02.お針子令嬢
屋敷に帰って事情を話したとき、両親は当然のようにミリアムを庇った。
「お前の魔力があまりにも低いから、コンラッド君は戦場でも一人分の魔力で戦わなくてはならなかったのだぞ。それなのに彼は文句一つ言わず、逆に『奇跡の騎士』などと称賛され、無力なお前を娘に持った私たちがどれほど恥ずかしい思いをしたか……相手のご両親にも申し訳が立たない所だったのを、ミリアムが代わりに埋めてくれたんだ。お前もミリアムによく感謝するんだぞ?」
「セラフィナ、あなたがいけないのよ? ちゃんと婚約者の心を掴んでおかないからこうなるの。でも、せめて結婚前で良かったわね。結婚してから浮気されるよりもずっといいもの。その点、ミリアムは外見も魔力も完璧だから、浮気なんてされる心配もないし」
ぼんやりと話を聞きながら、どうして両親も妹も魔力が高いのに、私はちっとも魔力を持っていないのだろう、と考えていた。
ここ、バーラント王国では多くの魔物が出没し、人々を傷つけたり、攫ったりする。
だから、成人貴族で構成されるこの国の騎士団は、定期的に魔物を討伐しに行く。
魔物は魔力で護られた硬い毛や皮膚に覆われているため、通常の武器がほとんど通用せず、こちらも魔力を込めた武器で攻撃するしかない。
この国では普通、平民よりも貴族の方が魔力を持って生まれる確率が高いので、騎士団は魔力持ちの貴族で構成されている。
魔力と言っても、炎や水の攻撃魔法とか、怪我を治す回復魔法を使えるのは、ほんの一握りの、ものすごく高度な魔力と才能を持った特別な貴族に限定される。
普通の貴族は魔法なんていうものには縁がなく、ただ、いくらかの魔力を有しているだけだ。
けれども、そのいくらかの魔力でも、戦場で魔物と命のやり取りをする際には多大な影響を及ぼすのだけど。
そして、出撃前の騎士団員には、近しい人間……たとえば家族や婚約者から《魔力譲渡》をすることが推奨されていた。
手を握り、自分の魔力を掌ごしに相手に分け与えるのだ。
そうすれば、その騎士は二倍、三倍の魔力を蓄えて戦場へ向かうことができる。
だけど、二年前に初めてコンラッド様に《魔力譲渡》をしたとき、私は雀の涙ほどの、ほんの微々たる魔力しか渡すことができなかった。
コンラッド様は「俺は元々人より魔力が強いから大丈夫」と言ってくださったけれど、やはり、がっかりしていたようだった。
危険な戦地に向かう婚約者に何もできないことが、あまりに申し訳なかった。
だから代わりに、唯一私が得意な刺繍で彼の無事を祈った。
彼の家の紋章、銀地に両翼を広げた鷲の紋章を、彼の瞳の色の青いスカーフに刺繍して、お守り代わりに贈ったのだ。
だけどそのスカーフも、身に着けることのないままポケットの中で忘れ去られていたらしく、結局はコンラッド様に突き返されてしまった。
✧✧✧
あの日から一週間が経つけれど、私はいまだに、一歩も屋敷の外へ出ることができずにいる。
それどころか、自分の部屋からもろくに出ずに、引きこもったままだ。
自室のベッドに横たわったままスカーフを見つめていると、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。
結局、私とコンラッド様の婚約は、双方合意の上での円満な解消、という形になった。
表向きの理由は、私の魔力が想定以上に低かったから、ということらしい。
だけど婚約解消は白昼堂々、並木道の真ん中で行われたのだ。今頃は王都の貴族のほとんどがそれを知っていることだろう。
「お針子令嬢」は婚約者を妹に奪われた、と。
貴族なのに魔力が乏しく、婚約者に《魔力譲渡》もできなかった私は、その代わりのように、小さい頃から大好きだった刺繍にさらにのめり込んでいった。
それはもう鬼気迫る勢いで、朝も昼も夜も、ありとあらゆるものに刺繍をした。だから私の部屋どころか、この屋敷にある布という布は刺繍だらけで、今ではどんな大作も難しいステッチもお手の物だ。
あまりにも刺繍作品が溢れていたので、お母様が見かねて王都の教会の慈善バザーに出品をした。
たぶん、小物が溢れ過ぎて邪魔だったのだろう。
でもそれは嬉しいことに好評で、それからも私は、刺繍をしたハンカチやクッションやタペストリーなんかを出品した。
その結果ついたあだ名が「お針子令嬢」だ。
……別に構わない。刺繍も裁縫も大好きだし、お針子は立派な仕事だ。
コンラッド様と結婚し、彼の妻になるという夢は、既にズタズタに破れた。
私は青いスカーフに刺繍された鷲の紋章を見つめ、心に誓った。
それなら私は、これからの人生を「お針子令嬢」として一人で生きていこう。
刺繍さえあればいい。
恋愛も結婚も、しなくていい……結局は、傷つくだけだから。
私は屋敷に籠ったまま、ちくちくちくちくとひたすら針を刺し絵柄を紡ぎだす、刺繍三昧の生活を送っていた。
花や葉っぱや小鳥のかわいらしい図案を針と糸で浮かび上がらせる作業は、打ちのめされた私の心を、少しずつだけれど癒してくれた。
そして、婚約解消から二週間が経ったある日のこと。
私の元へ、思ってもみなかった人が訪ねてきた。
「セラフィナお嬢様、ミドルトン伯爵がお見えです」
「…………どなたですって?」
「ミドルトン伯爵です」
侍女の告げる名前に憶えはなかった。
……いや、噂で聞いたこと位はあったかもしれない。
氷の伯爵。
その容貌はとても美しく、剣技も魔力も抜きんでている。
けれど、氷像のように冷酷無比で他人に心の内を見せない、謎めいた若き伯爵。
「……そんな方が、私に何の用かしら? 一度もお会いしたことはないはずだし……もしかして、ミリアムと間違えているのではなくて?」
「いいえ、お嬢様。伯爵は確かに、セラフィナお嬢様にお会いしたいとのことでした。今は旦那様がお相手をされています」
「お父様が? ……わかりました。すぐに行きます」
一家の当主であるお父様まで臨席されているとなると、話は個人的なものではなく、家も絡んだ重要なものである可能性が高い。
話の内容は見当もつかないけれど……あまり外出をしない私が、気づかない内に伯爵に何か失礼を働いてしまったという可能性も低いと思うし……。
ともかく私は侍女に手伝ってもらい、急いで部屋着からドレスに着替え、栗色の髪を整えた。
不安に思いながら階下へ降りる。
侍女が、応接間の扉を開けた。
扉の向こうには、お父様と、見知らぬ黒髪の男性が向かい合って座っていて、二人は扉が開くと同時に私を見た。
お父様が満面の笑顔を浮かべ、私に言う。
「おお、セラフィナ、やっと来たか! よく聞け、願ってもないお話だぞ。こちらのミドルトン伯爵が、お前を妻にと望まれているそうだ!」