9. 総合アカデミー3
〈聖ドラグシャフ世界線〉中央街。
日は登り数時間。
まだ住民が寝静まったその時間に、一つのホテルの一室では興奮冷めやらない団体がいた。
「首席入学?」
「千花、カンニングでもしたの?」
時雨にそう聞かれるほどにありえない結果が、総合アカデミーから帰ってきた。
伝書鳩が運んできた成績表を各々見ているのだ。
千花がつい先日の入学試験にて、首席での入学が決定したのだ。
だが、それは百パーセント有り得ないことだ。
なぜなら、筆記試験で出題された問題は〈聖ドラグシャフ世界線〉の歴史、文化、神話の三構成。
千花がそれらに関して勉強する暇はおろか、〈聖ドラグシャフ世界線〉についてすらまともに知らないと言ったそんな状態であった。
その状態での試験、そんな状態での挑戦。
入学できればそれで良かった、そんな軽い気持ちで受けた試験。
故に、こんな状況は常に先読みして物事を進める『管制者』の時雨であっても、予測不可能であった。
「まあ~~、筆記試験は置いといて~~。魔法運用試験と実技試験は完璧だったでしょ~~」
「確かにその二つが、成績を底上げしている可能性が高いな」
千百合とキャンベラの二人の言う通り、魔法運用試験においては【愛の刻印魔法】による水の幻影を見せ楽々クリア。
続いての実技試験では、【愛の刻印魔法】による相手の自爆を誘発すると言うまさに『魔王』の名にふさわしい攻撃を行った。
それが功を奏したかは分からないが千花は第百二十一期生の栄えある首席に選ばれたのであった。
「ですが、少し気になることがあるのですが……」
ここでミリソラシアが疑問の声を上げる。
「どうしたのかしら?」
「あのぅ……〈聖ドラグシャフ世界線〉の方々の基礎的な戦闘技術があまりなかったように感じたのですが」
「「……ッ!」」
ミリソラシアの言葉に、〈聖ドラグシャフ世界線〉の出身であるキャンベラとナーラの二人が肩を震わせる。
「申し訳ない。まさかあそこまで停滞していたとは……」
「総合アカデミーの戦闘技術が下がっていたとは思いもしませんでした」
ナーラとキャンベラは素直に〈聖ドラグシャフ世界線〉の強さの低くさを認め、目に見える程に落胆する。
だが、一度考え直して欲しい。
本物の戦争を経験し、その上で最前線へと赴いた千花たちにたかが受験生が勝てるわけがない。
良くて善戦。
悪くて瞬殺。
それ程までに千花たちと受験生の差は広がっている。
「そうは言いますけどねぇ。〈聖ドラグシャフ世界線〉の方々にも隅に置けない猛者がいらっしゃるようですねぇ」
そう言う元主の言葉が指す人物の心当たりは数人いる。
「私たちの試験官を勤めてくださったエリト先生ね」
時雨の言う試験官は、千花たちの入学試験を担当したエリト=シャドリニウスだ。
「えぇ。もちろんですねぇ。他にもディオク=シャドリニウスさんや、嵐=ボクさん、コラドグ=ジードルさん、実技試験で我々と戦った方々は〈聖ドラグシャフ世界線〉の中でも相当の実力者なのですねぇ」
元主が言う者たちは千花たちが実技試験にて戦った同じ受験生である。
「私たちも〜〜、頑張らなきゃね〜〜!」
千百合の言う通り、千花たちは受験生たちに刺激され、人類の護り手としてのモチベーションが上がっていた。
「ここには一週間後に入学式があるそうだから、それまでに総合アカデミー付属の学生寮へと引っ越さなければならないわね」
伝書鳩に運ばれてきた成績をには、総合アカデミーの学生寮の場所が書かれていた。
因みに、総合アカデミーの入学費、授業料、学生寮の家賃などは全て〈聖ドラグシャフ世界線〉の国費(?)から支出され、無一文の千花たちも総合アカデミーに通うことが出来る。
しかし、制服だけは自費で購入しなければならないと書かれていた。
と言っても千花たちの場合、戸籍なども〈聖ドラグシャフ世界線〉のものでないため、〈聖ドラグシャフ世界線〉の上層部へは感謝している。
序列四位にまで落とされた〈アザークラウン世界線〉と〈NEVERヴァード世界線〉に関わりのある者が自分たちの誇る学校に在籍することは、〈聖ドラグシャフ世界線〉からしてみると穏やかではないだろう。
閑話休題。
「ナーラ、何度も頼ってしまって悪いのだけれど、私たちの分の制服も」
「お任せください! 天使様!」
「え、えぇ。ありがとう。………………待ちなさい。今不穏な言葉が聞こえたのだけれど」
時雨が言葉を言い切る前に答えたナーラだが、時雨に対しての呼び方に恐怖を感じる。
「ナーラがミアミアになっちゃった…………」
「また一つ罪を犯してしまったわね〜〜」
「私ってそんなに酷いですか!?」
ミリソラシアが何か言っている(分かりきっているが)全員目を逸らし、返答しない。
その気まずい空気の中、ミリソラシアの悲しみの叫びが木霊した。
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その後、(ナーラの自費で)泊まっていた宿を後にした千花たちは、〈聖ドラグシャフ世界線〉の上層部が支出している学生寮へと移っていた。
学生寮の入り口には大きな大門があり、大門をくぐると様々な花が咲き乱れる中庭を眺めることできる。
ただの学生寮とは思えないほどに、趣向の凝らされた中庭である。
中庭を直進すると遂に学生寮へと辿り着く。
学生寮は左右二つの大きな棟に別れ、石造りの重厚感溢れる三階建て。
右側の棟を第一棟、左側が第二棟と呼ばれる。
第一棟は男子のため元主は、二つの棟に繋がるロビーで別れた。
その際にシャーシスが凄まじい抵抗をみせ、学生寮の管理人を困らると言うひと悶着があったことは内緒だ。
学生寮の内部構造は、二人一部屋で共同生活を営むペアは完全にランダムで決められている。
千花は三階の階段に最も近い三〇三号室であり、ペアは時雨。
千百合は千花の隣りの部屋の三〇四号室で、ペアはまさかのナーラ。
これには千花たちも同情の念を抱き、ナーラと部屋を交代しようという動きが出るほど。
しかし、ナーラはこれを頑として受け入れず、彼女の器の大きさが伺える。
ミリソラシアは実技試験で鎬を削ったドルモ=リニグアとペアになり、部屋は千百合の隣りの三〇五合。
キャンベラもミリソラシアと同じで、実技試験で戦ったキャンベラに似ている女騎士のハドルド=マキニウスであった。
ソフィアは、筆記試験でも魔法運用試験でも実技試験でも大した付き合いのない、暗=トウと言う女子と同室になった。
最後にシャーシスだが、部屋の中からギャーギャーワーワー聞こえている時点で察することができるが、彼女も実技試験で戦った(シャーシスが一方的に攻撃しただけだが)相手、イルア=クレイドールであった。
部屋に最低限の荷物を置いた千花たちは、途中で別れた元主と合流するために、ロビーへと向かった。
学生寮のロビーもただの学生寮とは思えないほどに綺麗で清潔感に溢れている。
しかし、千花たちが降りてきた現状では、その優雅さを台無しにする喧騒が響いている。
「てめぇ、調子乗ってるんじゃねぇ!」
「あんたこそ、『骸神』様を侮辱しないで頂きたい!」
「はぁ? だれが邪神なんざ崇拝するかよ!」
「邪神だと!? 我々からしてみれば『凱竜』の方が邪竜に思える!」
「邪竜だぁ!?」
片方は千花たちもみたことのある者で、実技試験にてソフィアに瞬殺されていた男子。
「あの人は確か…………ディオク=シャドリニウスだったかしら?」
「私がボコボコにしたディオク=シャドリニウスですね」
「ソフィア様、その呼び方は可哀想ですよ……」
ソフィアは余程不完全燃焼で終わったことが、悔しかったのであろう。
静かにキレている。
「辞めなよ、二人共。凄く目立ってる」
「静かにしてほしいよね……」
真っ白な服に身を包んでいる男子と、青白い不健康な顔をしている男子の二人が、ディオクたちを止めようとしている。
「あの二人は…………嵐=ボクとコラドグ=ジードルね」
「時雨ちゃん記憶力凄いわね〜〜」
時雨の予想通り、彼らは実技試験にて千花と時雨が戦った受験生。
学生寮に来ていると言うことは、彼らもまた総合アカデミーに入学するということ。
「皆様、ようやく来てくださいましたかねぇ」
ディオクとよく分からない男子の言い争いを見ていた千花たちに声をかけたのは、一歩先にロビーについていた元主であった。
「……!」
元主に気付いたシャーシスは真っ直ぐに元主に向かって、彼の胸にダイブする。
「あの人たちはなんで言い争ってるの?」
「遂に栖本さんまで私に敬語を使わなくなりましたねぇ…………因みに質問の答えですが、御二人は自身の信じる“神様”と“竜”を馬鹿にされたからなのですねぇ」
時雨に敬語を使われないことを気にしていた元主は、千花からもタメ口で話され少し寂しそうに答える。
「“神様”と“竜”ですか?」
もちろん、千花やミリソラシアには分からない心情だ。
「キャンベラさん、説明よろしくですねぇ」
「え!? ここで私に振るのか!?」
急激な方向転換に巻き込まれたキャンベラだが、〈聖ドラグシャフ世界線〉に詳しいのはキャンベラとナーラの二人しかいない。
「まず第一に、〈聖ドラグシャフ世界線〉には二つの大派閥がある。それが、ディオク殿の信じる“骸神”、つまり“神”を信仰する多神教の征統教と言う派閥。そして、片方の者が信じているのは“凱竜”。私も信仰している他竜教のヴァルディード教だ」
“骸神”を信じる征統教。
“凱竜”を信じるヴァルディード教。
「確かに、信じる対象によって争いが生まれることは避けられないわね」
「ああ。時雨の言う通りだ。“骸神”派閥と“凱竜”派閥はどちらが優秀か、と言うつまらん理由で遥か昔から対立しているのだ」
キャンベラは一年弱〈アザークラウン世界線〉に滞在していたが、“骸神”派閥と“凱竜”派閥の溝は一年ちょっとでは埋まらないほどに深いらしい。
「竜が分かったところで止めましょうかねぇ。一発でも侵犯の弾丸を打ち込めば止まるでしょう」
元主が懐から相棒のチェルキーを取り出そうとした時、変化が起こった。
「「……!?」」
プシャァァアアア! と争っている二人の胸から血が噴き出したのだ。
その出血量は並のものではなく、斬撃のあとが深々と刻まれている。
その突然の光景に、二人の争いを見ていたものは呆然とし動くことが出来ない。
それは時雨たちも同じであり、咄嗟のことで判断が出来なかった。
「なんだ……? 痛ぇ!」
「ぐっ…………!」
そして、二人は大傷がついた胸を抑えながら痛みに耐える。
「【世界を潤す愛の風】!」
だが、ここで千花が【愛の刻印魔法】による回復魔法をかけ、出血を止めるだけでなく傷口すら塞ぐ。
「これは…………?」
「まさか、回復魔法?」
二人の胸についた斬撃傷は完治し、最初から怪我などなかったかのように思えるほどだ。
「今のお前ぇか!」
「あなたは確か…………」
ディオクと『凱竜』を信仰するもう一人は、同時に千花へと意識を向ける。
そして、騒ぎの渦中にいる二人が意識を向けた流れに便乗し、喧騒を見ていた者全員の目線が千花へと集まる。
「とりあえずの回復だよ。完全に治ったわけじゃないから、しっかりお医者さんに診てもらうんだよ」
「お、おう!」
「ありがとうございます」
ノーを言わせない程の強制力をもたせた命令口調で、二人に釘を刺す。
二人は突然の事にたじろいだが、何とか威勢を取り戻し返答する。
「全員その場で止まれ!」
二人の言い争いが終了し、怪我も治り全てが丸く収まると思ったが、そうは問屋が卸さないらしい。
「自分は魔法剣術科のワールド=クレイドールだ! 状況を把握したい。話を聞かせてくれないか?」
そう声をあげたのは、銀髪の女騎士であった。
彼女は人混みのなかから姿を表し、千花たちの傍へと近付いてくる。
「貴様らの口論に口出しはしない。何を信じるかは個々人の勝手だからな。だが、殺人未遂とあれば放って置くわけにはいかん」
「…………ワールド=クレイドール!?」
「まさか『八大使徒』の!?」
その銀髪の女性は有名だそうで、野次馬の生徒たちも驚きを隠せない。
それもそのはず、八大使徒は総合アカデミーの誇る八人の名誉教授である。
総合アカデミーの実権は彼らに握られてていると言っても過言ではない。
「先の攻撃は貴様ら二人の魔法ではないな?」
しかし、ワールドは周りの反応に耳を貸さず、二人に事情聴取を開始する。
「「違います!!」」
二人は揃って冤罪だと主張する。
そのことは誰の目にも明らかであったため、ワールドは疑問を挟まずに次の質問へと移る。
その質問の相手は争っていた二人ではなく、千花であった。
「キミに質問するが、先の回復魔法の意図を教えてほしい」
「意図ですか?」
千花はワールドの言葉の意味が分からず、思わず聞き返してしまった。
「普通はみだりに己の得意とする魔法を見せることはしない。それに、キミの魔法はとても高度な回復魔法と見受ける」
千花たちはあずかり知らないことだが、〈聖ドラグシャフ世界線〉では自分たちが極めた魔法は簡単に人前で見せないものなのだ。
「ごめんなさい。私たち、凄い田舎から来たんです。そんな決まりがあるなんて、知らなくて……」
千花はまるで気弱な少女を演じる。
「そ、そうか。それは済まなかった」
千花の演技にまんまとやられたワールドは、バツが悪そうに顔を逸らす。
「(先の攻撃は一体何処から仕掛けられたのだ? 反真龍救済連合がここまで大々的に事件を起こすことはない。それに、この少女の自作自演とは到底思えん……。いや、今考えても埒が明かんな。使徒会に持ち帰り検討するか)」
ワールドは思考を強制的に切りやめ、声を発する。
「皆騒がせたな。今日はもう日も暮れる。夜の食事は寮の管理人に部屋まで届けさせるから、明日の朝までは部屋から出ないでくれ」
八大使徒からの直々の命令となれば従う他ないのか、野次馬たちは直ぐに各々の部屋へと帰って行った。
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千花たちもワールドの命令に従い、自分たちの部屋に帰ってきた。
現在、三〇三号室では『管制者』の時雨から問い詰められる千花の姿があった。
「ねえ、千花。あれはどういうことかしら?」
「あ、あれって何のことかなぁ?」
「そう、白を切るつもりなのね。いいわ。私も本気を出すとするわ」
「え? 何、本気って? ちょっと何で紙を取り出すの!?」
「知っている? 紙で被覆を切ると、とても痛いらしいの。その痛みが敏感な部位を襲うとどうなるかしらね?」
「ごめんなさい全部話します許してください!」
時雨の“圧”もとい、殺気に耐えられなくなった千花が土下座を敢行する。
千花は本気で怒った時雨を何度か目にしているため、その恐怖を知っている。
「分かったならいいわ。ディオク君たちに出来たあの怪我、あれは千花の仕業でしょう?」
千花の土下座には目もくれず、自分の質問を投げつける。
「……! あははは…………時雨には全部お見通しだね。そうだよ。“実態を伴う幻影”だよ」
「なんですって!?」
時雨が驚くのも無理はない。
なぜなら、千花の【愛の刻印魔法】による幻影はあくまでも幻影。
故に、この世には一切の干渉が出来ない。
だというのに、千花は痛みを与えた。
血が溢れ出す程度ならば、今までの【愛の刻印魔法】で可能だ。
しかし、現実に干渉できる幻影など、前代未聞。
全世界線を見たとしても千花のような幻影使いは、「存在しない」と断言出来るだろう。
「まあでも、幻影に変わりはないから傷口なんてホントは存在しないんだけどね」
あっつけらかんとしているが、幻影の域を越えた時点であり得ないことなのである。
「それでも時雨はアレには気付かなかったのね」
少しドヤ顔寄りの雰囲気を醸し出しながら、時雨へと言葉をかける千花。
「アレ?」
「ワールドさんの強制思考転換だよ」
「強制思考転換?」
「ワールドさんの考えていることを強制的に逸らしたんだよ」
これもサラッと言っているがとてつもなく高度な魔法を使用している。
【愛の刻印魔法】の使用域から確実に逸脱している。
【愛の刻印魔法】は支援魔法が主になるが、“実態を伴う幻影”や今回の“思考干渉”等の応用は【愛の刻印魔法】では不可能な使用法。
「(千花、あなた…………一体何処に向かっているの?)」
時雨は心中で千花の進化、いや最早【刻印魔法】使いとして逸脱した強さを発揮する千花に恐怖すら感じた。
しかし、『最強管制者』時雨であっても見落としたことが一つ。
いや、見落とすように誘導されたと言った方が適切だ。
──何故千花がディオクたちに斬撃の幻影を施したのか、を。




