〈書籍発売記念SS〉そのハンカチは
「07.ミドルトン家の秘密」の後のお話です。
「アレクシス様、そのハンカチは……」
ある日の午後、ふとした拍子にアレクシス様がポケットから取り出したハンカチを見て、私は思わずそう口にした。
「……ああ、これか。すまない。せっかく君にもらったのに……」
それは、私がはじめてアレクシス様に贈った、イニシャル入りのハンカチだった。
マーガレット様の家でお茶会をした際、私にかかってしまった紅茶を、彼がそのハンカチで拭いてくれた。
けれど、彼はそのままロージーの別荘へ行き、朝まで帰らなかったために、紅茶は染みになってしまっていた。
こうなると洗濯をしても落ちないだろう。
申し訳なさそうに謝るアレクシス様に、逆に私の方が申し訳ない気持ちになる。
「いえ、構いません。それよりも、汚れが落ちないのであれば、処分してしまった方がよろしいかと」
伯爵であるアレクシス様に、染みのついたハンカチなど持たせるわけにはいかない。
人からもらった物は捨てにくいだろうから、差しあげた私が率先して捨てた方がいいだろう。
そう思い、手を伸ばしてそのハンカチを受け取ろうとしたら。
アレクシス様が、さっとハンカチを引っ込めた。
びっくりして彼を見上げると、なぜか厳しい顔つきをしている。
「ア、アレクシス様?」
「……気にしなくていい」
「え……あの、ですが、汚れてしまったのであれば……」
「問題ない」
冷ややかな態度に心が折れそうになりながらも、契約上の妻としては見過ごせない。
勇気を出し、きっぱりと告げる。
「だ、だめです。ミドルトン伯爵がそのようなハンカチを身に着けていては」
すると、彼は叱られた少年のような顔をした。
「………………初めて君からもらったものなんだ。捨てたくない」
私は心臓を鷲掴みにされた。
どうしよう……かわいい。
もちろんこれは、単にアレクシス様が礼儀正しくて物を大切にする方だということなんだろうけれど、そんな風に言ってもらえて、私は嬉しくて舞い上がりそうだった。
だけど、やっぱり染みのついたハンカチを持っているのはよろしくないわ……。
そのとき、急に解決策がひらめいた。
「アレクシス様、私にいい考えがあります」
次の日、私はアレクシス様に、預かっていたイニシャル入りのハンカチをお返しした。
イニシャルの対角あたりの、紅茶の染みがついた部分の上には、アイビーの葉の図案が刺繍してある。
これなら、染みはほとんど目立たないだろう。
アレクシス様はそれを見ると、ふわりと笑った。
「ありがとう、サラ。ずっと大切にする」
「っ! ……ありがとうございます。それでは私も、何度だって直して差しあげますね」
アレクシス様の美しい笑顔の破壊力にくらくらしつつ。
私もどうにかほほえんで、そう答えた。
窓の外には、白い綿雲がのんびりと浮かんでいた。
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みなさまが読んで応援してくださったおかげです。
本当にありがとうございます!