ、私ですか?」
慌てて十歳の頃の自分を思い出す。
「ええと……私はお屋敷でずっと刺繍をしていました。あの頃はちょうど白糸刺繍に夢中で、手芸屋さんを巡ってありったけの白い糸を集めて、微妙にニュアンスの違う白糸を使った白一色の刺繍作品を刺していたんです。あれは本当に楽しかっ……」
ハッと気がつくと、アレクシス様とフレデリック様は驚いたような顔で私を見ていた。
たらりと冷や汗が流れる。
屋敷に引きこもって一人で刺繡ばかりしていた暗い少女時代の話を、嬉々として喋ってしまったわ……!
しかもよりによって、二人のあんなに素敵な少年時代の話のあとで……!
絶対に引かれる、と思ったけれど。
アレクシス様は温かな微笑を浮かべた。
「そうか。幼い頃からの修練が、君の素晴らしい刺繍の腕に繋がっているのだな」
フレデリック様も明るい笑顔で言った。
「サラはすごいな。そんなにずっと夢中になれるものがあるなんて、うらやましいよ」
春が来て野原一面に花が咲いたように、胸の中がほころんだ。
私も自然に笑顔になって言った。
「ありがとうございます」
少しだけ、十歳の頃の刺繍ばかりしていた自分を、好きになれたような気がした。
読んでいただきありがとうございます!
コミックス1巻は本日発売です♪





