25. 『剣鬼王』
〈聖ドラグシャフ世界線〉総合アカデミー。
派閥同士の正式な戦闘行為である“天界の決闘”は魔法科学科バロムア=ドルシウスの不正介入によりグダグダな結果となった。
その際に、これもバロムアの残した爪痕のおかげで医務室にて治療を受けていた時雨、ミリソラシア、キャンベラの三人に加え、数人の生徒が叛逆者集団、反真龍救済連合のメンバーに誘拐されてしまった。
彼らの痕跡を追い、辿り着いたのが“聖山”の内部。
そこで、千花の立てた作戦により各個撃破を狙っていくこととなった。
そして、現在。
かつて千花たちと共に戦い、散っていったと思われていた『最強の鬼人』千時剣聖が一度目に襲ってきた敵と相対していた。
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鮮やかな紅い光が動いている。
その光源は剣聖の【剣の刻印魔法】第二段階【鬼神眼】によるもの。
使用中は眼が紅く光り、危険を察知できる。
だが、その眼も〈リングトラヌス世界線〉での『女神』との死闘で一つ欠けてしまった。
今は眼帯をしているが、【鬼神眼】の使用可能範囲は大幅に狭まってしまった。
それでも、剣聖は総合アカデミーの最高戦力である『八大使徒』を超えた。
それも、【剣の刻印魔法】による刀の生成を一度も使用せずに、だ。
代々鍛え上げられ、剣聖の代で極めた真禍極限流の技。
己が技術と鍛え上げた技術。
この二つのみで総合アカデミーの頂点に登りつめた。
「真禍極限流【殺・無刀】!」
最大にまで練り込まれた殺意によって幻の刀を生み出し、本撃の布石とする。
「ハッハッハァァァァァァ! 【次元二段斬光】!」
キィィィィィン! と鉄と鉄が重なる音の後、訪れる静寂。
剣聖の鬼哭啾啾と打ち合っているのは、素人目で見たとしても名剣と分かるほどの美しさ。
その名剣の持ち主は長い黒髪を梳きもせずに伸ばして、真っ黒なコートにかかりそうな長さだ。
目元は剣聖に似て鋭いが、口元は心底楽しそうに笑っている。
身長も体格も剣聖とよく似ている。
「ハッハッハ! 【次元三段斬光】!」
「真禍極限流【旋・無刀】!」
互いに回転する斬撃を放ちながら距離をとっていく。
あの剣聖と打ち合えるだけでとてつもなく強い存在だと言うのに、同じような技術も持っている。
「(何者だ? ただの尖兵とは思えん。オレと力量も技術も同等とはな)」
鬼哭啾啾を謎の強敵へと構えながら心の中で、相手の強さに戦慄する。
「おー! お前ぇ! このオレとやり合えるったぁ、強ぇな!」
相手も同じことを思っていたのか、わざわざ話しかけてくる。
「貴様も相当な剣士だ。オレに斬られん人間など数えるほどしかいない」
「はははははっ! すげぇ上から目線だなぁ? おもしれぇ!」
互いに強さを認めながらも剣圧と殺意を垂れ流しながら会話する。
だが、これは剣士として当然の現象。
自分よりも格上か同等の存在と相対した時、剣士は超えたいと思ってしまう。
「オレは反真龍救済連合! カロード=ゴール! コイツァ、名剣ティルフィング!」
楽しそうに笑いながら己の名を名乗るカロード。
愛剣として使用しているであろう、己の剣ですら紹介に混ぜてしまうほど。
カロードのティルフィングは一般的にカトラスと呼ばれる種類のものだが、普通のカトラスと違いカロードのティルフィングは長さも横幅も数倍ほどある。
厚みがあり、その上で軽く、カロードは扱い慣れている。
「千時剣聖。貴様を強敵と認めよう」
相手に名を名乗る行為は、相手を認めていると言外に言っていると同じ。
それを知っている剣聖はカロードのことを己の好敵手と認める。
「【次元酒呑斬光】!」
横凪の斬撃と違いはまったくないが、大きな違いと言えば千百合の大鎌による飛ぶ斬撃だということ。
真っ青な斬撃が剣聖に向かって飛んでくる。
しかし、剣聖は──
「真禍極限流【翔・無刀】!」
カロードの斬撃に被せるように真っ赤に燃える縦の斬撃を翔ばしていく。
真っ青な斬撃と真っ赤な斬撃は拮抗し合いながら時期に消えていく。
それだけのたった数秒で二つの斬撃がぶつかり合った場所は大きく抉られていた。
飛ぶ斬撃をも互角となると、最終的に優劣を決められる方法など一つ。
「降竜秘奥“剣神竜”!」
万物を斬り刻むことの出来る“剣神竜”の加護。
反真龍救済連合の人間だと言うのに、「真龍に近い降竜秘奥を使ってどうするのか」と疑問はあるが“剣神竜”の加護を得たカロードの剣圧はさらに増して重くなった。
「【鬼神化】!」
【剣の刻印魔法】第三段階。
生まれながらにして人間を縛っているリミッター的血管、神経、筋肉を【生成・真】にて貫き破壊。
これにより、剣聖は常人では成しえない異次元の身体能力を得たこととなる。
さらに【鬼神眼を己に纏わせる。
そうすることで人として限界を超える生物となることが可能。
相対する二人の剣圧は互角。
ならば、互いに研磨しつくした第二の技術にて鎬を削り合うことのみ。
一拍の瞬間の後、剣士二人は激突した。
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場所は変わって〝聖山"内部から、総合アカデミー。
強制自爆テロによって破壊されてしまった総合アカデミーは、【雷帝直伝多王元主専属親衛隊】の活躍のおかげで瓦礫処理が終了しているが、未だに怪我人は待機している状態。
早く王都の緊急専門病院に運んでやりたいが、そう出来ない理由がある。
それは──
「続々と増え続けているな」
反真龍救済連合が扇動したと見られる戦士の数だ。
その人数は出現が確認された時から既に数倍にまで膨れ上がっていた。
「ざっと三百人ぐらい。万事休すね」
現実を贔屓目なしで受け取ったスティア=モービットが一言、地獄の宣告のように告げる。
現在、破壊された総合アカデミーは“聖山”と市街地の間に瓦礫でバリケードを作っていた。
これは、【雷帝直伝多王元主専属親衛隊】によるものではなく、無事な生徒と『八大使徒』によって作られたもの。
「それで、どうするつもり? アイツらはさっさと潰しとかなきゃ不味いんだし」
普段は自分から会話を切り出すことのない拳=トウが己から状況打破のために話し始めた。
「もうすぐで善竜騎士団の第二部隊が到着する予定だ。到着に合わせてこちらからも攻撃を仕掛ければ勝利する見込みは高い」
拳=トウの問いに答えたのはワールドだ。
彼女たち『八大使徒』がいるのは千花たちと会議をした簡易的な会議室。
そこには『八大使徒』の面々だけでなく、生徒の中から頭一つ抜きん出た若い芽もいる。
と言っても、総合アカデミーの大看板である『五大賢人』の二人は死亡が確認され、残りの三人も行方不明。
詳しくは報告されていないだけで、『五大賢人』の残りの三人は既に千百合に抹殺されている。
『三人賢王』も全員がバロムアに寝返っていると見て良い。
二大派閥である『魔王』派閥と『ハヴィリア』派閥のメンバーは全員バロムア率いる反真龍救済連合の対処に向かっている最中。
そうなると、集まった生徒も少し頼りなく見える。
「詳しく話してくれ」
『八大使徒』の中でもトップ、総合アカデミーでもトップのヴァルアドルからワールドへの詳細説明が求められる。
「はい。現在、善竜騎士団の部隊は市街地から総合アカデミーへ向かって進軍中です。“聖山”側は沈黙状態なので、先に市街地に群がっている反真龍救済連合を総統します」
しかし、ワールドは説明せず、その傍に控えていたハドルド=マキニウスから説明が始まった。
彼女は総合アカデミーに第百二十一期生として入学したが、真の目的は総合アカデミー内の反乱分子を見つけ出し排除することであった。
そえ、ハドルドの真の肩書きは善竜騎士団の善竜騎士であったのだ。
「うん。それ、どれ、それ。いいね。挟み撃ちでバァン! 面白そう。だけど、それさ、管轄を決めなきゃ巻き添え喰らっちゃうよ?」
魔法深淵科のリニヴァ=リンからハドルドへ意見が飛ぶ。
「確かに、俺が下手打ってスティア先生に魔法が当たってしまうかもしれないな」
堂々と同士討ち発言をしたのは魔法倫理科のサウロリア=アウレリウス。
スティアとサウロリアの二人の中はバロムアとワールドほど悪くは無いが険悪であることは否めない。
「よしなさい。今はそんな軽口を叩く時間ではありません」
スティアが反論しようと口を開きかけたところを、制止役の軍=リンが止める。
「お嬢さん、地図を貸してくれるかしら?」
「は、はい! 只今!」
軍=リンに話しかけられたハドルドは慌てながらも、真っ赤に彩られた市街地の地図を持ってくる。
この地図は敵がどこに潜んでいるかを示した地図。
赤く染まっている場所が敵の潜伏している場所。
「そうね…………善竜騎士団と挟み撃ちを担うのはワールドさん、ハドルドさん、拳=トウさん、ヴァルアドル校長でいきましょう」
軍=リンは時雨に負けず劣らずの作戦立案能力を保持している。
このことは周知の事実であり、誰も軍=リンの立てた作戦に異論は挟まない。
「ワールドさんは右翼、ハドルドさんと拳=トウさんは二人で左翼、ヴァルアドル校長は中心の全てをお願いします」
リニヴァから出てきた管轄決めも瞬時に終わらせ、次の作戦へと移る。
「残った方たちは総合アカデミーでの待機。もし、“聖山”から何者かの侵入を見つけた際には残留組で対処します」
軍=リンは市街地と“聖山”からの両方から攻められる可能性を考慮し、充分な戦力を残していた。
こちらが善竜騎士団と総合アカデミー組で市街地の敵を挟み撃ちしようと考えているように、相手も市街地と“聖山”の両方から挟み撃ちにしようと考えているはず。
そう考えた軍=リンの作戦は非の打ち所が見当たらないほど完璧であった。
時雨の作戦立案能力と引けを取らないほど、軍=リンの作戦は堅実なものだ。
「……! ワールド団長! 善竜騎士団の援軍が見えました!」
ハドルドの声に話しかけられたワールドだけでなく、ヴァルアドルや特別招集された数人の生徒も反応してしまう。
「とても早い展開となりましたが、始めましょう。総合アカデミーと、我々の命を賭けた戦いを」
軍=リンの言葉を合図に総合アカデミー残留組の戦闘の幕が上がる。
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場所は変わり、〝聖山"最奥の一室。
窓はおろか換気口もトイレの類も見当たらない、そんな一室。
そこに、三人の少女が手錠をかけられ無造作に転がされていた。
「……これからどうしましょう」
「どうしようもないわね。本当に自分が惨めに見えてくるわね」
「まったくだ。聖剣も鎧も全て没収されてしまった」
三人の少女もとい、ミリソラシアと時雨、キャンベラは同時にため息を吐きながら己の不甲斐なさを呪う。
独房のような場所に押し込められてはいるが、外の状況が最終局面に差し掛かっているぐらいは容易に想像がつく。
千花や千百合をはじめとした『魔王』派閥の面々が必死に戦っている中、文字通り身動きが取れない状態に悔しさが湧いてくる。
「それにこの錠のせいで【刻印魔法】が使えない…………!」
時雨たちにつけられている錠は〝聖山"内部の入口の大門にも使われている魔抗石を使って作られた対魔法使い専用拘束器具。
「これもバロムア先生が……?」
「ミア、その名を呼ぶのはやめなさい。虫唾が走るわ」
バロムアの名を呼ぶことも、聞くことも、今の時雨にとっては苦痛でしかない。
それは他の二人も同じであったようで、ミリソラシアも名を呼ぶときに苦い表情をしていた。
「あのクソジジイ、絶対的な許さないわ…………!」
あの静かな怒りしか表に露さなかった時雨が大っぴらに怒りの感情を吐露するほどに、バロムアへのヘイトは溜まっている。
そんな怒り心頭の時雨たちの元へ、憎悪の渦中にいるバロムア本人がやってきた。
「そんな口をきく下品な娘に調教したつもりはないがのぅ」
「ひっ……!」
「あなた……! よくも私たちに…………!」
ミリソラシアは完全にバロムアに恐怖してしまっている。
ガタガタと歯を鳴らし、額からの汗はとどめなく溢れ、過呼吸寸前までに乱れていた。
そんなミリソラシアの様子を変体クソジジイが見逃すわけもなく。
「ほう。ワシに会えてうれしいか?」
「……! こ、来ないで…………!」
バロムアが一歩踏み出す度に、ミリソラシアは意識が飛びそうになる。
もはや、目の焦点すら合わなくなってきてしまう。
「やめなさい! それ以上ミアに近づかないで!」
「……? なぜじゃ? こんなにワシに恐怖してくれているのじゃ。もう一度あの夜の再現をしてやろうというのに」
「……!? ふざけないで!」
「ふざける? そうじゃな。ワシはとてもふざけている。それで? おぬしに何ができる?」
「……ッ!」
今の時雨にバロムアを止める術をもっていない。
それを知っていて、バロムアはわざと時雨の精神をえぐっていく。
「叫ぶことしかできん小娘では、ワシは止められんよ。悔しかろう? よいぞ。好きなだけワシを憎むがよい。憎悪に支配された小娘を弄びことも一興じゃ」
「貴様ぁぁぁぁああああああ!」
「……! 殺す!絶対に! 何があったとしても殺す!」
そのバロムアの言葉に、悔しさを押し殺していたキャンベラの我慢も限界を迎えた。
二人はバロムアを喜ばせるだけだと分かっていても叫ぶことを止めない。
無様に地面を這ってでもミリソラシアを助けたい。
そんな時雨とキャンベラの二人のことを、侮蔑の眼差しで、それも半笑いで見下すバロムア。
「じゃが、今は外が騒がしい。所詮ただの小娘風情。しかし、あの力は強大。ワシが直々に手を下すしかあるまい」
ミリソラシアへ歩を進めていたバロムアは、現在“聖山”内部へ攻め込んでいる千花たちの処理を優先すべく、回れ右をする。
「ではのぅ。今日の夜を楽しみにしておるぞ」
最悪の一言を残してバロムアは独房のような部屋から出ていった。
「は……っ! ひゅっ…………!?」
「ミア! 落ち着きなさい!」
バロムアという一種のトラウマが突然消えたのだ。
過呼吸寸前であったミリソラシアの呼吸が急激に正常な呼吸へ戻る。
「時雨、これからどうする?」
「とりあえず、脱出のために錠を外さなければならないわね」
安心してしまい意識を失ったミリソラシアを膝枕しながら、キャンベラの質問に答える時雨。
だが、錠は魔抗石で造られている故に、頑丈なのだ。
どこかに叩きつける程度では外れることは無い。
脱出の方法をどうにか考えていた二人はこの時、まったく気付いていなかった。
いくら独房に似ていたとしても部屋は部屋。
もちろん、屋根裏部屋という場所は存在する。
「あいたッ!」
バコン! という音が聞こえた後、可愛らしい少女の声が聞こえた。
「こんな脆いだなんて…………イタタタタお尻打ったぁ…………」
独房のような部屋の天井から落ちてきた全身真っ黒な少女。
しかし、その少女には隙がなく、相当な腕前の武術家だということが分かる。
「えっと…………時雨さん、ミリソラシアさん、キャンベラさん。ですよね? 多王元主って人からの依頼で、助けに来ました。私の名前は暗=トウですっ」
キラーンッとピースを右目に被せる決めポーズをしっかりキメながら自己紹介。
暗=トウを見る二人の目は優しい目付きになっているのだが、残念ながら暗=トウは気付いていなかった。
「ありがとう。それは嬉しいのだけれど、錠の鍵がない限り動けないのよ」
「鍵? なら取ってきましたよ? 待ってくださいね、すぐ外すのでー」
懐から三本の鍵を取り出し、時雨たちにジリジリと近付く暗=トウ。
「えっ!? ちょっと待ちなさ……!」
「……! 早くないか!? 心の準備を……!」
不安に思い止めろと言う二人の言葉を無視し無慈悲にも錠に鍵をはめる。
すると、ガシャン! とした音の後に時雨たちの錠は外されていた。
「どうしたです? 早くこんな辛気臭い場所から出ますよ」
そう言うと、時雨たちの返事を待たずにスタスタと暗=トウは扉の元へと進んでいく。
「え、えぇ。助けてくれてありがとう」
「いいんですよ。それが任務ですから。お代は高くつきますがね」
「ちゃっかり代金まで請求するのか…………」
「当たり前じゃないですか。こんな危険な最前線中の最前線まで救出任務に出向いたんですよ?」
暗=トウの暗殺者としてのスキルはあの元主が買うほどに高い。
現に時雨たちを救けるために敵地まで侵入し、錠の鍵まで入手している。
「確かに、評価の余地はあるわね。いいわ。この件が全て片付いたらそれ相応の報酬は与えましょう。光栄に思いなさい」
「……! ホントですか!? やったー! ん? あれ、ちょっと待ってください。今、どこからの目線で話しました?」
暗=トウが時雨の心の奥底に潜む“何か”の片鱗を感じながらも、時雨たちは人知れずバロムアの魔の手から逃れたのであった。




