全裸の王子と誘拐事件
来客を告げる鐘の音が鳴り響いたのは、吸血を終えた直後のことだった。
リンゴンリンゴンと少しばかり奇妙な音をたてるあのチャイムは魔道具、すなわち魔力によって動く道具だ。効果は招かれざる客への警告、及び簡易魔術による気休め程度の攻撃。まあこれが発動するまでには俺かイヴが「対応」してるだろう。
このチャイムの魔道具が普通に鳴ったということは、とりあえずのところこの来訪者に悪意は無いということだ。
「私が出ます」
イヴが俺の膝の上からするりと降りる。ちょっと名残惜しそうな目をしていたように見えたが、俺の勘違いじゃなければいいな。
「いや、俺も行こう」
今日は仕事の予定は特に無い。有り体に言うと暇なので、メイドと共に屋敷の主人自ら玄関に向かう。
「はーい、どなたですか……………………え?」
ガチャりと重厚な木製のドアを開けた途端目に飛び込んできたのは……健康的な肌色だった。
「やぁ!久しぶりだね伯爵、元気そうでなによりいいいぎゃああああ!」
その顔に見覚えはないこともなかったが、とりあえず右手をチョキの形にし、狙いは目の前の全裸の男の両目へ。すなわち秘技目つぶし。男はたまらず目を押さえ倒れ込み地面を転がりながら悶絶する。
「うぎゃぁぁぁぁああああ!目が、目が!!」
「……イヴ」
「大丈夫です。何かよからぬものが見えそうになった瞬間、目は閉じました」
「それは良かった」
俺の横でぎゅっと目を瞑っているイヴ。良かった、うちのメイドが変なものを見ていたら目つぶしでは済まないところだった。
「それより、もうその痛がるフリやめません?エルネスティ王国第二王子様?」
「いででで……あ、そうかい?」
先程までの痛がりようが嘘のように、目の前の青年……ここエルネスティ王国が第二王子、またの名を「お騒がせ王子」のアレクサンダー・フォン・エルネスティアは笑みを浮かべて立ち上がった。実際、痛がっていたのは嘘だろうが。
「聞きたいことは色々ありますが、とりあえず上がってください」
「すまないね!あ、服を貸してくれるかい?好んで全裸でいる訳ではないんだ」
「好んでいたのなら衛兵に通報していましたよ」
「酷いなぁ!私は王子だぞ!」
どこに生まれたままの姿で人の家を訪問する王子がいるんだよ、という言葉は飲み込んでおいた。
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「いやぁ助かった、恩に着る!」
「恩に着る前に服を着てて欲しかったですね」
「返す言葉もない!」
所変わって応接室。第二王子と俺の背丈はほぼ同じだったので、とりあえず俺の服を着させている。流石王子と言うべきか、俺よりも着こなしている。そりゃここら辺では珍しい黒髪黒目の俺に比べて、王子は金髪碧眼で目鼻立ちが整ってるから当たり前ではあるのだろうけど、納得いかない。これだからイケメンは……。
「その後ろのメイドは?君が使用人を雇うとは意外だな」
「……ええ、そうですね」
数年前、第二王子と初めて出会った頃を思い出す。まああれからずいぶんと変わったよな、俺も。
「イヴと申します。殿下」
「アレクでいいよ。彼もそう呼んでいる」
「承知いたしました。アレク様」
ふむ、とアレク王子は満足げにうなずいた後、イヴが用意した紅茶を一口飲む。俺も飲む。
「いい舌ざわり……これがアールグレイだな」
「これはダージリンじゃないか?」
「ダージリンです、ご主人様」
……ちくしょう。
「こほん!……で、なんの御用ですか、全裸王子?」
「誰が全裸王子だ失敬な!今日に限ってはその通りだが……」
しかし、仮にも一国の王子が一人で、しかも裸でいたのは気になるところだ。
「聞いてくれたまえよ、この私の武勇伝をな!」
多分武勇と誇れるものではないだろうが、聞いてあげることにした。
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「昨日の朝のことだ、私が朝食をとるため王宮の食堂へとむかうとだな、父上と兄上が興味深い話をしておられたのだ」
「なんでも最近、王都にて誘拐事件が多発しているとか。犯人は数人ほどのグループで、夜の闇に紛れ人を攫っていくのだそうだ。この事件が明るみになってからすでに一週間は経つが、我が国の優秀な騎士団たちも犯人のしっぽさえ掴めずにいると言うではないか」
その事件というのは、今王都で騒がれている「霧の誘拐事件」のことで間違いないだろう。事件が起こるとその現場付近に必ず霧が立ち込めていることから、人々にそう呼ばれている。
「それを聞いた私は考えた。私のこの天才的頭脳ならば犯人逮捕などたやすいのでは?とな」
……すでに雲行きが怪しい。
「善は急げだ。私は早速、引き留める侍従たちを振り払い王都へ繰り出した。当てはなかったが、うむ。なにせ私は王子だ。歩いていれば何かを引き寄せるだろうとな」
おい天才的頭脳はどこいった。
「しかし、日が暮れるまで王都中を歩き回ってもなにも得られない。さしもの私も挫けそうになってだな。いやしかしこんな所で立ち止まるわけにはいかない、もう少しだアレクと自分に喝を入れていたところ、ふと一軒の酒場が目に入った。情報を集めるなら酒場が一番だという誰かの言葉を思い出し、意気揚々と乗り込んだのだよ」
それ、前に俺が言ったんだけどな。日が暮れる前に思い出してほしかった。
「そこにいる人間に手あたり次第話しかけていたらだな、何か知ってそうな怪しい者達を見つけたのだよ。交渉の末、賭けに勝ったら情報をくれるということでな、カードゲームにて勝負することにした」
ああ、ダメだそれは。あの遊び人たち相手にそれは悪手すぎる。
「一晩中やったが結果は惨敗でな、文字通り身ぐるみ全て剝がされて、追い出されたというわけだ」
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やっぱり全然武勇伝じゃなかったな。いや、あいつらにゲームを挑んだことは勇敢だったと言えるかもしれないが。
「──それで、なぜ城に帰らずここに来たんです。一介の伯爵家に」
「一介?ははん、とぼけてるのだな?ここに来た理由など分かり切ってるだろうに。依頼だよ」
そう言うと、アレク王子はその碧眼を少し細め、いつになく真剣な表情……いや、王族に連なる、人民の上に立つ者の顔を見せた。
「──エルネスティ国王より爵位を賜った一代貴族にして、先の亜人戦争にて多大なる戦果を挙げた「魔術王の弟子」、あるいは「遠雷の魔術師」、いや、今はこう呼ぶべきか──「なんでも屋」のグレイ・ラストピリオド、にな」