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15.真実

 コンラッド様に抱き寄せられると、たちまち嫌悪感でいっぱいになった。

 片腕なのに恐ろしいほどの力で押さえつけられる。

 逃れようともがいているときだった。


 納屋の外で、物音がした。

 誰かが争う声、それから、人が倒れた音。


 納屋の扉が、乱暴に開いた。




「サラ!」




 入ってきたのは、息を切らせたアレクシス様だった。

 普段の冷静沈着な彼とは別人のように、取り乱した表情をしている。


 私を押さえつけていた力が一瞬緩む。

 その隙にコンラッド様の手を振り払うと、夢中で彼の元へ駆け寄った。


「アレクシス様!」


 ぎゅっと力強く、アレクシス様が私を抱きしめてくれる。

 それだけで、もう何もかも大丈夫だと思えた。

 コンラッド様が左手で剣を抜いた。


「……何が『氷の伯爵』だ! 俺の邪魔をするなっ!!」


 けれど、アレクシス様の方が速かった。

 私を後ろに退がらせると、自らの剣を抜きざま一閃し、相手の武器をキィン、と勢いよく弾きとばす。


 それから、切っ先をピタリとコンラッド様の喉元に突きつけ。

 永久凍土のような声音で告げた。


「二度と私の妻に近づくな」

「……くそっ! 覚えてろ!」


 コンラッド様が納屋から飛び出す。

 ところが、どこかから黒い玉が飛んで来て、彼の前方で爆発した。

 黒煙とひどい臭いが立ち昇る。


 な……何が起こっているのかしら……?


 私はアレクシス様に支えられながら、納屋の外へ出た。

 そこには、気を失ったコンラッド様と従者が、折り重なってのびていた。


「どうやら間に合ったようね」


 顔を上げると、マーガレット様が立っていた。

 エルシーも後ろに控えていて、エプロンの上におっかなびっくり、さっきの黒い玉をいくつか乗せている。


 あれは……もしかして、以前、マーガレット様がお鍋でコトコト煮ていた何かじゃないかしら……?

 辺り一帯には、そのときと同じ臭いがまだ立ちこめている。




 騒ぎを聞きつけ、近所の人たちが集まってきた。

 遅れてじわじわとショックを感じ、足が震え出す。

 そんな私を、アレクシス様がひょいと横抱きにした。

 周囲にいる人々が、あんぐりと口を開けてこちらを見る。その中にはベンやアンナといった馴染みの顔もちらほらあった。

 は……恥ずかしい……!


 だけれどアレクシス様は一顧だにせず。

 マーガレット様に後のことを頼み、そのまま城へと向かった。


「ア、アレクシス様……自分で歩けますから、下ろしてください……!」

「駄目だ」


 私の意見をすげなく断り、アレクシス様はすたすたと歩いていく。

 背中と膝裏に、力強い彼の腕を感じる。

 心臓はばくばくと落ち着かなかったけれど、ショックが薄らぎ、代わりに大きな安心感に包まれていくのを感じた。




 ✧✧✧




「災難だったわね、サラ」


 翌日、マーガレット様が城を訪ねてくださった。

 応接間にお通しして、アレクシス様と共に彼女と向かい合う。


 マーガレット様によると、コンラッド様とその従者は捕縛され、地方判事によって裁かれることになった。

 その場にいたベンが荷馬車の提供を申し出てくれ、二人はそれに乗せられて、ガタゴトと町の留置場へ送られていったそうだ。

 後日、裁判で私も証言を求められるだろう、ということだった。


「後始末を押し付けてしまい、申し訳ありません」


 アレクシス様が詫びると、マーガレット様はフンと鼻を鳴らした。


「まったくだわ……でもまあ、サラが無事だったのだから、それで良しとしましょう」

「本当に助かりました。あのとき大伯母様がカラスを遣わしてくださらなかったら、どうなっていたか……」


 目を伏せてそんなことを言うアレクシス様を、私は不思議に思って見つめた。

 カラスを遣わす? 一体なんのことかしら。


 マーガレット様がニヤリと笑みを浮かべた。


「……もうサラも当家の一員なのだし、教えてもいいわよね?」

「…………止むを得ません。だが、サラを余計な危険には巻き込まないでいただきたい」

「やあね、そんなことはしないわよ」

「なんのことでしょうか?」


 アレクシス様は憂いを帯びた顔を、私の方へ向けた。




「サラ…………大伯母様は、魔女なんだ」


 


 私は口をぽかんと半開きにした。


 ……魔女?


「魔女って……あの、魔女ですか? 魔法を使ったり、空を飛んだりする?」

「おほほ、この年じゃ空なんて飛ばないわよ。落ちて骨でも折ったら大ごとでしょう? わたくしはせいぜい、護身用の煙玉を作ったり、カラスを飛ばせて町の見張りをさせているだけ」

「さすがに三百歳では、そこまで無茶はできませんからね」

「さ、さんびゃくさい……?」

「アレクシス、あなた、真顔で冗談を言うのはおよしなさい」


 私が問うようにマーガレット様を見ると、彼女は鼻白んで否定した。


「わたくしはまだ七十五です。三百歳の魔女なんて、おとぎ話の中にしかいないわよ」

「そ、そうですか……」


 それでも、魔女というだけで十分おとぎ話のようだ。

 噂では、高位貴族の中にはごく少数、とんでもなく魔力が高くて、攻撃魔法や回復魔法を操る魔法使いや魔女がいるらしい。

 けれど、普通に生活していたら、そんな方々に会う機会なんてほとんどゼロだ。国としても秘匿している情報だし、本人たちも進んで魔女だ魔法使いだとは公言しない。

 それがなんと、こんなに身近に存在していたなんて……。

 私は改めてマーガレット様を尊敬した。




 それからマーガレット様は、どうやって私の危機を救ったか教えてくれた。


「わたくしの使い魔のカラスが、あなたが納屋に連れ込まれるところを見たの。昨日から、見慣れない男二人がこの辺りをうろついているという報告を受けていたので、見回りを強化させていて良かったわ。すぐさまわたくしに連絡が入り、わたくしは城に常駐させているカラスの体を借りて、アレクシスに変事を伝えた。わたくしが走るよりも、城からアレクシスが走った方がずっと速いですからね」

「カラスが飛んできて、いきなり大伯母様の声でしゃべったときは驚きましたが……おかげでサラを助けることができました。感謝します」


 アレクシス様が珍しく素直に礼を言うと、マーガレット様は頷いた。


「そうね。あなたにとってサラはかわいい妻でしょうけれど、わたくしにとっても恩人ですもの。何があっても守らなくては」

「……恩人?」


 私は目をぱちくりさせた。

 マーガレット様が私の方へ身を乗り出した。


「ええ、サラ。あなたはこの家にかけられた呪いを解いてくれた、恩人なの」

「呪い? で、でも、私は何も……」

「あなたは気づいていないのでしょうけれど、わたくしは初めて会ったときからわかっていたわ。あなたには特別な能力があると。あなたは、自分の魔力を針に込めて、作った服や小物に《守護》の魔法をかけることができるのよ」




《守護》の魔法。




 聞き慣れない言葉に驚きつつも、同時に、ぴったりとピースが嵌まったような感覚を覚える。


「……それでは、慈善バザーの小物が人気だというのも、ロージーの体が回復してきたのも、その魔法で……?」

「ええ。あなたの《守護》の魔法が、それを身に着けている人を病気や怪我から強力に守っているの。あなたの魔力は、本当はおそろしく強いのよ。けれど、すべての魔力が針を通じ、作った服や小物へ流れ込んでしまうから、《魔力譲渡》には向いていないというだけ」


 マーガレット様の話を聞きながら、長年の胸のつかえが取れたような気がしていた。

 私には、魔力がないわけじゃない。

 ただ、それが別のところに使われていただけだったんだ。


 知らず知らずのうちに、コンラッド様のスカーフは彼を守り「奇跡の騎士」と言わしめたし、アレクシス様に差しあげたサッシュもきちんと役に立っていた。治らないと言われていたロージーの病気も治せた。


 自分が無能な役立たずではなかったことが、泣きたいほど嬉しい。

 マーガレット様は優しいほほえみを浮かべた。


「わたくしは魔女だけれど、魔法にも得意不得意があってね。攻撃系や使役系の魔法を使ったり煙玉のようなアイテムを作ることはできるけれど、《守護》の魔法のような、補助系の魔法は使えないの。魔女や魔法使いの知り合いもいないし、国が秘匿していて探すこともできないし……それに、わが一族に呪いをかけた魔女は、もうとっくの昔に死んでしまっていたから、見つけ出して呪いを解除させることもできなかったのよ」

「……死んでしまっても、呪いは続くのですか?」


 不思議に思って尋ねると、私の隣のアレクシス様がそれに答えた。


「よほど強い恨みだったのだろうな。百年前、ミドルトン一族は国王陛下より伯爵位と領地を賜り、この城に住むことを許された。だが前の城主が去った後、この城は廃城になっていて、その間に、とある魔女の母娘が住み着いていたんだ。百年前は今よりも魔女や魔法使いが多く、魔力も強かった。その魔女の母娘も元貴族だったらしいが零落していて、もちろん無許可の不法侵入だった。金もなく、娘は歩くこともできないほどの重い病にかかっていた。せめてその病が治るまでこの城にいさせてくれと頼みこむ魔女を、当時の伯爵は無理矢理追い出した」

「まあ……」

「新しく領主として来たこともあって、見せしめとしてよけいに厳しく振る舞おうとしたのかもしれない。だが、その後まもなく、魔女の娘は息を引き取った。最愛の娘を失った魔女は伯爵を激しく恨み、自分の命と引き換えに、ミドルトン一族に子々孫々まで続く病の呪いをかけたんだ」

「……そうだったのですか……」


 当時の魔女の気持ちを思うと、胸が痛くなる。

 けれど、そのことと、関係のない子孫まで巻き込むことは別だ。

 ミドルトン家にかけられた呪いが解けて、ロージーが助かって、本当に良かった。


 マーガレット様がお茶を飲み、カップをそっと置いた。


「……ねえサラ、魔女であるわたくしの目には、ロージーにとりついている呪いが見えていたのよ。どす黒い不吉な煙のようで、何をしても離れなくて、もどかしくてたまらなかった。あの子もわたくしの弟の息子夫婦のように、弱っていくのを手をこまねいて見ているだけしかないのかと……けれど、あなたがアレクシスの元へ嫁いでくれて、《守護》の魔力のこもった服をロージーに着せてくれるようになると、呪いはみるみるうちに弱って小さくなった。そして、あの月と星のドレスが決め手だったわ! あの古き良き神秘の意匠と無垢な水晶がサラの魔法を強化して、百年もの間わが一族につきまとっていた呪いは、ついに消え去ったのよ! ああ、わたくしがどんなに喜んだことか!」


 マーガレット様は、私の手を自分の両手でぎゅっと包み込み、感謝のまなざしで言った。


「ありがとう、サラ。もうわたくしの一族が呪いによって死ぬことはないわ。あなたのおかげよ」

「お役に立てて、本当によかったです」


 少し照れつつも心からそう言うと、マーガレット様が不敵に笑った。


「これでわたくしはあなたに大きな借りを作ったわ。もしアレクシスがあなたを虐めるようなことがあれば、遠慮なくわたくしに言いなさい? 十倍にして返してあげるから」

「そ、それは大丈夫だと思いますが……!」

「……大伯母様、あなたは私がサラにそんなことをするとでも……?」


 アレクシス様が心外そうにじっとりした視線を向ける。

 けれど、マーガレット様は平然としていた。


「おほほほ。そういえばアレクシスは一年前からサラに片思いしていたのだったわね。そんな心配は無用だったかしら」

「大伯母様!」

「では、わたくしはこれで失礼するわ。これから町で商談があるの。急いでいるので見送りは結構よ」


 マーガレット様はエルシーを連れ、応接間を出ていった。

 あとには、アレクシス様と私だけが残された。

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