〈書籍2巻発売記念SS〉素朴な疑問
「08.ロージー」でのお話です。
「お兄さまは、本当にサラお姉さまと結婚したのですよね?」
アレクシス様と一緒に、彼の妹のロージーが療養している別荘へ、初めてお見舞いに行ったときのことだった。
ベッドの上のロージーが急に小首をかしげてそんなことを聞くので、私はぎくりとした。
私とアレクシス様の結婚は、書類上だけの「白い結婚」だ。
いわゆる偽装結婚なのだけど、私たちが普通に結婚をしたのだと信じている純真な、しかも病で長く臥せっている十歳のロージーに、そんなことは言えるはずもない。
焦る私とは対照的に、アレクシス様は整った横顔を少しも崩さず、平然と妹に言った。
「ああ、その通りだ」
「それでは、なぜサラお姉さまと手を繋がないのですか? お父さまとお母さまは、いつも手を繋いでいましたのに」
……とても仲の良いご夫婦だったのね。
アレクシス様とロージーのご両親は、二年前に病で相次いで亡くなったそうだ。
私の両親の仲はお世辞にも良いとは言えなかったから、少しうらやましい。
でも……「いつも手を繋いでいた」なんて、仲が良すぎじゃないかしら??
私とアレクシス様は契約結婚だし、結婚契約書の第二条には「みだりに相手に触れることを禁止する」と書かれているから、手なんて繋げるわけが――
「こんな風に?」
ひょいっと、アレクシス様が私の手を取り、指を絡めた。
「!?」
「そうですわ! ふふっ、まるで昔のお父さまとお母さまを見ているみたいです」
ロージーは嬉しそうにニコニコしていたけれど、真っ赤な顔で石のように硬直した私は何一つ言葉を返すことができない。
契約結婚がバレないようにとはいえ、氷のように怜悧な美しさを持つアレクシス様と手を繋いでいる状態は、なかなか心臓に悪かった。
✧✧✧
「……すまない。妹に付き合わせてしまって」
別荘を出たとたん、アレクシス様が私に向き直り、謝った。
あのあとも、ロージーは無邪気に『お父さまとお母さまは、お互いのことは何でも知っていましたわ。お兄さまはサラお姉さまのことをどれ位ご存知ですの? 例えば、お好きな物とかは?』などと尋ねてきたので、私は冷や汗が止まらなかった。
契約結婚の相手でしかない私のことをアレクシス様が詳しく知っているわけがないし、興味もないだろうから、少し気まずかった。すぐに次の話題に移ったので、ほっとしたけれど。
「いいえ。ロージーに会えて楽しかったです」
楽しかったのは本当なので、ほほえんでそう答えた。
すると、彼も表情をふわりと緩めた。
「それなら良かった。君の好きな物も知ることができたし」
「え?」
「城に帰ったら料理長に言って、評判のいい茶葉をいくつか取り寄せてもらおう」
一拍遅れて、言葉の意味を理解する。
アレクシス様は、私がロージーとの会話の中で「紅茶が好き」と言ったことを憶えていてくれたのだ。
あのときは完全に無表情だったから、聞き流されたのかと思っていた。
嬉しいような、くすぐったいような気持ちでお礼を言った。
「ありがとうございます、アレクシス様」
帰り道では質問をするタイミングがなくて聞けなかったけれど、私も知りたくてたまらなくなった。
聞いたら答えてくれるかしら?
それとも、一緒にいたら自然にわかる?
アレクシス様は、どんな物がお好きなのだろう。
お読みいただきありがとうございました。
ロージーも活躍する書籍2巻は本日発売です♪





