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前編

藤乃 澄乃様の「バレンタイン恋彩企画」参加作品になります。

一万文字を越える長さになったので前後編に分けました。

 荘厳な空気の漂う玉座の間。ここは全ての魔族を統べる王、魔王の住まう城の最上階に存在する巨大な広間である。

 入口から続く赤い絨毯の先にある玉座へと腰掛け、強者の余裕を漂わせている若き美丈夫。左右のこめかみからねじれた角を生やし、光全てを飲み込むような漆黒の髪、それとは裏腹に透き通るような白い肌。見る者全てが溜息を零すような神秘的な美しさを持つ青年、彼こそが今代の魔王である。

 それに相対するのはまだ幼さの残る少女。燃え盛る炎のような赤い髪に、意志の強そうな瞳、健康的な赤銅色の肌、一見すると美少年にも見えてしまう彼女は、全ての人族の中で最強。この世で唯一、魔王に対抗する力を持つと言われる勇者である。

 二人は幾度となく剣を交え、その度に引き分けることを繰り返す内に、いつしか種族の壁を越えて今ではお互いに友情を感じるようになっていた。

 今では魔王は勇者との戦いを楽しみにし、勇者もまた魔王との戦いに胸躍らせるようになっており、戦う時は基本的に屋外で全力でぶつかりあうことを楽しんでいる。

 そして魔王の座る玉座の後ろ、可能な限り気配を消して決して目立たないように立っている、蠱惑的で肉感的な美女は魔王の最側近、サキュバスである。

 数多の男のみならず、時には女をも魅了の能力で虜にし、意のままに操つることの出来る彼女は魔王の為に様々な情報を集め、選別し、報告する役目を担っており、その情報収集能力の高さから魔王の秘書的な立場として側に仕えている。

 仕事一筋に生きてきた為に、今までに恋人が出来たこともそういう浮ついた噂が立ったことも一度もなく、それなのに種族のせいか他人からやたらと恋愛相談を受けるせいで、自分のことには鈍感だが、他人の恋愛感情の機微には敏くなってしまっていた。

 無論、魔王の側に侍るだけの能力を持っており、その実力は魔界に於いて魔王に次ぐと言われるほどの猛者なのだが、めっきり最近はそちらの方面で有名になっている。

 ちなみに今日は勇者の来訪は予定されておらず、一日オフの予定だった魔王は急な勇者の来訪に大慌てで身支度を整え、身だしなみを入念にチェックしてから玉座の間へとやってきていた。


「さて、勇者よ。何故に単身で我が城に来た。よもやたった一人で我を倒せるなどと思っておるまいな?もしそうであるならば、その増上慢、後悔することになるぞ」

「ふん。別に魔王くらい僕一人でも倒せるけどね!今日は戦いに来た訳じゃないよ。今日は、その、あの、えぇっと、ん-っと、なんて言ったらいいのかな。こういうことするの初めてだから、分からないんだけど……」


 最初は威勢良く胸を張って言った勇者だったが、急にもじもじと恥ずかしそうに体をくねらせ、頬を赤く染めながら上目遣いで魔王をちらっちらっと見上げる。

 初めて見る勇者の姿に面食らってしまう魔王であったが、戦っているときの勇ましい彼女とは裏腹な、今までに見たことのない仕草と表情にこちらも頬を染めてしまう。

 それを後ろで見ていたサキュバスは、あらあら青春ねぇ、と心の中で思いつつも表情には一切ださず、キリっとした顔で立っていた。


「ええい、結局何がしたいのだ。いつものお前らしくもない。言いたいことがあるならはっきりと言えば良かろう!」

「そ、そういう言い方しなくてもいいじゃないか!僕だって凄く緊張するときくらいあるんだから!」


 魔王のデリカシーのない一言に、勇者が思わず噛み付き返す。バチバチっと二人の視線の間に火花が散り始めたのを見て、後で勇者はお仕置きねと心の中で溜息をつきつつ、サキュバスは仲裁に入ることにした。


「お二人とも、それ以上はお辞め下さいませ。二人が戦えばいかな玉座の間とはいえ、部屋がもちませぬ。それでもやるというのでしたら……後でたっぷりとお仕置きして差し上げますが、如何なされますか?」

「「ごめんなさい!!お仕置きだけは許して下さい!!」」


 広い玉座の間に響く凛とした声に、二人は即座に一触即発の臨戦態勢を解く。

 過去にお仕置きを受けたことのある二人は、その内容のえげつなさに危うくトラウマになり掛けたことがあるのだ。


「ごほん!あー、それで勇者。本当に何をしにきたんだ。まさか私に降伏しにきた訳でもあるまい?まさか、トチ狂ってお友達にでもなりに来たとでも言うのか?」

「えっと、それはその、あの、なんて言ったらいいのかな、友達っていうか、あー、えー、うー……ヒィっ」


 魔王の言葉に再びもじもじとし始めた勇者が助けを求めるようにサキュバスに視線を送ると、目はまったく笑っていないのに、口だけがまるで鋭い三日月のように弧を描いて笑っている彼女の顔が目に入り、思わず悲鳴を上げてしまう。

 怪訝な表情を浮かべた魔王が勇者に問い掛けようとすると、それより早く勇者は腰につけているポシェットから両手の手の平に乗るサイズの箱を取り出した。


「こ、これっ!あげるっ!チョコレート!今日、二月十四日だから!バレンタインだからっ!」

「チョコレート?なんだそれは?その日付に何か意味があるのか?それにバレンタイン?聞いたことがないな」


 真っ赤な顔をして叫ぶ勇者に、更に怪訝な表情になってしまう魔王。

 バレンタインを知らないという魔王の言葉にハトが豆鉄砲を受けたような顔をする勇者。

 魔族の国にはチョコを始めとしてお菓子というものは存在せず、甘い物はあってもハチミツや果物などしかない上に、かなりの貴重品である。

 そして当然、バレンタインという行事は存在せず、意味も分からないのだ。

 ちなみにバレンタインと言う行事はかつて異世界からやってきた人間が、チョコの製法と共に広めたものであり、人間達の世界ではかなりメジャーなイベントになっている。

 更に言うと、かつては人族と魔族の使っている暦は異なっていたが、不便だという理由で統一されている為、魔界においても今日は二月十四日である。


「魔王様。チョコレートというのは、カカオと呼ばれる植物の実を原材料にした、異世界人が流行らせた人間達の甘い菓子です。そしてバレンタインというのは、これもまた異世界人が流行らせた人間達の風習で、二月十四日に女性が意中の男性にチョコレートを贈り、告白するイベントを指します」

「流石はサキュバス、詳しいな」

「お褒めに預り光栄の極み」


 魔王の言葉に深々と腰を折るサキュバス。そして魔王はサキュバスの説明の意味に気付き、ぴたっと動きが止まる。

 

「なぁ、サキュバス」

「なんでございましょう?」

「今の説明だと、まるで勇者が私のことを好きだと言っているように聞こえるのだが?」

「その通りでございますわ、魔王様。それにしても、勇者の前で私に確認をするなんて。勇者への羞恥プレイでございましょうか?」


 サキュバスの言葉にはっとなって勇者の方を振り返る魔王。そこにはチョコレートの入った箱を持ったまま、顔を恥ずかしさで真っ赤に染め上げ、瞳をうるうると潤ませた勇者が体をぷるぷると振るわせていた。


「す、すまん、勇者。まさかお前が私に対してそのような感情を持っているとは思っても見なくて、つい。それにこのようなことは初めてで、私も混乱しているのだ」

「べ、別に怒ってる訳じゃないから、いい、よ?そ、それで魔王、初めてって本当?」


 慌てて頭を下げる魔王に、勇者はふるふると首を振る。そして魔王の言葉を確認するように尋ね、可愛らしく首を傾げるようにしながら、上目遣いで魔王を見上げる。

 その仕草に少しあざといわね、とサキュバスは思ったが顔には出さず無表情を保っていた。

 それとは対照的に、こういうことへの免疫のない魔王は、普段見ることのない勇者の可愛らしさに顔を首筋まで真っ赤にしていた。


「あ、ああ。魔王の息子として産まれた私は、強力な魔力を産まれながらに持っていてな。その為に周りから恐れられ、疎まれてきたのだ。そのせいで産まれてこのかた、このようなことを経験したことはないのだ。それで、勇者よ、その、本当にそれは私に……?」

「あはっ、そうなんだ?僕と同じだね。僕も産まれ付き魔力が強くて、しかも火の魔法との親和性が高いから、魔力を暴走させてはあっちこっち焼いちゃって。それで怖がって僕のことを腫物を触るみたいに扱ってたのに、いきなり勇者とか持ち上げてくれちゃってさ。ほんと、手のひら返しが凄すぎて嫌になるよね?あ、うん、これ、魔王にあげる。僕の気持ち、受け取って貰えるかな?」


 お互いに似た経験をしている、そのことに親近感を感じあう二人。そして少し恥ずかしそうにはにかむ勇者からチョコレートの箱を受け取る魔王。

 嬉しそうに箱を眺め、指先でゆっくりと撫でまわしながら、溢れる感情を抑えきれないのか、にやにやと口元に笑みを浮かべる魔王。


「えっと、良ければ食べて、感想を教えてくれないかな?初めて作ったから、美味しくないかも知れないけど……」

「そ、そうか?分かった、それでは少し待ってくれ……ふむ、これがチョコレートか。とても良い香りがするのだな。この香り、先ほどから勇者から漂ってくる香りと同じだな」

「や、やだ魔王ったら、恥ずかしいこと言わないでよ」


 ゆっくりと包装を破らないように丁寧に剥がしていき、箱を開けるとふわりと広がる香りに嬉しそうに笑みを浮かべる魔王。

 ちなみに先ほどからサキュバスは、私は空気、私は空気と心の中で念じながら気配を殺し、砂糖を吐きそうな甘ったるい空間に耐えていた。


「ほう、ハートの形をしているのだな。これは食べてしまうのが勿体ないが……」

「で、でもでも、せっかく作ったんだから食べて欲しいな?」


 二人の形成する甘い空間に耐えていたサキュバスだが、ハートの形、と聞いて猛烈に嫌な予感に襲われる。

 おかしい、ハートの形は割れてしまうと縁起が悪いから作らないようにした筈なのに、なんでハートの形をしてる?


「魔王さま、お待ちください!一応、毒見を!!」

「何を言っているサキュバス、常に正々堂々、正面から真っ向勝負を挑んでくる勇者がいまさら私に毒を盛るようなこともあるまい。それに、心配せずともそもそも私には一切の毒は効かぬと分かっているだろう」

「酷いよ、サキュバスさん。僕が魔王に毒を盛ったりするはずないでしょう?」


 二人同時に責められてしまい、サキュバスは違う、違う、そうじゃないと心の中で思うものの何も言えなくなってしまう。

 そして魔王はハートの形のチョコが真ん中で割れないように、端っこを少しだけ割って口に入れる。


「ふむ、甘くて良いかお……ごふぅっ!?」

「わっ、きたなっ!?」


 口に入れた瞬間に広がる甘い香り、そして口の中に広がる甘さと猛烈な塩辛さ。最初に甘さが来た為にその塩辛さのギャップは半端ではなく、思わず魔王は咳き込み、その拍子に口の中のチョコを噴きだしてしまう。

 その上、咳き込んだ拍子にチョコを床に落としてしまい、ハート型のチョコが真ん中から真っ二つに割れてしまう。


「あっ!?チョコレートが……」

「ごほっ、ごほっ、み、水……」


 ショックを受けている勇者に気付かず、魔王は魔法で水球を作り出し、宙に浮かせてそこから水を口に含んで咥内の塩辛さを洗い流していく。

 その行為に勇者は更にショックを受けてしまい、涙目になりながら玉座の間から走り去ってしまった。

 案内役のサキュバスがいない為に途中で城に仕掛けられた罠が発動するものの、勇者はそれらを素手で破壊したり尋常ではないスピードで回避したりと躱していった。


「魔王様、いくらなんでも今の仕打ちは酷いのではないかと」

「ごほっ、し、仕方ないであろう!物凄く塩辛かったのだ。食べ物を粗末にしてはいけないとはいえ、あれは流石に無理だ、お前も食べてみれば分かる」

「床に落ちた物を拾って食べろとは、流石は魔王様。部下に屈辱を与えるのがお上手ですね。さしもの勇者も魔王様のドSっぷりには走って逃げ出すというものです。ですが、ふむ……そこまで言われると味が気になりますね」


 違う、そういう意味じゃないと叫ぶ魔王を横目に、チョコの欠片をサキュバスは摘まんで口の中に入れ、慎重に味見をし……その塩辛さに魔王と同じように口から噴きだしてしまう。


「ブフォッ!?」

「ほらな!?言った通りだったろう!?なんなんだ、あいつは。私に高血圧と糖尿病を併発させて生活習慣病にでもするつもりか!?」


 黒酢胡麻醤油、ふとそんな言葉が頭の中に浮かぶものの頭を振ってその言葉を頭から追い出し、サキュバスは魔王と同じように水球を作って口の中の塩辛さを洗い流していく。

 なるほど、これは確かに噴きだしてしまうのも無理はない。

 あの子はいったい何をやらかしてくれてるのかと、サキュバスは内心、大きなため息を零す。


「サキュバス、済まぬが私は気持ちが悪くなったので自室で休ませて貰う。暫く横になっているから、緊急の用件でもない限りは呼ばないでくれ」

「心得ました魔王様。ごゆっくりお休み下さいませ」


 片手で胃の付近をさすりながら魔王は玉座の間を後にし、残されたサキュバスは玉座の間の窓へと近づいていき、窓からジャンプして背中から大きな蝙蝠の羽を生やし、空へと舞い上がる。


「城からは走って出たでしょうけど、きっと途中でべそべそしながら歩きに変わってるはず。まだ追いつける位置にいてよ、勇者……とにかく、何をしたのか吐かせないと」


 羽をはばたかせ、王城の入り口から出たであろう勇者の魔力を探知しながらそちらへと向かい、サキュバスは城から飛び立っていった。



 ちなみに、魔王とサキュバスが噴き出したチョコも、床に落ちたチョコも、味覚の無いお掃除スライムくんが綺麗に食べてくれました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すでに風物詩と化していると思しき勇者と魔王のマッチング。たぶん配下たちも適当なところで防衛を切り上げてるに違いない。 [気になる点] サキュバス…そういうところやぞ [一言] スライム(甘…
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