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〈コミカライズ記念SS〉アヒルと貴公子

サラがお城へ嫁いで3日目頃のお話です(Web版5話目の後ぐらい)。

フレデリック視点になります。


【登場人物紹介】フレデリック

アレクシスの年上の幼馴染みで公爵家の三男。長身美形オレンジブロンド。明るく面倒見がいい。書籍版・コミカライズ版に登場。

 久しぶりに会った幼馴染みのアレクシスが、結婚していた。


 相手は栗色の髪のご令嬢、サラ・アーチボルド。

 王都出身らしいが、すれたところのない純真そうな顔立ちをしている。


 だからこそ、いつものようにシアフィールド城へ遊びに来た僕、フレデリック・ハワードは悩んでいた。


 アレクシスに事情を聞いたところ、あいつが僕にも黙って妻を迎えた理由は、これが「白い結婚」だからだという。

 白い結婚――形だけの契約結婚のことだ。

 城主であり若きシアフィールド伯でもあるアレクシスは、周囲から「氷の伯爵」と呼ばれるほど極めて理性的で冷静沈着な男であり、いつもならそんな馬鹿げたことをするはずはないのだが。


「この事態を見過ごしていいのだろうか……!?」


 シアフィールド城の裏手にあるアヒル池のほとりで、僕は頭を抱えて煩悶した。


 アレクシスが白い結婚を選んだ理由は、なんとなく察しがつく。

 だが、いくらあいつにのっぴきならない事情があるとはいえ、偽りの結婚で幸せになれるとはどうしても思えない。むしろ、自ら進んで不幸に飛びこむようなものではないか。

 しかも、その不幸に何の罪もない純真なご令嬢を巻き添えにするなど、まともな紳士のすることではない。


 僕は伯領に接する公領の公爵令息で、親に連れられ、幼い頃からよくこの城へ遊びに来ていた。だからアレクシスのことは、親友のようにも実の弟のようにも思っているし、会うたびに兄貴風を吹かせる僕を、二年前に亡くなったアレクシスの両親もかわいがってくれた。

 先代の伯爵夫妻はとても仲が良かった。それこそ契約結婚のように冷え切った僕の両親とは、正反対だった。


「一体どうすれば……」


 強い西風が吹き、池にさざなみが立つ。

 ゆれる水面でたわむれる白いアヒルたちを眺めながら、僕は逡巡した。

 僕とて解決せねばならない自らの問題を抱えているのだが、それはさておき、目の前で友人が道を誤ろうとしているのを見過ごすわけにはいかない。


「クワッ、クワッ!」

「……君たちはいつも仲がいいな」


 足元のすぐそばを通り過ぎていく二羽のアヒルに、心がなごんだ。

 この池は僕のお気に入りの場所だった。あのつがいは以前から仲睦まじく、見るたびにほほえましくなる。


 やはり、幸せな結婚をするのが一番だ。

 ――もしかしたらそれは、僕の憧れだったアレクシスの両親の残像を、勝手にあいつに押しつけているだけなのかもしれないが。


「……この結婚を考え直すよう、あとでアレクシスに話してみよう」


 そう決めて、くるりと踵を返して戻ろうとしたとたん、城の方から一羽のアヒルがパタパタと走ってきた。

 黄色いくちばしに、何か細長い物体をくわえながら。


「おい、それは……待てっ!」


 アヒルがくわえていたのは、アレクシスの契約上の妻であるサラが髪に結んでいた薄緑色のリボンだった。

 折からの強風で、城から飛ばされてきたのだろう。


 僕は逃げ回るアヒルを両手で捕まえたが、アヒルはガァガァと鳴いて暴れ、羽毛に包まれた白い体にリボンがしっかりと絡まってしまった。手先の不器用な僕は途方に暮れた。


「これは……困ったな。どこからほどけばいいんだ?」

「フレデリック様、どうされたのですか?」

「サラ!」


 気がつくとサラが近くに立っていて、薄緑色の目をまんまるに見開いている。

 僕はばつが悪くなった。リボンはすでに土で汚れてしまっている。僕としたことが、こうなる前に彼女のリボンを救出できなかったことが悔やまれる。

 だが、サラはなぜか目をキラキラと輝かせていた。


「アヒルとリボン……なんてかわいい組み合わせなの……! 白のサテンステッチにリボン刺繍を合わせたら、このかわいさを再現できるかしら……?」

「サラ?」

「……あっ! すみません、今ほどきますね!」


 顔を赤らめつつも、サラは鮮やかな手つきであっという間にリボンをほどいてしまった。アヒルがバサバサッと僕の手から逃れ、池の仲間と合流する。彼女は僕に礼を言った。


「リボンを取り戻していただいてありがとうございます、フレデリック様」

「いや……すまない。かなり汚れてしまったね」

「いいえ、どうかお気になさらないでください。アヒルとリボンの相性の良さに気づけてよかったです!」


 なんだか楽しそうだ。つられて僕も笑みを浮かべる。一緒に笑い合うと、そこだけ春の日差しが射したかのように、胸の中が温まった。

 サラが刺繍をこよなく愛する令嬢だということも、彼女にも事情があるということも、会って三日だが僕はすでに十分理解していた。

 この城には立派な裁縫室がある。彼女の幸せそうな笑顔を前に、「契約結婚など不幸にしかならないので考え直した方がいい」などとは言えなかった。


 それに――もしかしたら彼女のこの笑顔が、「氷の伯爵」と呼ばれているアレクシスのかたくなな心を解かすということも、起こり得るのかもしれない。

 今、彼女の笑顔で、僕の心が温まったように。


 ん?

 ――いや待て。僕の心が温まってどうする?

 彼女は、僕の親友の妻だ。


 ――――契約上の。


「フレデリック様?」

「あ、いや……」


 頭に浮かんだ妙な考えを相殺するように、僕の口から、アレクシスを褒める言葉が飛びだす。


「……アレクシスは世間では冷血などと噂されているが、本当はとても家族思いの優しいやつなんだ。今日も新妻の君を置いて仕事に行ってしまったが、どうか悪く思わないでほしい」

「はい、もちろんです」


 サラは花のような笑みを浮かべた。

 その笑顔に背中を押されるように、僕はふたたび口を開く。


「こんなこと、アレクシスの前では言えないが……正直、あいつのことは頼りにしてるんだ。僕より年下なのに立派に伯爵領を守っているし、昔から態度はそっけないが、絶対に他の人のことを見捨てないやつだった。あいつは君のことも、きっと大事にすると思うよ」


 今度はサラは驚いたように目を見開き、そして大輪の花のように顔をほころばせた。


「はい!」


 にこにこする彼女が、なんだか僕の背後を見ているような気がして、後ろを振りかえった。


 そこには氷の彫刻のごとき無表情のアレクシスが立っていた。


 なぜここに、お前は仕事のはずでは、という疑問がありありと浮かんでいるだろう僕の顔を見て、あいつは事務的に言った。


「仕事が早く終わった」

「……なるほど! それなら城へ戻ってみんなでお茶でも飲もうか!」

「ええ、そうですね」


 並んで城へと歩きだす。笑顔のサラとは対照的に、僕とアレクシスの間には、言葉に形容しがたい空気が漂っている。

 アレクシスの前では言えないようなことを、よりによって、本人に聞かれてしまった。穴があったら入りたいが、どうせあいつはいつものように、澄ました顔で聞き流すのだろう――


 そう思っていたら、目が合った。

 あいつは低く呟くように言った。


「…………私も、頼りにしている」


 僕は一瞬固まった。

 それから、みるみる自分の相好が崩れてゆくのがわかった。

 腕を伸ばし、アレクシスの肩をがっしりと抱く。


「そうか! そうだろうとも!」

「離れろ」

「お二人はとても仲がいいのですね」

「ははっ! その通りだ、サラ!」

「耳元で叫ぶな」


 秋風の中を三人で歩きながら、このかわいい弟分の結婚の行く先を、僕がしっかり見守ろうと決めた。

サザメ漬け先生によるコミカライズは、マンガワン様にて本日連載開始です♪

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『お針子令嬢と氷の伯爵の白い結婚』
書籍版全3巻発売中
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マンガワンにてコミカライズ連載中
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コミックス3巻11月19日発売
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どうぞよろしくお願いします!
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