19. 『執行者』多王元主
総合アカデミーで行われている“天界の決闘”。
開始が宣言されて約三十分弱で、バロムアが裏で操るハヴィリア派閥の主戦力が続々と落ちていった。
『五大賢人』のナズルミ、ゴルドリア、詠=シロの三人は『死神』千百合の【消失】の素粒子に恐れ戦き戦闘の続行は不可能。
ハヴィリアの側近であるエンサリアはシャーシスに進化した【両喰腕】と【儀式的魔術】によって打倒され、残されたベクチャドは降参を宣言した。
そして、“聖山”の裏でバロムアから秘密裏に指令を受けた『五大賢人』の二人が動き出そうとしていた。
「岩=バルよ、バロムアからの連絡を受け取った。これより行動を開始する」
そう話す男子生徒は、子どもとは思えないほどガッシリとした体付きに、燃え盛るような野心を宿した瞳が特徴。
彼こそ、『五大賢人』一大『破竜』のドルド=シリドウズだ。
“天界の結界”が行われる“聖山”の中で暗殺者の真似事をするという状況は『五大賢人』としてのプライドを持っていた彼には不満でしかない。
しかし、この件を無事に成功させれば、バロムアから『三大賢王』として取り立てて貰えると言う条件の下、不服ながらも従っている。
「確か、内容は相手派閥の派閥主の殺害でしたよね」
ドルドに敬意をはらいながら話す彼は、『五大賢人』五大『厳格』の岩=バルだ。
岩=バルは長い緑色の髪を後ろ手に括り、達観した雰囲気が特徴の男子生徒。
彼は幼い頃から前に立ち、皆を勇気づけるドルドを見て育ったため、ドルドの後を着いていくことのみを生き甲斐としている。
「ああ、その通りだ。相手派閥の女子には悪いが、俺様の為に死ねるのだ。光栄だろう」
ドルドは野心家で傲慢。
手前勝手な理由で殺されて喜ぶ人間など居ないのに、さも当然かのように話す。
そして、彼は本心からそう思っているのでタチが悪い。
簡潔に言えば自分至上主義。
剣聖は良い『天上天下唯我独尊』だが、ドルドは悪い『天上天下唯我独尊』だ。
「なるほどぉ。これはこれは」
「「……!?」」
作戦の最終確認をしていた二人は、突然話しかけられたため、息を飲みながら声の源を振り返る。
そこには、少し痩せ型の男子生徒が立っていた。
もちろん、この男子生徒は千花から『五大賢人』の残りの二人を抑えるように言われていた元主である。
「貴様は確か…………『魔王』派閥の者か!」
非公式ではあるが、派閥主の千花の人類の護り手での役職が『魔王』であるため、完全に否定することが出来ず、甘んじている結果。
だが、元主本人は『魔王』派閥という呼称について何の不満も感じていない。
それは、『魔王』千花の完全覚醒にあった。
千花は時雨が痛めつけられた件で心のリミッターを大きく破損した。
この事件を裏で操り確実に関わっていたバロムアを千花は許すことはない。
その際に、バロムアに与えられる報復は地獄の悪魔ですら恐慄くレベルのものであろう、と予測している。
『魔王』派閥には拷問技術を極道の頭から教わっていた千百合がいるため、まず彼女が報復のメンバーに入れられそうだが、千花が千百合にそれを頼むことは無い。
千花は親友の手を汚すことをとても嫌う。
故に、自分で報復を完了させるため、千花の名は総合アカデミー中に届くだろう。
「何故我々の動きを知っている? 俺様は秘密裏に指令を受けているはずだぞ?」
それを言っては裏に誰かいるぞ、と言っているようなものなのだが、ドルドにそんなことが分かるはずもなく。
「私たちのリーダーは優秀でしてねぇ。貴方方程度の考えることなどお見通しなのですねぇ」
真実は、千花の生まれ持った特異体質に【愛の刻印魔法】を掛け合わせただけなのだが、それを一々言ってやる義理はない。
交渉の場では、元主に勝てるものなど時雨しか思い浮かばない。
そんな元主の煽りをドルドは馬鹿正直に受け取ってしまい、こめかみに青筋が刻まれる。
「貴様、今なんと言った?」
メキメキッ! とドルドから音が出るほどの殺気が溢れ出す。
腐っても『五大賢人』の一大。
周囲を圧倒する殺意程度ならば、容易に放出することが出来る。
「……? 貴方方程度では勝てない、と言ったのですねぇ」
元主のその言葉に、何一つ言うことが出来なくなったドルド。
この攻防を間近で見ていた画=バルとしては、ドルドが怒りに身を任せて作戦を潰す可能性を恐れていた。
そして、事態は彼の不本意な形で履行される。
「…………そうか。なら死ね」
もはや、何が「そうか」などわかったものでは無いが、ドルドは関係なしに拳を振るう。
元主に向かって拳を突き出した瞬間、拳から波が巻型になり飛んでくる。
その波は地面を削り、空間を削りながら、元主に向かってくる。
「【銃弾よ獣と化せ】ですねぇ」
しかし、元主は波を一歩も動かずに【侵犯の刻印魔法】が込められた弾丸にて対処する。
「ただの小手調べだ。いい気になるな!」
ドルドとしても避けられることは範疇にあり、波が対処されたと見ると、自身が元主に向かって突撃する。
「降竜秘奥“破竜”!」
破竜の力をその身に降ろしたドルドは、破壊の権能を宿した拳で元主に殴り掛かる。
「【雷帝直伝多王元主専属親衛隊防御特化型小隊】ですねぇ」
元主の前に大楯を持った【雷帝直伝多王元主専属親衛隊】が立ち塞がり、ドルドの拳を受けきる。
「【身体よ銃器と化せ】ですねぇ」
パァァァン! と【雷帝直伝多王元主専属親衛隊防御特化型小隊】の後ろから、己の腕を侵犯しスナイパーライフルに変えた元主がドルドに発砲する。
「……!」
しかし、スナイパーライフルの銃弾を間一髪で回避するドルド。
この戦闘センスは中々のもので、元主も避けられたことに驚き動きが止まってしまう。
「【一撃の岩盤】!」
背後から横殴りの巨大な拳に吹き飛ばされてしまう。
拳の正体は岩=バルの『巨』の我心によるもの。
全てを巨大にしてしまう彼は攻撃特化のドルドと掛け合わせることで非常に強力なコンビと化す。
あの元主が隙を突かれたとは言え、まともに攻撃を食らい、その上吹き飛ばされることなど滅多にない。
「…………厄介ですねぇ」
飛ばされた先の大岩に激突していた元主は、攻撃特化コンビにどう勝利するかの策を練っている。
「………………考えるのは辞めましょう」
元主の頭の中では百を超える作戦が完成しつつあったが、その全てを放棄する。
「折角の機会ですし、私の新しい力の試し台となってもらいましょう」
そう話す元主の表情はマッドサイエンティストを彷彿とさせるイメージがあった。
「【雷帝直伝多王元主専属親衛隊巨人型小隊】ですねぇ!」
パァァァン! パァァァン! と何発かの発砲の後、巨大な黒い生物が七体程生まれる。
姿形は【雷帝直伝多王元主専属親衛隊】と何ら変わらない。
生物としての暖かみを全く感じない黒に、無感情な雰囲気。
完全無欠の殺戮兵器。
しかし、その大きさが通常の【雷帝直伝多王元主専属親衛隊】の数倍はある。
約五メートルの高さを誇る【雷帝直伝多王元主専属親衛隊】。
“聖山”の木々の高さが約二十メートルなので、木々の四分の一という高さだと思うととても高い。
その上、細いだけではなく図体そのものが五メートル級なので見る者全てを圧倒する圧迫感がある。
「彼らのモデルは霜の巨人族なのですねぇ。大きさは実物には遥かに届きませんが、質は本物ですねぇ。貴方方に彼らを打倒出来ますかねぇ?」
その言葉を合図に、声なき咆哮を轟かせながら【雷帝直伝多王元主専属親衛隊巨人型小隊】は驚きから立ち直っていないドルドと岩=バルの二人に襲いかかる。
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【巨人型小隊】がこの世に生み出されて数分後。
結果から言えば、七体生み出された【巨人型小隊】は現在、四体にまで減った。
【巨人型小隊】の動きは単調なため、ドルドと画=バルの連携でなんとか三体を破壊した。
ならば何故、早々に七体破壊されていないのか。
それは根本的に【巨人型小隊】の頑丈さ故だろう。
ドルドと岩=バルの攻撃特化コンビの打撃ですら簡単に倒れない。
「うぉぉぉあああ!」
バキャャャャャャン! と【巨人型小隊】の四体目が破壊された。
ドルドは破竜の降竜秘奥による破壊の波を、岩=バルの巨大化で威力のみを巨大化させそれも一点集中の攻撃。
それでようやく割れ目が出来るという頑丈さ。
だが、ドルドの心を焦らせているのは【巨人型小隊】の硬さではなく、元主が戦闘に参加せずに傍観しているという事実。
元主のこの余裕が自尊心の高いドルドの心を焦らせていく。
「(なるほどですねぇ。降竜秘奥とは己に竜を降ろす術式ではなく、己を竜と同質のものとさせる術式だったのですねぇ)」
なんと、元主はこの状況でドルドたちの相手を【巨人型小隊】にやらせ、自分は降竜秘奥について研究していたのだ。
「(我心論者の方々の力の源は根源に宿る意思。端的に言えば自身を信じる力。これは中々に面白いですねぇ。一体誰がこんな仕組みを作ったのでしょうかねぇ?)」
しかし、元主の思考はここで遮られてしまう。
何故なら、真上から大きな岩が落ちてきたからだ。
この岩の正体はドルドが思いっきり投擲したもの。
「…………研究も終わりましたし、そろそろ片付けますかねぇ」
思考を邪魔されて不機嫌にはなったが、戦闘中に我を忘れていたことに気付き、早々に終わらせようと相棒であるレボルバーのチェルキーの照準をドルドに合わせる。
「おいおい、それでは面白みがないじゃないか。工夫をしていこう、多王元主」
突如響いたその声に、元主の思考は先程までとは打って変わって、警笛を鳴らし始める。
だが、この一瞬の隙が謎の声の狙いであった。
「……? うぁぁぁぁぁああ!?」
ドルドに照準を合わせていた元主だが、叫び声を聞きもう一人の者──つまり岩=バルを見る。
「なっ!? 何なのですかねぇ……?」
そこには、あの元主ですら驚くものがあったのだ。
つい先程まで普通の人間であったはずの岩=バルの身体がぶくぶくと大きくなっていき、ピンク色の肉々しい球体へと姿を変えていっている。
「これは不味いのですねぇ! 【銃弾よ獣と化せ】」
パァァァァァァン! と侵犯の弾丸を発砲した。
その様相に、放っておくと手遅れになると感じた元主が【侵犯の刻印魔法】による侵犯にて岩=バルを完全に殺す。
「何なんだ…………? 今のは…………」
目の前で古くからの後輩である岩=バルが、およそ人間とは思えない姿に変貌しかけ、殺された事実に怯えることしか出来ないドルド。
この時点で、ドルドは気付いていた。
目の前の元主が、自分たちとは格の違う世界にいる人間だということを。
かくいう元主は、突然介入してきた謎の声について考えていた。
「(岩=バルさんがあのような姿になってしまったのは、あの声の主が原因で間違いないですねぇ。となると、一体誰なのですかねぇ? バロムア先生? それとも第三勢力? いや……もしかしてぇ?)」
グルグルと思考を加速させていた元主だが、一つの可能性に行き着き動揺を隠せない。
そして、彼の予想は最悪の形で成ってしまった。
「その顔は私のことを思い出してくれたのかな? 嬉しいよ、多王元主」
カツカツと革靴の音を響かせて、コンコンと杖をつく音を響かせて、西洋風のコートに、燕尾服を着た西欧風の男。
「やはり、貴方でしたか」
「キミとは一度会っていた。多王元主」
あの元主が、いや人類の護り手ならば誰でも最大限警戒する男。
「ロード・クラドエル=ジルア=ヴォルダグレイ……!」
ロード・クラドエル=ジルア=ヴォルダグレイ。
通称ロード・ヴォルダグレイ。
人類の護り手の守護者であったワール・グリューエンと死狩終也の二人が決死の思いで打倒したと考えられていた彼が、この場にいる。
元主は気を引き締めるとともに、この場でロード・ヴォルダグレイを完全に倒すこと心の中で誓う。
元主とロード・ヴォルダグレイの二人の殺気のぶつけ合いは、空気そのものを軋ませ、緊張の糸が張り詰める。
「んふふふふ、ふははははははははははっ!」
「ふふふふふふふふ…………」
だが、元主とロード・ヴォルダグレイの殺気のぶつかり合いで生じていた威圧の壁は、唐突に終わりを迎えた。
その理由は、元主とロード・ヴォルダグレイの同時の笑い声であった。
二人は共に腹がちぎれるほど笑い、お互い満面の笑みで向かい合う。
この意味のわからない変化に、最も戸惑っていたのは間近で見ていたドルドだろう。
とてつもなく重い殺気のぶつかり合いに、意識が飛びかけていたドルドだが、二人の笑い声につられてひきつり笑いが出てきそうになる。
「(何なのだよ、コイツら……! 気味が悪いレベルではない! 本当に人か? 互いに並々ならぬ因縁があるであろうに、何故笑い出す!? 先程までの緊迫したあの空気は一体何処に行った!?)」
ドルドとしては意味が分からない。
目の前で後輩が殺されたかと思えば、見知らぬ男が出てきて、その上で元主と殺気をぶつけ合い、笑い出す。
ドルドの目には、元主もロード・ヴォルダグレイも両者ともに狂いきった狂人に見えたことだろう。
そして、ピタリ──と唐突に笑い声は終息した。
「(……? 終わった? 今度はどうなる? 炎でも吹き出るのか? “聖山”でも歪ますのか?)」
ドルドの思い描くことは全て本物の強者のみが可能とする所業。
全てを暗黒に包み込むかの錯覚に囚われることドルドを一体誰が責められようか。
「【虫よ異形と化せ】ですねぇ!」
「【空間乱獲】!」
ドドォォォォォン! と元主とロード・ヴォルダグレイとの間で攻撃の衝突が起こる。
一方は虫を侵犯し蟲と化して相手を喰らう侵犯の弾丸。
もう一方は、空間を削り取っていく『空間支配』の力。
「……今、のは………………」
元主にはロード・ヴォルダグレイの使用した力について心当たりがあった。
それは守護者として人々を護っていた『空間支配の守護者』であった。
皆を護るために己が命を犠牲にした、『空間支配の守護者』。
「……? これか? 実に使い勝手の良い能力だよ。良い掘り出し物であったさ。もう一人の異形の者の能力は特殊変異だった故に、使えなかった。全く無駄死にも良いところだ」
ロード・ヴォルダグレイは魔術師という名の研究員である。
一部の魔術師の心の中には常に探究心(ここで指す探究心には道徳の欠けらもない)という名の狂気が眠っている。
ロード・ヴォルダグレイは『影の存在』によって生粋の魔術師たらんと造られた『黄金』の端くれ。
そんな彼の探究心は理性では抑えがたきものである。
そして、そんなロード・ヴォルダグレイの言葉に、元主から音が消えた。
元主は感情に出さないだけで、人類の護り手の面々を尊敬していた。
最強と呼ばれるほどの力を人々を護るために使える本物の『英雄』。
元主が憧れていた夢を体現したかのような存在であった。
付き合いは短くとも、時間をかけて話を聞こうとしていたほどに。
その憧れの『英雄』を殺され、その上で『英雄』を道具としてしか見ていないロード・ヴォルダグレイに対する怒りは一瞬で限界を迎えた。
「貴方ァ、ぶち殺しますよねぇ!」
ブワァァァァァアアア! と粘り着くかのような殺気が“聖山”の裏側に満ち溢れる。
その殺気の圧にロード・ヴォルダグレイは背筋を伸ばし、元主を研究対象としてではなく倒すべき敵と認めた。
「なるほど、これは遊んでいられないようだ」
カツンカツン! と二回連続で杖を鳴らす音が合図となり、元主とロード・ヴォルダグレイは二度目の戦闘を開始する。




