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12.再会の喜び

「お帰りなさいませ、アレクシス様!」


 帰還の知らせを聞いて急いで広間へ行くと、そこには帰ってきたばかりのアレクシス様がいた。

 オーバーコートの前が開いていて、腰に巻いた黒いサッシュがのぞいている。

 心臓がどきんと跳ねた。

 本当に、身に着けていてくださったんだ。


 広間には、戦場から持ち帰った旅行鞄がいくつも積まれていた。

 汚れのついた剣や甲冑が無造作に置かれているのを見て、ああ、彼は危険な戦いに行っていたのだと、改めて実感する。

 使用人たちに荷解きの指示をしていたアレクシス様は、私を見ると、口元を緩めた。


「ただいま、サラ」


 久しぶりに会ったアレクシス様は前よりも日に焼けたようだったけれど、それ以外はとても元気そうだった。

 顔が熱くなるのを感じながら側へ行き、言葉をかける。


「ご無事のご帰還、何よりでございます」

「ありがとう。シルバーウルフの大群と五体ものオーガを相手にしたのに、今回、私はほとんど魔獣の攻撃を受けることがなかった。君のサッシュが守ってくれたのだろうな」

「まあ、買いかぶり過ぎですわ。でも、お怪我がなくて、本当に良かった……」

「……ああ、そうだな……」


 どことなくアレクシス様の歯切れが悪い。

 まさか見えない場所に怪我でもしたのだろうかと心配になって、彼の体をあちこち見回す。

 彼は急いで言った。


「いや、私は怪我はしていないんだ。だが……デクスター子爵令息がオーガに襲われて負傷し、戦線離脱した」

「……コンラッド様が……?」


 アレクシス様は眉を寄せ、頷いた。


「幸い、致命傷ではなかったようだが……そのとき、私は彼の見える位置にいたんだが、隊の指揮を取り、別のオーガと戦っている最中で助けに向かえなかった。君に『心配しなくていい』などと軽率に言うべきではなかったな……すまなかった」


 私は黙って首を横に振った。

 コンラッド様が怪我をしたということが、あまりにも予想外だったのだ。


 私が婚約者だった頃は、「奇跡の騎士」と呼ばれるほど、怪我とは無縁の人だった。

 それが、戦線離脱を余儀なくされるほどの傷を負ったなんて……。

 かつて私に向けられた彼の明るい笑顔や優しさが思い出されて、胸が苦しくなった。

 けれど。


「……もしも君が望むなら、王都へ彼の見舞いへ行っても構わない。彼は君の義弟でもあるし……」


 無表情でそんなことを言うアレクシス様に、私はもう一度首を横に振った。

 私のお見舞いなど、コンラッド様もミリアムも望まないだろう。


「いいえ、その必要はありませんわ。コンラッド様にはミリアムがついています。あの子は気丈な子なので、きっと大丈夫です。……後で、お見舞いのお手紙を書こうと思います」

「……そうか」


 どこかほっとしたように言われ、その件はこれで終わりになった。

 少し気まずい沈黙が生まれる。

 私は遠慮がちに口を開いた。


「ところで、アレクシス様は明日のご予定はおありですか? もしよろしければ、午後に少しだけ、お時間をいただけたらと思うのですが」


 アレクシス様はすぐに承諾してくれた。


「もちろん構わない。留守中、何か問題でも?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「では、デートの誘いかな?」


 真顔でそんなことを言われ、ぶわっと顔に熱が集まる。


「ちがっ……!」

「違う?」


 ちょっと残念そうに首を傾げる姿があざとかわいい……じゃなくて、ああ、こういうときに気の利いた返しのできない自分が恨めしい。

 赤くなってあわあわしていると、アレクシス様がクスッと笑った。


「冗談だ」

「!」

「すまない、ついからかいたくなってしまった。……久しぶりに会ったのに、嫌われてしまうかな」

「き……嫌いになんて、なりません……」

「…………そうか」


 アレクシス様が横を向いた。

 ほんのり頬が赤く見えるのは気のせいだろうか。


 気がつけば、広間に置かれていた旅行鞄や武器や甲冑はすべてきれいに片付けられ、広間には私たち二人だけだ。

 アレクシス様はオーバーコートのポケットに手を入れて、小さな包み紙を取り出した。

 それを私に差し出す。


「戦場付近に住む大商家が、魔物を退治した礼に、店の商品をなんでも持っていっていいと言ってくれたんだ。それで……もしかしたら君が気に入るかもしれないと思って」

「私に……?」


 受け取って包みを開ける。

 中には、虹色の刺繍糸が入っていた。

 美しいグラデーションになった青系の糸と、赤系の糸が、一かせずつ。

 虹色の刺繍糸はごく限られた地域でしか売っていない、憧れのレア品だ。

 たちまち私は天にも昇る心地になった。


「まあっ……! まさかこの糸が手に入るなんて、夢にも思いませんでしたわ!!」


 私は夢のような色合いの糸を色々な角度から眺め、うっとりとため息を吐いて。

 それから糸をグッと握りしめて、アレクシス様に勢いよくにじり寄った。


「とっっっても嬉しいです、アレクシス様!! 大切に、使いますね!!」

「……そんなに嬉しかった?」


 若干引き気味に言われ、ハッと我に返る。


「あ……あの、すみません、取り乱してしまって……もちろんアレクシス様が無事に戻られたことが一番嬉しいです! ですが、この刺繍糸も本当に嬉しくて……」


 赤くなって言い訳する私の頭に、アレクシス様の大きな手が、ぽんと乗った。


「そうか。喜んでくれて何よりだ」


 あたたかな微笑を向けられ、私は改めて、彼が帰ってきたことの喜びをかみしめた。




 ✧✧✧




 次の日の午後、私はアレクシス様と共に、お茶会の準備の整った中庭にいた。


 彼に、ガーデンチェアに座り、目を閉じてもらう。


「私がいいと言うまで、目を開かないでくださいね?」

「ああ、わかった」


 素直にまぶたを閉じているアレクシス様は、とても無防備に見えた。

 晴れた午後の木洩れ日の下、黒髪が時折風に揺れ、長い睫毛は凛々しい頬に影を落としている。

 思わず見とれてしまいそうになったとき、城の正門へ続く小径から、足音が聞こえた。

 ぱっとそちらを見ると、ロージーが侍女と共にこちらへ歩いてくるところだった。


 私は人差し指を唇に当てた。

 ロージーも頷き、足音を忍ばせながら、こちらへやって来る。


 月と星の刺繍の入った紺のドレスも、かわいらしい水晶のネックレスも、ロージーに見事に似合っていた。さすがは大伯母であるマーガレット様の見立てだ。なんだかロージーの周囲に、新鮮な魔力が満ち溢れているようにさえ見える。

 足どりもしっかりしていて、バラ色の頬は生き生きと健康的だ。病気から順調に回復しているのは間違いなかった。


 ロージーが目を閉じたままのアレクシス様の前に立ち、悪戯っぽく私に笑いかけた。

 私もほほえんで頷き、彼に言った。


「アレクシス様、目を開けてください」




 アレクシス様がゆっくりと目を開けると。

 そこには、笑顔のロージーが立っていた。




「お兄さま、お帰りなさい!」


 そう言いながら、兄に飛びつく。

 アレクシス様は信じられないというように大きく目を見開いて。

 まだ呆然としながらも、しっかりと彼女を抱きしめた。


「……ロージー! お前、体は……」

「この通り、もうすっかり元気ですわ! 念のため城までは馬車を使いましたけれど、わたくし、もう外を歩けますのよ!」


 アレクシス様に目顔で問いかけられたので、私も同意した。


「この頃はとてもロージーの体調が良くて、食事もしっかりと取れるようになったし、少しなら外をお散歩できるようになりました。……ですから、アレクシス様にもその姿をお見せして驚かせたいと、ロージーと私でこのお茶会を計画したのです」

「サラ…………ありがとう」


 アレクシス様は感極まったように私を見つめた。

 それからロージーを見て、確かめるようにぺたぺたと頬や腕を触った。


「本当だ。前よりも肉がついているようだな」

「おっ、お兄さまったら! 淑女になんというはしたない真似を! 戦場にマナーをお忘れになってきたのではありませんか!?」

「よかった。そんなに元気な声を出せるなら、もう大丈夫だ」

「誤魔化さないでくださいまし!」


 兄妹でじゃれ合っているのをほほえましく見ていると、城の侍女たちがお茶を淹れてくれた。

 温かいお茶を飲みながら三人でお喋りをして、楽しい時間が過ぎていく。


 けれど、それは突然破られることになった。

 城の方から、ジョンソンが急ぎ足でやってきたのだ。


 彼は私を見ると、恭しくお辞儀をして、口を開いた。


「お邪魔をして申し訳ございません。奥様に、お客様がお見えになっております」

「お客様? ……今日は誰ともお約束はしていないけれど、どなたかしら?」


 ジョンソンは強張った顔で、その名を告げた。


「ミリアム・デクスター様でございます」

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