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16.エピローグ

 さっきマーガレット様が言っていた「アレクシスは一年前からサラに片思いしていた」とは、どういう意味なのだろう。

 まさか、アレクシス様が、私を……?


 顔が熱くなり、私は膝の上の手をぎゅっと握りしめた。

 そ、そんなことあるはずがないわ。

 確かにアーチボルド家で最初に顔を合わせたとき、お父様は、彼が去年の園遊会で私を見初めた、と言っていた。

 けれど、それはただ周囲を納得させ、「白い結婚」をするための方便のはず。私自身が園遊会のことを憶えていないのに、こんなに素敵なアレクシス様が、地味で目立たない私のことなんて憶えているわけがないもの……。

 いけない、つい自分勝手な妄想をしてしまった。


「サラ」

「はっ、はい……!」


 アレクシス様に名を呼ばれ、びくりと体を震わせる。

 同じソファの右隣に座る彼は、横顔にいつもと同じ冷然とした表情を浮かべ。

 けれどその耳たぶが、いつになく朱に染まっている。


 アレクシス様は、どこか困ったような顔で私を見て、告げた。


「大伯母様の言った通りだ。君は憶えていないかもしれないが、去年の園遊会以来、私は君を好ましく思っている。君をシアフィールドへ迎えてからは尚更だ。一日ごとに、君のことを好きになっていく」

「っ!!」


 私は頭からつま先まで真っ赤になった。

 だけど、アレクシス様の頬も赤く染まっていて、いつもの余裕はない。

 今は、全然「氷の伯爵」には見えなくて……けれど、その真剣な表情がとても、愛おしいと感じる。


「……私から『白い結婚』をしようと言い出したのに、呪いが解けた途端にこんなことを言われても困るだろう。迷惑だったら、もう二度とこの話はしない。君はこれまで通りの生活を続けてほしい……だが、もしも、私の提案を受け入れてくれるのなら…………」


 アレクシス様は、真摯な黒い瞳を私に向けた。




「私と、本当の夫婦になってくれないか?」




 その言葉を聞いて、初めて。

 私は、どれだけ自分の願いを叶わないものだと決めつけ、押し殺していたのかを知った。


 これは「白い結婚」だから。

 契約書にサインもしたから。

 彼から愛されることなどありえないと思っていた。

 願ってはいけないと言い聞かせていた。

 だけど私は心の底で、ずっとそれを切望していたのだ。


 アレクシス様と、真に愛し合う夫婦になることを。




 泣きたいほど嬉しくて、恥ずかしくて、真っ赤な顔でぎこちなくほほえみながら。

 私は心をこめて、返事を伝えた。


「……はい。喜んで」

「っいいのか?」

「こっ、こちらこそ……本当に私でいいのですか?」


 急に自信がなくなってきてそう尋ねると。

 アレクシス様は、くしゃっと相好を崩した。


「当然だろう? 私は君が好きだ。君でなければ駄目なんだ」


 大きな手が伸びてきて、私の頬に触れる。

 さっきからドクドクとうるさい心臓が、さらに激しく暴れる。

 心臓麻痺になりそうだったけれど、そうなる前に、これだけは伝えておきたい。


「……わ……私も…………あなたが好きです」


 最後の「す」を言い終わった瞬間。

 アレクシス様が、私に口づけをした。




 甘い蜜のような、眩しい雷電のような、そんな口づけだった。




 ✧✧✧




 澄んだ青空に、にぎやかな音楽隊の演奏と、人々の笑い声が響き渡る。

 今日は秋の収穫祭の日だ。


 町は広場を中心に華やかに飾り付けられ、果物やチーズ、ソーセージやペストリーなど、美味しそうな食べ物の屋台がずらりと並ぶ。

 人形劇や大道芸に演奏会、昼はパレード、夜は花火と、楽しい催しも盛りだくさんだ。いつもはのどかな町が、今日はどこもかしこも人で溢れている。

 王都の上品な収穫祭とはまったく違う、農村地帯シアフィールドの本気で収穫を祝うお祭りに、私は朝から圧倒されっぱなしだった。


 ミリアムとお父様、お母様も、この盛大なお祭りを見たらさぞ驚くでしょうね―――そう思い、私だけが幸せであることに、胸がちくりと痛んだ。




 あの騒動の後、ミリアムから一通の手紙が届いた。

 ミリアムは、コンラッド様の逮捕と複数の浮気が原因で別居中で、その心労がたたって体調を崩しているのだそうだ。

 両親もそのせいでかなり神経が参ってしまい、一気に老けてしまった、と書いてあった。

 裁判の結果、シアフィールドの地方判事から有罪を申し渡されたコンラッド様は、高額の罰金を支払ってようやく釈放されたようだ。

 しかし王都に帰ってもミリアムに見放され、怪我のリハビリをきちんとしていなかったために思うように剣も振るえず、その上、騎士団からも除名されたということだ。

 元々鍛錬もさぼりがちだったようで、「奇跡の騎士」という名前にあぐらをかいて戦場でも逃げ隠ればかりしていたらしい。その上、前科まで加わったのだから、当然かもしれない。

 魔物退治が貴族の責務であるこの国において、貴族男性が騎士団から除名されるということは、すなわち社会的な死を意味する。

 そのせいかミリアムからの手紙の最後には、私への謝罪と共に、こう書かれていた。


『コンラッドとは離婚するつもりです。再婚相手を探すので、ミドルトン伯爵のお知り合いの、独身で裕福でハンサムな高位貴族男性を紹介してください』


 三日ほど悩んだ末、アレクシス様に、やんわりと言葉を選びつつその件について尋ねてみると。

 彼は凍傷になりそうな位につめたい声で言った。


『サラには悪いが、あいにく彼女の生贄に差し出せるような知り合いはいない』


 私は即座に引き下がった。

 そしてミリアムへ、コンラッド様との離婚は賛成だけれど、次は身分や外見ではなくあなたを大事にしてくれる人を選んだ方がいいと、精一杯言葉を尽くした手紙を書いた。

 このままでは再婚をしても、また同じような結果になるような気がしたからだ。

 ミリアムからの返事は、まだない。




 物思いを、ロージーの明るい声が破った。


「サラお姉さま、後であの出店のペストリーを食べましょうね」

「ええ、いいわよ、ロージー」

「アレクシス、喉が渇いたわ。リンゴのシードルを買ってきてちょうだい」

「……大伯母様、たしか先日、飲酒は控えると宣言されたばかりでは?」


 私たち四人―――アレクシス様、マーガレット様、ロージー、そして私―――は、収穫祭の主会場である広場を歩いて回っていた。執事や従僕、侍女たちは連れていない。今日ばかりは、ジョンソンをはじめとする城の使用人たちにも休暇を出し、自由に収穫祭を楽しんでもらっているのだ。


 この後、広場の舞台上で、領主であるアレクシス様の挨拶が予定されている。お祭りに来ている人たちからも、アレクシス様はさっきからひっきりなしに声をかけられていて、せわしない。

 そんな彼が、いつの間にかマーガレット様にシードルを渡していたのがほほえましかった。なんだかんだ言いながらも、アレクシス様にとってマーガレット様は大切な大伯母様なのだ。


 そうしている内に、アレクシス様の挨拶の時間が近づいてきた。

 舞台を中心に人々が集まりだし、司会が口上を述べはじめる。

 私たちは天幕の下の貴賓席へ移動した。


「それでは、われらが領主、シアフィールド伯アレクシス・ミドルトン様のご挨拶です!」


 司会がそう告げると、大きな拍手が沸き起こった。

「がんばってくださいね」と言った私の手を、アレクシス様がぎゅっと握った。


「では、行こうか」

「……え? ア、アレクシス様!?」


 ぐいぐいと手を引かれるまま、私はアレクシス様に連れられて、なぜか一緒に舞台へ上がってしまった。


 目の前には、大きな広場を埋め尽くした、たくさんの観衆。

 全員が私たちを注視し、しんと静まり返る。


 少しも動じていないアレクシス様とは違い、私は青ざめて固まっていた。


「アレクシス様……」

「大丈夫。私がいるから」


 アレクシス様の優しい声とまなざし、それから繋いだ温かい手の感触に、注目を浴びることは苦手な私も、不思議と心が静まってくる。


 彼は私にほほえむと、大勢の観衆へ向き直った。

 この場に集まった全員に、朗々としたよく通る声で、語りかける。


「皆、この一年間良く働いてくれた。そのおかげで今年も豊作に恵まれ、こうして盛大な収穫祭を催すことができた。今日は存分に楽しんでほしい」


 わあっと歓声が上がり、笑顔がはじける。

 晴れやかな顔つきのアレクシス様に、私も胸がいっぱいになった。


 そのアレクシス様が、ふいに私を見た。

 繋いだ手に力をこめて、再び、観衆の方へ語りかける。


「それから、今日は皆に紹介したい人がいる。私の愛する妻、セラフィナだ。どうか彼女のことも私と同様に、温かく見守ってほしい」


 再び、大きな歓声が広場を埋め尽くす。


 え!? ど、どうすればいいの!?

 全身の血が沸騰したようだった。

 パニックになり、顔は真っ赤に、頭の中は真っ白になる。

 何も考えられずに、ぎこちなく首を曲げて、アレクシス様を見上げた。

 彼は私の耳元に、優しく囁いた。


「皆、君を歓迎しているよ。笑って、サラ」


 ―――ああ、やっぱり不思議だわ。

 いつだってアレクシス様は、魔法のように、私に力を与えてくれるのだから―――。


 ごくりと唾を飲みこむと、ゆっくりと、お祭りに集まった人々の方を向いた。


 そこには、私を温かく迎え入れてくれるシアフィールドの人々の笑顔が溢れていた。

 ベンやバーナードやアンナの、朗らかな顔も見つけた。

 普段着のジョンソンや使用人の皆の、にこやかな顔もあった。

 天幕の下のマーガレット様とロージーも、誇らしげにこちらへ手を振ってくれている。

 胸の中が陽だまりのようなぽかぽかした気持ちで満たされてゆき。




 気がつくと、自然に顔がほころんで、私は皆に手を振っていた。




 隣には愛する人がいて、しっかりと手を握っていてくれる。


 はじまりは「白い結婚」だった。

 けれど、アレクシス様と結婚して、右も左もわからないままシアフィールドへやって来て、三か月。

 今、彼の妻として私の目に映る景色は、こんなにも色鮮やかで。


 美しい秋空の下で、これからもアレクシス様の隣にいられる幸せに、私は心から感謝した。

お読みいただきありがとうございます。

次回、アレクシス視点のお話で完結です。

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